第32話 夏祭り②
人混みの中を進んだ俺と楓ちゃんは何とか神社に参拝する人の列に並び、無事に参拝を終了させた。二礼二拍手一礼とよく言うが、俺はひとまず今度のテストを無事に乗り切れるように神さまにお願いしておいた。きちんと勉強できている分神頼みするのもおかしな話だが、景気づけという意味では十分だろう。
「楓ちゃんは何をお願いした?」
「えっと……秘密です」
そういって微笑む楓ちゃん。まあ女の子にこういうことを聞くのも無粋か。そもそも人に願いを言ったら叶わなくなるという噂もあるし、これがちょうどいいんだろう。
(さて、次は雲母と合流か)
スマホで連絡を取るが、少し離れたところで食べ歩きをしているらしく次はイカ焼きの写真が送られてきた。一体雲母はこの夏祭りでどれだけ食べ物にお金を支出するつもりなのだろう。
「それで奏真くん、次はどうするんですか?」
「うん、待ち合わせをしてた奴と合流かな」
「了解です。ところで……」
祭りの喧騒が入り乱れる中、ここで楓ちゃんが俺に尋ねてくる。
「その女子高生? だという女の人、なんというお名前なんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
よく考えてみると、雲母のことを詳しく話していなかった気がする。だがプライバシーに関わることなので細かく教えられないのも事実。だが、名前くらいならいいだろう。事前に教えておかないと、名前を呼ぶとき不便だしな。
「ああ。その子の名前は天……」
天音雲母。そう言おうとしたとき、ちょっとした邪魔が入った。三人の女の子たちがこちらへと近づいてきたのだ。
「あれ、楓じゃん」
「ほんとだ」
「楓もいい男探し?」
どうやら楓ちゃんの知り合いらしい。年齢からして、恐らく学校の友達だろう。というか、いい男探しってなんだ?
普段は家族的な距離感になって忘れがちだが、楓ちゃんだって現役バリバリのJKなのだ。まぁ、こういうイケイケ系の友達がいてもおかしくはないか。
「みんな、こんば……」
「って、楓が男連れてるぅ!?」
楓ちゃんがお行儀よく挨拶しようとしていたところで、隣を歩く俺の存在を認めた女子高生たちの態度が変わった。まさか知り合いが異性を連れて歩いているとは想定外だったのだろう。まぁ、楓ちゃんが学校でどんなイメージを持たれているのかは想像に難しくないし、同じ立場だったら俺も驚いている。
「えっ、ちょ、楓。その人ってもしかして彼氏ぃ!?」
「え、いやその……」
「うわマジか。普段落ち着いていると思ったら、裏には男がいたのか」
「しかも年上のお兄さんだし。えっ、大学生?」
俺が思っていた以上に女子高生たちは騒いでいた。そして俺のことを彼氏と勘違いされ慌てふためいている楓ちゃん。その様子はとても可愛くて微笑ましいが、彼女の為にも誤解は解いておいた方がいいだろう。
「えっと、楓ちゃんの友達かな? 盛り上がっているところ悪いけど、俺はこの子の彼氏じゃないよ?」
「「「え?」」」
「俺は楓ちゃんの付き添いとして来ただけで、君たちが期待してるような関係じゃないんだ」
「「「……」」」
正直に、出来る限り楓ちゃんのことを気遣って三人の女子高生たちに説明する。すると彼女たちはポカンとして俺のことを見ていた。え、なにか変なことを言ってしまったか?
三人の女子たちはお互いに目を合わせ何か意思疎通を図っていた。仲良く何かを企んでいるらしい。
「じゃ、じゃあお兄さん今彼女なしのフリーってこと?」
「えっと……それはどういう意味かな?」
「よかったらさ、私たちと一緒にお祭り回らない? あ、もちろん楓も一緒に」
そう言いながら俺との距離をじりじりと詰めてくる女子たち。え、これどういう状況?
