第34話 夏祭り④


 対面した二人の少女の心境。それはまさに……



「「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」」



 目を点にして数秒間の絶句。自分の想い人が、自分のクラスメイトと親しげにしている。奏真は当然二人が知り合いどころか同じ高校のクラスメイトであるということを微塵も知らなかったし、そんな二人もこの展開は全く予想していなかった。



「えっと、どうした二人とも?」


「「……はにゃ?」」



 拍子抜けした声がお互い同時に響き渡る。そんな二人の態度を不思議に思い首を傾げる奏真。そして一方の二人はというと……



【楓視点】



(奏真くんが雲母ちゃんと仲睦まじげに腕を組んで歩いてるぅ!?!?!?!?!?!?)



 目の前の光景を見てすっかり困惑してしまう私。なぜ奏真くんの横にあの雲母ちゃんが!? 向こうも目を点にして驚いているところを見るに、私の存在がハッキリと伝わっていなかったらしい。


 だが、すぐに雲母ちゃんのことを見て思い出す。そうだ、雲母ちゃんには……


(いやいやいやいやいや、確か雲母ちゃんは好意を抱いている塾講師の人がいるはずで……)



 …………そういえば、奏真くんのバイト先ってどこだっけ? 私、聞いたことがない?


 もしかして、奏真くんの働いているバイト先って話に聞いていた個別指導塾? そう言えばあまり働きに行かない割には普通のバイトより稼げるって言っていた気がするのでしっくりと来てしまう。



(ででっ、でもそれが真実だとしたら雲母ちゃんの想い人は……)



 雲母ちゃんは普段男子と腕を組んで歩くことなんて絶対にない。むしろ男子と距離を置いているし異性の友達だってほとんどいないと言っていた。つまり、雲母ちゃんの好きな人は……



「……すぅーーー」



 気が付けば、麺を啜るような小さい音で息を吐いたり吸っていた。それも、過呼吸みたい不定期で。






【雲母視点】



(センセが楓っちと超絶笑顔で仲睦まじげに呼び合ってるぅ!?!?!?!?!?!?)



 まさかの登場人物にあたしは思わず驚愕してしまう。もしセンセと腕を組んでいなかったら衝撃のあまり腰が抜けていたかもしれないほどの驚き。どうして楓っちが!?



(そういえば楓っち、この前学校で好きな人がいるか聞いた時あからさまな反応してたよね……って、え?)



 自分以上に男っ気がない楓っち。そのせいでクラスの男子からは女神と崇められていることを本人は知らないのだが、そんな楓っちがどうしてセンセと?


 だが、その答えはこの状況と事前にもらっていた情報を合わせてしまえば嫌でもすぐに導かれてしまう。



(センセが言ってた子が楓っちってことだよね。そしてそんな楓っちはセンセの家に通って料理や家事を……)



 そして理解した。どうして楓っちが部活もせずにすぐに帰っていくのか。また、放課後一緒に遊ぶときに早めに帰ってしまうのか。つまり楓っちは放課後すぐにセンセの家に行っていたのだろう。



(つまり、楓っちの好きな人は……)



 改めて、気づく。彼女が誰に思いを寄せているのか。その事実を改めて自分なりに嚙み砕き、理解し、心にすっと落として……



「ア”ババババババッ!?」



 奇声が出た。

























「ふ、二人とも本当にどうした?」



 お互い見つめ合ったままぴたりと体を止め、時が止まったかのように動かないので俺は思わず二人にそう問いかけてしまう。楓ちゃんに関しては目を大きく見開いて変な呼吸をしているし、雲母に関しては聞いたこともない種類の声を出している。徐々に周りからも注目され始めた。



 そんな中、先に我に返ったのは楓ちゃんの方だった。少し小走りで俺たちの方に近づいてきてすぐに……



「ば、場所を変えましょう、今すぐに!」


「ふぇっ、楓っち!?」


「ほら、二人とも早く!」



 俺と雲母の腕を掴んでより人がいない場所へと向かう楓ちゃん。というか、今の雲母が言った『楓っち』という言葉。もしかして、この二人……



「あれ、もしかして二人って知り合いだった?」



 小走りで移動しながら俺は二人にそう問いかけた。すると



「「そう(だよ!)ですよ!」」



 まるで叫ぶように、二人はそう肯定した。そうか、知り合いだったか。二人とも同じ高校二年生だしどこかで一緒になったことが会ったりするのかもしれない。それこそ、実はクラスメイトでしたとかラノベみたいな展開だってあり得るか。



(世間って、意外と狭いんだな)



