第35話 夏祭り⑤


 紆余曲折あったものの、俺たち三人は出店が並ぶ街道を端から端まで歩き回った。途中で楓ちゃんが人混みに酔ったり雲母が人の波にさらわれそうになったりしたが夏祭りというものを満喫できた気がする。


 そうして祭りを巡るうちに二人は気分が良くなったのか、俺を抜いて雑談的なことを始めていた。



「もうすぐ夏休みかぁ。お祭りの後に休みがあるって何気に最高じゃん」


「そうだね。その前に期末テストがあるけどね……はぁ」


「あれ、楓っち自信ない感じ? いつも上位に入ってると思ってたけど」


「テストを受けるときはいつも心臓バクバクだよ。雲母ちゃんがおかしいだけ」



 塾のレポートでいつも報告してもらっているのだが、雲母は高校の定期テストをすべて満点でパスし、堂々と校内一位に輝いているらしい。そんな超人じみた人物が隣の席にいるということもあり楓ちゃんはプレッシャーを感じているようだ。



「それにしても、もうすぐ夏休み……か」



 夏休みがあるのは大学生も同じ。高校よりも開始時期は遅いが、その分終わるのはとても遅いので長く感じる。9月末まで大学に行かなくていいと思うと気が楽になる。今のところは特に予定が入っていないが、恐らく塾のバイトで奔走することになるだろう。塾長と話し合って夏休みは少し違うことをやる予定だし。



「ねぇセンセ、海にでも連れてってよ。免許とか持ってないの?」


「持ってねーよ。そもそも自車校の入学金が払えるかすら怪しい」



 いつかは社会人になるうえで車の免許が欲しいと思っているが、如何せんお金がない。本当は大学受験や就職活動が終わった時期に取るのが理想なのだろうが、その時期俺は家族と縁を切るため色々奔走していたのでそんなことはできなかったのだ。



「センセも大変だね~……あっ、焼き鳥♪」


「お前はいいよなぁ、気楽そうで」


「まっ、これでもあたし裕福な家庭だし? ほら、センセに焼き鳥奢ってあげるから元気出して」



 そう言って俺に焼き鳥(ねぎま)を差し出してくる雲母。それを受け取り上からゆっくりと食べ始める。うん、滅茶苦茶おいしいんだけどどうしてちょっと惨めなのだろう?



「奏真くん、年下の女子高生に奢られるのはちょっとどうかと思います」


「ハッ!? そういえば何の躊躇もなく受け取ってしまっていた」


「……疲れてるんですよ、奏真くん」



 楓ちゃんにそんなことを言われるあたり、本当に疲れているのかもしれない。主に、先程から物珍しさに単独行動を取ろうとする雲母を律して追いかけたりしていたから。楓ちゃんにも変に気を遣っていたし。


 と、そんな時だった。



『今から五分後、河川敷の方角で花火大会を開催します。会場を移動される場合は足元にお気をつけて移動してください』



 どうやらもうすぐ花火が打ちあがるようだ。この夏祭りの目玉といっても過言ではないため、約半数の人が神社の周辺から移動する。やはり花火というのはどんな世代でも人気が絶えないらしい。俺たちも人ごみに混ざって花火が良く見える場所まで移動することにした……のだが。



「腕を組んで移動する必要ある? というかこれじゃ連行されてるみたいなんだけど」



 俺は左腕を楓ちゃん、右腕を雲母にがっしり掴まれ引っ張られるように移動していた。奇妙な光景だったため周りの視線が集まるし特に男性からの視線が痛い。それに、楓ちゃんの方に関しては柔らかいものが当たっているというか……



「こうしておかないと、またはぐれちゃうでしょ?」


「わ、私もそう思います!」



 そう言って俺のことを決して振りほどこうとせず、むしろ競い合うように密着してくる二人。楓ちゃんに関しては顔が真っ赤だし、ちょっと無理をしているのだと思う。というか、もしかしてここまでしないと俺が迷子になるとでも思っているのだろうか? だとしたら年甲斐にもなくショックだ。


 そう思っていた矢先、前を歩く人とぶつかりそうになったので俺は少し力んで二人を引き留め、何とか衝突を回避した。二人は体を支え切れなかったのか俺に寄りかかってくるが今のは前を歩く通行人に怪我をさせていた可能性もあるので諦めてほしい。



