第31話 夏祭り①


 土曜の夕方。とうとう夏祭りの日がやってきた。俺はスマホと財布をポケットに入れて他に忘れ物がないか部屋を見渡し確認する。まあ、今どきの若者はスマホと財布さえあれば困りはしないのだが。



「にしても、朝比奈には感謝だな」



 雲母たちと夏祭りに行く約束をしていた手前、綾瀬にデートという名目で夏祭りに誘われないかが一番の懸念だったのだ。というわけで俺は朝比奈に連絡し綾瀬が当日どうするのかを彼女経由で聞いてもらった。朝比奈の返信はこうだ。



『乃愛、夏祭りには行かないって。なんか、人混みの中に私みたいな美少女が行くと渋滞ができて困っちゃうからってさ』



 自分の事を美少女と言ったうえで断る当たり、何とも綾瀬らしい。これは俺の予想だが、たぶん断った真の理由は、純粋に人混みの中屋台を巡るのが面倒くさいとかそういうものだと思う。同じクズ同士、なんとなくの予想だが。



「宮子も、予想してたけど今年も行かないか」



 なんとなくだが、宮子から夏祭りの誘いがないか少しドキドキしていたのだ。俺から連絡をするのも何なので向こうから何かを言われないか今までずっと待っていた。だがこの瞬間までメッセージが来ていないということはきっと行かないということなのだろう。



「思い出話くらいは大学で聞かせてやるか」



 どうせ夏休みに入ったらそこそこの頻度で遊びに来ると思うのでその時に楓ちゃんを交えて夏祭りでの出来事でも話してやろう。本人は土産話より甘味のお土産を出せと言い出しそうだが。まあ、日持ちしそうなやつがあったら選んで買っておいてやろう。


 そうして俺は家を出て鍵をかけ壁に寄りかかり、隣の部屋で準備しているであろう楓ちゃんを待つ。軽く話を聞いたが楓ちゃんは浴衣などを着る予定はないらしい。本人曰く、似合わないだろうし高いから手を伸ばそうとは思わないとのことだ。



(絶対に似合うのに、もったいないよな)



 楓ちゃんの綺麗な黒髪と浴衣は相性が抜群だと思うだけに見れないことが口惜しい。だが嫌がる本人に強制して着せることはできないので甘んじて受け入れる。そうして悶々と過ごしていると、ガチャリと隣の部屋のドアが開いた。



「お、お待たせしました」



 そうして楓ちゃんは普段の制服姿とは違う私服姿で俺の前に現れた。ひらひらとした白いトップスにみ空色のジーパン。ずっと制服姿ばかりを見ていたので久しぶりに見る楓ちゃんの私服は少し新鮮だ。



「久しぶりに私服見るけど、似合ってるね」


「あ、ありがとうございます」


「というか、やっぱり浴衣は着ないの?」


「あはは、私には敷居が高いですよ」



 そう言って楓ちゃんは部屋の鍵をかけて俺の隣にやって来る。そのまま少しだけ話し込み、俺たちはようやくアパートを出発した。目的地はここから徒歩十五分ほどの場所にある神社だ。



「……どうやら先に着いてるっぽいな、あいつ」


「そうなんですか?」


「ああ。なんかりんご飴を買ってるみたい」



 俺のスマホのチャットで今出発したことを雲母に伝えると、もうすでに到着して先に夏祭りの出店を巡っていると返信が来た。



『これみて、超かわいくない?』



 そういって綺麗なりんご飴の画像を送って来る。こういうところでりんご飴を含めた自撮り画像ではなく手元の身を映すあたり、ちゃんとネットリテラシーを学んでいるのだなと時間する。もし自撮りのようなことをすれば他の人が映り込んで迷惑になるしな。今どきは肖像権とかうるさいのだ。