 俺は心の中でそう呟きながら楓ちゃんについて行った。






「マジで?」


 そうして俺たちがやってきたのは神社の近くを流れる川に架けられた橋。ここはお祭りの屋台も出ていないのでほとんど人がおらず、遠くでかすかにお祭りの喧騒が聞こえるくらいだ。そんな中で軽く二人の話を聞いた俺はそう呟く。



「えっと、整理すると……二人は同じ高校で、同じ高校で、隣の席で、仲の良い友達だったってこと?」


「「コクコク」」



 確認のため俺がそう言うと、二人は激しく首を縦に振って肯定する。本当にあったよ、ラノベみたいな展開が。まさか全く違うところで関わっていた二人がこんな風に繋がっていたとは。



「それにしても驚きました。まさか雲母ちゃんが奏真くんと腕を組んで登場してくるとは」


「こっちこそめちゃビックリしたし。楓っちも予定があるって言ってたのは知ってたけど、こういうことだったんだ」



 そうして俺から離れた雲母は楓ちゃんの隣に立って二人で軽く話し込んでいた。その光景はいつもの塾とは違う雲母の姿で、友達と仲良くつるんでいる年相応の女の子だった。



(この二人、絶対学校でモテてるだろうなー)



 このレベルの女子高生が隣り合う席に座っていたら絶対に目立っているはずだ。だからこそ先ほどの楓ちゃんの友達も珍しげに話しかけてきたのだろう。俺が高校生の時はここまで異色を放つ存在はいなかったし、綾瀬も地味っ子だったのでずば抜けてもてはやされる女子はいなかった。そこまで歳は離れていないのに、時代の変化のようなものを感じてしまう。



「……」


「な、何楓っち、そんなに見てきて」


「……」



 会話が止んだかと思ったら、楓ちゃんが押し黙って雲母のことをじぃーっと見つめていた。その構図はまるで悪いことをした妹を睨みつける姉だ。

 だが突然雲母から視線を外し、俺のことを見て口を開く。



「奏真くん、そういえば今まで一度も聞いたことがなかったことがあるんですけど、いいですか?」


「なんだ?」


「奏真くんのバイト先って、個別指導塾だったりします?」


「うん、そうだけど」


「……へぇ、塾の先生ですか」



 そもそも楓ちゃんにはアルバイト先の事なんて一度も話していなかったし、なぜそんなことを聞いて来るのかと思った。だが、バツが悪そうに明後日の方向を見た雲母の様子を見てすぐに勘づく。こいつ、学校で塾の話をしてやがるんじゃ……



「そっ、それを言うなら楓っちだって同じじゃん!」


「えっ?」


「センセから聞いたよ。楓っち、センセの家に入り浸ってるんでしょ?」


「ギクッ!?」



 すると今度は楓ちゃんが明後日の方向を見て雲母から必死に目を逸らすターンが始まっていた。なんというか、逆〇裁判みたいな光景だなと他人事みたいに眺めている。



「楓っちが放課後の付き合い悪いのって、そういうことだったんだね~……なんかショック」


「でっ、でもこれはここ数カ月のことで……」


「あっ、数カ月程度なんだ。よかった~あたしは去年の春からセンセと遊んでるもん」


「……ムムムッ」



 放課後のことを突っ込まれていたと思えばいつの間にか知り合った時期をマウントにとり、大人げないことを雲母が言い出していた。というか、塾は遊びじゃねぇー。あと、楓ちゃんの頬を膨らませる姿は可愛い。



「「ムゥ――――――――ッ!!!」」



 そう言って可愛らしい唸り声を上げながらしばらく睨み合った二人。だが、すぐにお互い溜息を吐き、ほんの少しだけ笑みを浮かべていた。



「まっ、今は祭りを楽しもーよ」


「そうだね。奏真くんに色々聞くのはその後でも遅くないもんね」


「うん、決まりね楓っち!」


「オッケー雲母ちゃん!」



 そう言ってお互いに笑い合い、何かを決めた様子だった。というか、俺は何を聞かれるのだろう。二人のどちらかと交際しているわけでもないのに浮気が発覚した男みたいな心境になっている俺。すっかり委縮してしまっていたが、喧嘩のようなことにならなくてよかった。まっ、普段から二人の仲が良いというのもあったんだろうけど。



「それじゃ、行こっセンセ!」


「奏真くん、まだお祭りは始まったばかりですよ!」


「ちょ、おい!?」



 そうして左手を雲母、右手を楓ちゃんに捕まれてそのまま引っ張られて思わず転びそうになる俺。だが、何とか耐えて危険な行為に注意しようとしたが二人の楽しそうな顔を見た瞬間にそんな気が失せてしまった。とりあえず、二人の言う通り今は年甲斐もなく楽しむことにしよう。



 そして、夏祭りは終盤へと向かう。

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