第33話 夏祭り③


「あ、へんへセンセ


「飲み込んでから喋れ」


「もぐもぐ……ふぅっと」



 そう言って香ばしい香りのイカ焼きをあっという間に胃に収めたのは約束をしていたもう一人の少女、雲母だ。どうやら出店で手当たり次第と言っても過言ではない勢いで買い食いツアーを敢行していたらしい。どうやらこいつはこいつで楽しんでいたようだ。



「浴衣、似合ってるな」


「……あたりまえじゃん」



 雲母が可愛らしい浴衣を着付けていたのが目に付いたので何気なく褒めたのだが、どうやらシンプルに照れてしまったようだ。ちなみにさりげなく異性を褒めるスキルは、先日の綾瀬で地味に完成されつつある。振りとはいえデートをしていたのが功を奏したようだ。



「ていうか、センセこれ食べる? チョコバナナ」


「いや、お前どんだけ食べ物を買ってるんだよ」


「あはは、歩いて五分でこうなってた」



 それぞれ左右の手で器用に三本ずつ串系の食べ物を持っている雲母。左手にはチョコバナナが二本にりんご飴が一本。右手には牛串、ロングポテト、鮎を持っている。よく落とさずにここまで持ってきたものだ。というかこんな状態で先ほどのイカ焼きをどうやって購入したのだろう?



「ありがたくもらっとく。というかいくつか俺持っとくか? 絶対歩きにくいだろそれ」


「……食べたりしない?」


「さすがに教え子の食べ物を盗ったりしねーよ」



 そんなことをしたら空しすぎることこの上ない。しかし雲母は俺のことを信頼していくつか串を渡してくれる。とりあえずチョコバナナに関しては先ほど雲母に食べていいと許可をもらったので一齧りする。



「というか何気に初めてチョコバナナを食べたかもしれない」


「マジで? どう、初めてチョコバナナにかぶりついた感想は?」


「バナナにチョコがかかってる」


「まんまじゃん。センセ食レポ下手すぎ」



 想像通りの味だったしコメントがあまり思いつかない。まあ美味しいことには違いないので改めて雲母にお礼を言って少し一緒に歩くことにした。



「そういえば、あっちの方におみくじあったんだよね。あとで一緒に引こうよ」


「おみくじか……」



 お金に余裕はあるしそういうものを買った覚えがないのでありかもしれない。宮子と一緒に祭りに行った時なんて食べ物ばっかりで他のものには目をくれていなかったしな。そういや、チョコバナナを食べたことがないのはあいつに横取りされたからだっけ?



「ああ。あとで引きに行こう」


「おっ、センセ今日はフットワーク軽いね」


「重くしてるのは主に相手なんだけどな……って、その前にやることがあったな」



 友人に連れていかれた楓ちゃんと先に合流をしなければいけない。今の雲母は機嫌がいいし、楓ちゃんも仲良くして見せると謎の自信を見せて意気込んでいたので多分ギスギスした雰囲気にはならないだろう。そう言って雲母に先に合流したい子がいると伝える。



「……ああ、そういやそうじゃん。センセ、早くその子に会わせてよ」


「なんか、急に声のトーンが暗くなったな?」


「そんなことないよ。周りの世界が明るすぎるだけ」



 そんなことを言って、ちょっとだけ不機嫌になる雲母。思いっきり牛串にかぶりついているところを見るに、まるで臨戦態勢を整えているかのようだ。できれば二人には友達になって欲しいのだが。楓ちゃんはともかく、雲母なんか友達少なそうなイメージがあるし。まあ、完全に俺の偏見なのだが。



「というか、その子は今どこにいるの?」


「さっき友人に引っ張られて、ちょっとだけ別行動中。とりあえずさっきのところに戻るか」



 そう言って俺たちは先ほど楓ちゃんと別れた場所にまで歩いて戻って来る。だがそこには既に楓ちゃんと友人たちの姿はなく、あたりを見渡しても人混みのせいで見つけにくい。もしや友達と一緒に行ってしまったのだろうか?