「ちょ、みんな!?」
その様子に楓ちゃんも目をグルグルさせて戸惑っていた。まさか彼女たちがよりにもよって俺ににじり寄って来るとは想像もしていなかったのだろう。とりあえず、俺の答えは決まっている。
「悪いけど、今日は楓ちゃんと回る約束をしてて、俺も一緒に回るのを楽しみにしてたからさ。申し訳ないけどまたの機会じゃダメかな?」
「どうしても?」
「うん、そうだね。恥をかかせるような真似をして、ごめんね」
年下の女の子ということもあり、出来るだけ諭すように「いいお兄さん」を演じてやり過ごすことにする。こんな大所帯で雲母と合流しようものなら間違いなく彼女は困惑するだろうし、なにより横で楓ちゃんがギョッとしたような顔をしていたのだ。二人の先約者を不安にさせないためにも、とりあえずここは申し訳ないが無難に断っておきたい。
「へぇ、お兄さん一途なんだね」
「うん、ちょっとびっくり」
そんなことを言いながら俺のことを見てくる女子高生たち。どうやら納得してくれたらしく、再び俺と距離を取ってくれた。そうして彼女たちは楓ちゃんの方へとにじり寄った。
「ごめんお兄さん、ちょっと一瞬だけ楓借りていい?」
「うん?」
「大丈夫。本当に一瞬だから!」
「え、えええぇぇ!?!?」
そうして楓ちゃんは女子高生たち三人に連行され少し離れた場所へと連れていかれてしまった。遠目から見ていると何かを話しているようで、なぜか顔を赤らめながらブンブンと顔を横に振っている楓ちゃんの姿が見えた。相変わらず小動物みたいだ。
「……あ」
一瞬とは言っていたが思ったより長くなりそうな雰囲気を察したのでふと出店の方向を見ると、綺麗な金髪をなびかせた浴衣姿の少女を発見する。彼女はちょうど鮎の塩焼きに手を伸ばそうとしているところだった。
「長くなりそうだし、一回あっちと合流しておくか」
そうして俺は楓ちゃんにチャットでメッセージを送って一度離れる旨を書き残し、その少女の方へと足を運ぶのだった。
「で、実際のところホントに彼氏じゃないわけ?」
「だっ、だから本当に違うってぇ!」
「そんな顔真っ赤で否定されても、説得力ないぞ」
奏真くんから引き離された私はなぜか友人たちに怒涛の質問攻めをされていた。まさか友人に会うとは思っていなかったが、こんな風に拉致されるなんてもっと予想外だ。
「でも、狙ってるでしょ?」
「それは、その……」
「すぐ否定しない時点で、脈ありなのは隠しきれてないじゃん」
「うっ、ううぅ……」
そう言って真っ赤に染まっているであろう顔を手で覆い隠す私。奏真くんと一緒に歩く機会は滅多にないのでちょっとはしゃいでいたが、まさか友人に見つかったらこんなに恥ずかしい気持ちになるなんて思っていなかった。
「そんな可愛く照れちゃってさ。もう完全に恋する乙女じゃん……はぁ」
「雲母だけかと思ってたのに、楓にも春が来てたかぁ」
私の顔を見てなぜか呆れつつがっかりするような三人。だがそれも一瞬でまた別の話に切り替わる。
「まだ付き合ってないってことは、もしかしてこれから告るわけ?」
「そういえばこの後花火があるし、もしかしてその時に?」
「え、何それロマンチック」
この夏祭りの終盤には近くの河川で花火大会がある。この場所からも十分見えるらしく、この夏祭りで楽しみにしているイベントの一つだ。だが彼女たちは邪な妄想を頭の中で浮かべているらしい。
「そ、そんな予定はないよ!」
「えーつまんなーい」
「本当に、そんなんじゃないんだって」
勝手に盛り上がり、勝手に鎮静化する彼女たち。これが最近の女子高生なのだろうか? 私も女子高生の一人だが、こういう話題には疎いのでいつも置いて行かれている。
「じゃあ、私がアタックしてもオーケー?」
「……へ?」
「あ、ちょずるーい」
「大学生の彼氏。顔も性格も悪くないし……大人っぽくてありかも」
「え、ちょ、みんな?」
落ち着くかと思われたが話はさらにややこしい方向へと舵を切ってしまったようだ。奏真くんが同級生に取られるかもしれない。そんな結末を想像してしまった私は一気に焦りだしてしまう。
「ほ、本気で言ってるの?」
「だって、あの人確実に優良物件じゃん。少なくとも、楓が惚れてるって時点でそれは確定してるし」
どうやら私が信頼しているということが奏真くんの価値を彼女たちの中で高めてしまったらしい。とにかく私はテンパってしまう。
「で、でも奏真くんだっていろいろ欠点はあるよ。少なくとも家事は雑だし、たまに寝坊しちゃうし。優しいところもあるけどよく意地悪してくるから大人げないし。それに確かに頭はいいみたいだけどそれを良くないことに使いがちというか。この前だって、私がせっかく服を畳んであげたのに次の日にはそれが散らかってたり、生活能力が割と欠けているんだよ? 何を食べたいって聞いても何でもいいって言って作る側の気持ちを何も考えてないし、昨日なんて……」
ペラペラ。とにかく私はいかに奏真くんが普段の生活においてだらしないかを語った。不思議と話題に尽きることはなく、話を聞いていた彼女たちも徐々に顔が引きつっていたと思う。どうやら奏真くんが彼氏に向かないということを理解してくれたらしい。そう思って一度話を切り上げたのだが。
「あーわかった、わかったから落ち着いて。楓の気持ちは十分以上に伝わったから」
「てか、料理とか作りに行ってあげてるんだ。これもうベタ惚れじゃん」
「最初から付け入る隙はなかったか……」
そう言って肩を落とす三人。私をからかう冗談かと思ったが、もしかしたら本気で奏真くんのことを狙っていたのかもしれない。そう考えただけに背中がゾッとする。
「応援してあげるから、まあ頑張って」
「うん、上手く言ったら雲母あたりに彼氏マウントを取ってやりな」
「今日の戦果報告、楽しみにしてるねー!」
そう言って三人はお祭りの人ごみの中へと消えていった。まるで嵐が過ぎ去ったような感覚に陥り私は思いっきり息を吐きだして脱力する。どうやら見逃してもらえたようだ。
(……でも、どうしよ。顔が赤くなりすぎて奏真くんのところに戻れない)
だが彼のことをいつまでも一人にするわけにもいかないので何とか息を整えて待たせていた場所へと戻る。だが、そこに彼の姿はなく思わず私は慌ててしまう。だが落ち着いてスマホを確認すると、少し離れるというメッセージが届いていた。どうやら目的の人物を見つけたらしい。
「……飲み物、どこかに売ってないかな」
私はすっかり火照ってしまった体を冷やすべく、祭りの喧騒に包まれながら一人で出店を回るのだった。きっと回り終えるころには、心が落ち着いているだろうと言い聞かせて。
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