「へぇ、美味しそうですねりんご飴」



 俺のスマホを覗き見て綺麗に映っているりんご飴を見た楓ちゃんがそう呟いた。



「楓ちゃんは食べたことあるの?」


「いえ、私はないですね。奏真くんは?」


「俺もないな。りんご飴って他の食べ物と違ってどうにも手を伸ばしにくいんだよな」


「お祭りに行くのは初めてですけど、そのイメージはなんとなくわかります」



 かき氷や焼きそば、それにチョコバナナ。当たり前だがそれらは口に含んで飲み込めばすぐになくなる。だがりんご飴は飴というだけあってある程度舌で舐めなければいけない。噛むにしてもあの飴って結構固そうだしな。いや、結局リンゴの部分は舐めても溶けるはずがないので最後の方は噛む必要があるのだが。要するに、長いこと持ち歩きそうになるのであまり手を伸ばそうとは思わないのだ。



「ふふふ、楽しみです」


「だね」



 いつもはこの時間になると楓ちゃんが夕飯を作り始めるころなのだが、今日はお祭りで店で買い食いをするということで二人そろって何も食べてきていない。空腹は最高のスパイスになるという言葉をよく聞くし、今から楽しみだ。



「って、あいつ先に参拝を済ませてやがるのかよ」



 しばらく雲母とチャットをしていたのだが、どうやら既に神社の賽銭箱に五円玉を投げ入れて来た後らしい。合流してから再度参拝に行かせるのもあれなので合流前に参拝を済ませておくか。



「ということなんだけど、いい?」


「私は構いませんよ?」


「ありがと」



 そんなことを話していると、がやがやと騒がしい声がすぐ近くから聞こえて来た。どうやらお祭りの開催場所が近づいてきたらしい。俺たちは顔を合わせて微笑み、少しだけ歩くペースを速めた。


 そして



「これが、生で見るお祭りですか」


「へぇ、こっちのお祭りも結構いい感じだな」



 街道に出た俺たちをさっそくいくつかの出店が出迎える。この市で開かれている夏祭りは神社だけでなく神社に面する車道を封鎖して道路上でも屋台を開いている。そのため、結構長い屋台の道が出来上がっていた。そして溢れかえるように人がごった返している。何も考えずにツッコんだら酔いそうだ。


 そしてその光景を眺めて目を輝かせている楓ちゃん。この嬉しそうな顔が見れただけでも一緒に来た甲斐があったというものだ。



「そ、奏真くん。どこから回ります?」


「落ち着いて落ち着いて。ほら、まずは神社の方に行って参拝を澄ませよ」


「あっ、そうでした。うっかりしちゃいました。すいません」


「いいっていいって」



 そうして俺たちは神社に向かうべく人混みの中に突入した。だが予想以上に人が多く、気を抜けばすぐにはぐれてしまいそうだ。



「奏真くん、服をつまんでてもいいでしょうか?」


「服じゃなくて、手を繋いでもいいよ?」


「そ、それはその……やっぱり服の裾で!」



 そう言ってはぐれないように服の裾を指でつまんでくる楓ちゃん。うん、やっぱり照れているところも可愛いな。綾瀬にも同じことをされたことがあるが、こんな可愛げを持ち合わせてはいなかった。だが楓ちゃんが相手となるとやっぱり妹を相手にしているみたいになる。



「そういえば、なんで祭りで神社に参拝するんだ?」


「この日にお参りすると、より多くのご利益があると言われているそうですよ。ほら、夏祭りのことを縁日ともいうじゃないですか」


「ああ、だから縁」


「神社で行われる祭りは、そのほとんどが縁日と言っていいそうですよ。あらかじめ定められた縁日に合わせて出店を開き、お祭りという形式にして商売をしているわけですね」


「へぇ、結構奥が深いな」



 俺もそういう知識は深くは知らなかったので楓ちゃんとの会話はかなり勉強になった。だが、ふと思う。



「ていうか、詳しいね楓ちゃん。何かそういうことを調べる機会があったの?」


「あっ、えっと……小学校の発表会で少し」


「小学生の時点でよくそこまで調べられたな。ほんとにすごいよ」


「あはは……ありがとうございます」



 俺がそう言うと、なぜかホッとしたように胸をなでおろしている楓ちゃん。今の会話で、なにかドキッとするようなことがあったのだろうか?


 だが人の波が増えて来たためそれを聞ける余裕はなく、俺たちはしばらく会話ができないままゆっくりと神社を目指すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る