「……って、スマホにメッセージ来てたわ」



 スマホに目を下ろしてみると、楓ちゃんからメッセージが届いていたことに気が付く。どうやらその辺を適当にぶらついて飲み物が売っている出店を探すらしい。きっと友人たちと喋りすぎて喉が渇いたんだろうな。夕飯だってまだ食べていないし。



「ここで待つか、それとも俺たちもぶらつきつつ探すか……」


「ぶらつこ」


「へいへい」



 雲母の要望もあり、その辺の出店を見て回りながら楓ちゃんを探すことにした。飲み物がっている出店に行くと言っていたし、そういった類の店がある場所を探せばいずれ楓ちゃんと合流できるだろう。



「ほら、早く行こうよセンセ」


「おいおい、引っ張るなって」



 夏祭りの雰囲気にあてられたのか、いつもより行動力がある雲母。俺の腕をつかんで人混みの中に突っ込んでいく。向かっている先は……絶対何かしらの食べ物があるところだろうな。


 そうして俺は雲母に連れられて色々な出店を回った。楓ちゃんを完全に放置してしまっていることは申し訳ないと心の奥底で思いつつも、久しぶりに出店の熱気を間近で感じることができた。それに俺の地元でやっていた祭りとは毛色が違うのでその分新鮮感があり楽しい。



「ねぇセンセ、次はあっち見てみようよ!」


「わかったから引っ張るな」


「はーい」



 そう言って雲母に連れまわされつつもしっかり楓ちゃんの捜索を怠らない。これだけ歩き回ればさすがに見つかるかと思ったのだが、存外見つけられない。祭りの雰囲気にあてられたイキり大学生にナンパされていないか心配になってきたが、そういう時は真っ先に叫んで周りに助けを求めることを事前に教えているので大丈夫だと信じつつ雲母に付き合う。



「そういや雲母、花火の時間って何時か知ってるか?」


「えっと、確か20時からだから……あと1時間半くらいかな」


「了解。とりあえずそれまでに合流するか」



 楓ちゃんに一人きりで花火を見せるなんて悲しいことはさすがに出来ないのでそれまでには何としてでも合流したいところだ。とりあえず楓ちゃんのスマホに俺たちの現在地を送っておく。片方が探すより、両方が探しあった方が合流できる確率が高いと前にテレビで見た気がするのでそれに期待しておくことにする。



「センセ、あの綿あめ一緒に食べようよ」


「綿あめか、懐かしいな」



 ああ、本当に懐かしい。宮子と一緒に夏祭りに行ったときに初めて食べたんだっけ。あの時の口どけは今でも鮮明に覚えている。あまりの感動ぶりに宮子も若干引いてたっけ。まぁ昔家族と一緒に夏祭りに出かけたとき、俺には余計なものを買い与えてくれなかったからな。レモン味のかき氷を一つ買ってもらっただけで、後はその容器を持って家族の後を無言でついて行くだけだった。



「よし、早く並ぼう」


「センセ、最初は面倒くさがってたのに来たらめちゃノリノリじゃん」


「うっせ。誰だって童心に帰ることくらいあるわ」



 そう言って照れを隠しつつ雲母と一緒に綿あめの出店の列に並ぶ。すると出店で働くおっちゃんの腕前が良かったのか、ほんの数分程で俺たちの番が回ってきた。ちょっと話してみると気前のいいおっちゃんで、はにかみながら俺たちのことをからかってくる。



「なんだい兄ちゃん、えらく別嬪な彼女ちゃんを連れてるねぇ。デートで来たのかい?」


「ははっ、彼女じゃないですよ。俺とこいつは……」



 頬を赤くして恥ずかしがっている雲母のフォローをするべく『塾の講師と教え子です』と言おうとしたのだが、ふと考えこんでしまう。もし塾というフィルターが無くなったら、俺と雲母はどういう関係になるのだろう。少なくとも、友達というのは違う気がするし、こいつの前で先輩のような振る舞いをした覚えもない。なら、一体……



「センセ?」



 言葉に詰まっていたら、雲母が横から俺の顔を覗き込んできた。先ほど彼女と言われたことをまだ照れているのか頬は赤いままだが、どこか不安そうな顔をしている。一体雲母は、塾の外ではどんな関係を望んでいるのだろうか?


 そして、考えに考えた結果……



「手のかかる妹みたいなもんです」


「センセぇー?」



 そう答えたのだが、雲母は不満そうにジト目で俺の顔をじぃーっと見てくる。どうやら望むような回答ではないかったようだ。だが、自分で言っておいてなんだがそういう関係性も悪くないと思う。



(楓ちゃんという清楚系と、雲母という派手系ギャルな二人の妹。あれ、結構いい感じでは?)