「おい二人とも、危ないからちゃんと前見てゆっくり歩け!」


「「は、はい」」



 トラブルを起こしかけていた自覚が二人にもあるらしく、少し落ち込むようにして素直に従ってくれた。一応だが、俺は今日この二人の保護者的な立場で来たのだ。監督責任は俺にあると言っても過言ではないのでこういうところはきちんと年上として指導しなければならない。



「セ、センセ? 一回腕を離してくれない? その、いくら何でも近すぎるというか……」


「コクコク!」


「っと、悪い。気づかなかった」



 二人のことを俺の体に引っ張るようにしたから、腕を組んでいるとき以上に体が密着していることに気づく俺。というか傍から見れば、俺が二人のことを胸に抱えて抱きしめているように見えてしまう。幸い今は目立っていないので、あらぬ誤解をされずに済みそうだった。


「ほら、さっさと行こうぜ」



 そう言って二人のことを先導するように歩き出した。二人は先ほどとは打って変わり俺の腕を引っ張ったり密着することはなく、顔を赤らめて目を伏せ気味にひよこのようについてきた。


 態度がコロコロ変わったり、最近の女子高生って難しい……


 俺はそんなことを思いながらできるだけいい場所を確保するため二人を連れて会場へと移動するのだった。















「まさかあんなに人がいるとはな」



 会場に移動した俺たちだったが、想像の五倍くらいの人混みが押し寄せていたため三人で相談しいったんその場を離れることにした。あれでは落ち着いて花火を見ることなど不可能だったロウ。だが、そんな折に楓ちゃんが



『それなら、いい場所があるかもしれません』



 そう言って俺と雲母をとある場所へと案内してくれた。楓ちゃんについて行くにつれ次第に人の気配が少なくなり、あたりには俺たち以外に誰もいなくなった。



「ねぇ楓っち、どこに向かってるのー?」


「もうすぐ着くから、楽しみにしてて」


「はーい」



 どこか気怠い返事をする雲母。だが、それも仕方のないことだろう。何せ俺たちは会場とは正反対の方向、山の方へと向かっているのだから。数分前に山道を上り始めたところなので、もう1,2分後には花火が打ちあがっている頃だろう。ちなみに、俺は楓ちゃんの目的になんとなく察しがついている。



「ほら、あそこだよ!」



 そう言って楓ちゃんが指をさしたのは、山道の途中にある木製のデッキ。いわゆる展望台というやつだ。確かにここなら花火が良く見えるだろう。よく見ると、俺たち以外にも浴衣を着た人たちが集まっている。だがスペースが十分あるのであの会場よりは落ち着いて綺麗な花火が見れることだろう。



「楓っち、こんな場所知ってたんだ」


「昔、お父さんと一緒に来たことが会って思い出したの」


「へぇ、そうなんだ。楓っちのお父さんにマジ感謝」



 楓ちゃんのお父さん……会ったことないけどどんな人だろう? とは言ったものの楓ちゃんに身の回りのお世話をしてもらっている手前、ちょっと会いにくいというのが本音だ。模試ヤクザみたいな人だったら殺されるかもしれない。



「おっ、ちょうどいいタイミングだったみたいだな」



「俺たちが展望台の手すりに手を置いた瞬間、会場の方から花火が打ちあがるとき特有の乾いた音がこちらにまで響いてきた。そして数秒後……



 パァーーーン!!!



 寂しげな夜空を鮮やかな花火が綺麗に彩る。その美しい光景に展望台に居たすべての人が心を奪われている。そして一瞬間をおいて歓声や話し声、子供たちの嬉しそうな声が聞こえてきたり、スマホのシャッター音があたりを埋め尽くした。



「たーまやー!」



 雲母は光り輝く夜空に向かって周りの人がギョッとして振り向いてくるくらいの声量で叫んだ。噂に聞くだけで今まで実際に見たことがなかったが、本当にいるんだな。花火が打ちあがった時に、そう叫ぶ奴。


 俺は叫ばないのかって? この歳になるとさすがにそういうことは自重するようになってくる。むしろこういう奴らを見守りたくなってくるのだ。俺と同じ考えなのか、楓ちゃんは雲母のことを微笑ましそうに見ていた。



 そうして俺たちは約一時間かけて行われる花火を目に焼き付けて、夏祭りを締めくくるのだった。










——あとがき——


次回、夏祭り編ラスト!

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