 世の男性、下手すれば女性ですらが羨ましがるようなシチュエーションだが、もしかしたら拝み倒せば叶ってしまうかもしれない。というかそれ、ありだな。うん、めちゃくちゃ見てみたい。もしこれから雲母と楓ちゃんが会って仲良くなるようなことがあったらそれとなく頼んでみよう。



「センセ、なんか邪なこと考えてない?」


「いや、全くこれっぽっちも」


「ホントかなぁ?」



 俺の不純な考えを察知したのか雲母が変な目で俺のことを見てくる。こういうことをしているから各方面からクズと言われるのかもしれないと初めて実感したかもしれない。これからは態度に出ないように気を付けよう。



「カカッ、お嬢ちゃんも苦労してんなぁ」


「もう、ホントだよ」



 そう言ってなぜか屋台のおっちゃんと意気投合している雲母。というかおっちゃんもなんでヤレヤレというような言い方をしているのだろう? なぜか非常に不満だ。



「ほらおにーちゃんセンセ、あっちの方で綿あめ食べよ」


「なんだよ教育番組で出てきそうなそのネーミングは」



 そんなツッコミをしつつ俺たちはできるだけ人がいないところへ移動する。とはいってもどこもかしこも人で溢れかえっているので落ち着いて食事ができるところなんてほとんどない。そんな中……



「あっ」



 空きスペースで一人、スムージーのようなものをちゅーちゅー吸っている楓ちゃんを発見し俺はそう声を発した。クラスの友達とも別れたようだし、これでようやく楓ちゃんと合流できそうだ。俺は楓ちゃんを見失わないためにガンガン突き進む雲母をいったん止める。



「ちょっと待ってくれ雲母。ようやく例の待ち合わせてた子を発見したからいったんそっちに行こうぜ」


「……ああ、そういえばいたねそんな人」



 少しムスッとした様子でギュッと綿あめを握り締めた雲母。緊張しているのだろうか? だがすぐにいつもの調子を取り戻し、かかって来いと言わんばかりに気合を入れ始めた。



「うっし、この雲母ちゃんがどんな女なのか見定めてやろうじゃない」


「なんでいきなり熱血系になってんだよお前」


「うっ、うっさいし! とりあえず案内して!」



 そう言って楓ちゃんのところに連れて行けと俺を急かす雲母ちゃん。さすがにいきなり声を掛けたら驚くし隣に知らない人がいたら驚かせてしまうと思ったのであらかじめチャットをして今から向かうことを告げる。するとすぐに既読が付き待っていますとの返信が返ってきた。



「じゃ、いくぞ」


「うん」


「一応言っとくけど、向こうはお前と仲良くなる気満々だったからな……多分」


「わかってるって。あたしも仲良くなるようにしとくから、多分」


「俺の真似をして多分を付け加えんな」



 そう言って綿あめをもったままガンガンと俺の後をついて来る雲母。正直注意しようかと思ったがどうせ聞くような奴じゃないし、楓ちゃんがいつも通りの丁寧な態度をしてくれると願うしかない。楓ちゃんのお淑やかさにあてられれば、もしかしたら雲母も態度を改めるかもしれない。


 そして



「おーい、楓ちゃん!」


「どこどこ、どこだし、その楓ちゃんは……楓ちゃん?」



 楓という名前に覚えがあったのか何かが胸に引っかかった様子の雲母。だが時はすでに遅く、向こうもこちらを発見したようでドリンクを片手に勢いよく近づいて来る。



「奏真くん、いきなりいなくなるなんてひどいです。で、そちらが先日お話してくれた女子高せ……」



 そうして、お互い見つめ合う雲母と楓ちゃん。まるであり得ないものを見ているかのようだ。雲母に関しては金魚みたいにに口をパクパクしてるし、楓ちゃんも瞬きをするのを忘れているようだった。しかも、顔面が完全にフリーズしている。こんな二人を見るのは初めてなので俺も少し戸惑った。



「お、おーい二人とも?」



 そして、しばらく時が過ぎ……
























「「……はにゃ?」」



 最初に発せられた言葉がこれだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る