第19話 綾瀬とのデート②


 電車に揺られて十数分。駅を降りた俺たちはそこから五分ほど歩き目的の場所へとやってきた。ここは俺たちだけではなく多くの人で賑わっており活気が感じられる。そうしてその場所を見た綾瀬が一言。



「ここが、冨樫くんが選んだデート場所?」


「ああ、そうだ」



 綾瀬の瞳に映るのはゆっくりと動いている大きな観覧車。そう、俺が今回デート場所にチョイスしたのは遊園地だ。ここは最近できた都市型遊園地という奴で、定番のアトラクションだけでなく最新の技術を取り入れたゲームなどもある。


これは雲母と何度か話し合い、様々な協議を経てこの結論に至ったのだ。遊園地はマニアックな知識が必要になるわけでもないし、難しいことを考えず楽しめる。少なくとも俺たちのような関係性の男女にはぴったりだろう。



「なんか意外。冨樫くん捻くれてるから私が想像もつかないような場所に連れてってくれるのかと思ってたんだけど」


「そんなに意外か?」


「うん。もっと格好つけてわけわかんない作品鑑賞とかに付き合わされるかと思った」


「ハハハ、ソンナワケナイダロ」



 さすが綾瀬。俺が雲母に提案して真っ先に切り捨てられた意見を見事的中させている。綾瀬の読み適当な展示会に行って通り付け焼刃の知識を披露しようかと思っていたのだが、雲母に鼻で笑われ一蹴された。



「ちなみに学割が利くから、安く入れるぞ」


「まさかデートに懐事情を持ち出してくる彼氏がいるとはねぇ。守銭奴彼氏か」


「うっさい。というかお前だって割引された映画を見に行ってただろうが」


「倹約に力を入れる家庭的な女と言ってほしいかな」



 こういうところはお互いさまというか、似た者同士なのかもしれない。そうして俺たちは入り口近くの受付でチケットを購入しそのまま遊園地の中へと入っていった。ちなみにチケット代は全額俺負担である。一応男として格好つけてみたが、やっぱり割り勘にすればよかったと内心思っているのは秘密だ。



「さてさて、それじゃあどこ行くの?」


「お、おう。まずは……(結構乗り気だなこいつ)」



 入り口近くにあったパンフレットをちゃっかり手に取り、園内マップを面白そうに眺めている綾瀬。こういうところを見ていると本当に可愛い奴なんだけどなぁ……


 そうして俺たちは話し合った結果、屋内にあるシューティングゲームに向かうことにした。何でも綾瀬がシンプルにこういうゲームに興味があるらしい。俺もゲームセンターでやったことはあるが、ここまで大規模なものは初めてだ。



「人、多いなぁ」


「仕方ないだろ。休日なんだし」



 さすがは都市型遊園地ということで想定以上の人ごみで混雑している。綾瀬は前回のデートと同じく俺の服をがっちりつかんでいるため服が伸びないか心配だ。だが回転スピードは思っていたより早く、すぐに俺たちの番が回ってきた。



「おお、本格的」



 俺が渡されたのはプラスチックでできた専用の銃。このゲームの内容は迫りくるゾンビを銃で迎撃するといったものだ。巨大なモニターに躍動感ある映像が映り、そこに向けて銃を発射するらしい。よほど怖いのか、泣きながら出ている人も数名いた。



「ワクワクしちゃうな」


「お前、こういうゲームよくやるのか?」


「ううん全然。だからこそ楽しみなんだよ。合法的に人型の生物に風穴を空けられるなんて、快感だと思わない?」


「サイコパスか」



 妙なところに楽しみを見出している綾瀬。よほど普段の生活にストレスを感じているのだろうか。そんなことを考えていると館内にけたたましいブザー音が鳴り響き、ゲームがスタートしたことを知らせる。



『グオォォォォ!』



 そうして目の前のモニターから大量のゾンビが迫ってきた。座っている椅子も振動したり風が送られてきたりするので没入感がすさまじい。結構楽しくなってきた中、隣の綾瀬を見てみると。



「ばーん、ばーん、ばーん」



 ひじ掛けに肘をつきながら頬杖をつき、片手で銃を撃っていた。しかしよく見れば効率的にゾンビを打っているため得点は俺より上だ。なんか少し悔しい。という訳で俺も集中力を高めてゾンビを撃って撃って撃ちまくった。


 その結果……



「私の勝ちだね」


「いや、なんでだよ!」



 僅差だったが綾瀬に負けた。綾瀬はドヤ顔で俺の顔を覗き込み何度も点数を比べて価値の余韻に浸っている。この女絶対に泣かせてやりたいとデートをしているとは思えないような感情が俺の胸中に渦巻きつつある。



「じゃ、ジュース奢りね」


「まさか勝負事をするたびに俺にたかるつもりじゃないだろうな?」


「たかるも何も、私財布持ってきてないもん」


「ああ、じゃあ仕方な……財布を持ってきてない!?」


「ふふっ、いい女は財布を持ち歩かないんだよ」



 どうやら最初から最後まで俺の財布を頼りにしていたらしい。これ、今月ピンチどころか既にマイナスが確定しているんじゃ……



「ほら、時間は有限なんだしとっとと行くよ?」


「って、ちょっと待てよ!」



 俺がエスコートするはずが、すっかりと主導権を握られてしまった。というか綾瀬相手に上手に出れる奴なんてこの世に存在するのだろうか。もし存在するとしたらその人に頭を下げてこいつを手玉に取るコツを伝授してもらいたい。


 そんな時、俺のスマホが震える。どうやら雲母からメッセージが飛んできたらしい。



『センセ、もっと攻めて』


『攻めろって、具体的にどうやって?』


『自分で考える!』



 頼りにしていた雲母だが、意外と感覚重視のふわっとしたことを言ってくる。有り体に言うと、全然参考にならない。だが攻める……か。よし、もう少し積極的になってみよう。



「なあ綾瀬、せっかくだし手でも繋ぐか?」


「手?」


「前回はともかく、今回はれっきとしたデートだろ? なら今度こそ手を繋いだ方が恋人っぽく見えるんじゃないか?」


「うーん……冨樫くんごときにそう言われるのは癪だけど、まぁ地味に楽しんでるし別にいっか」



 そう言って綾瀬はあっさりと手を握ってくる。最初は恥ずかしくて躊躇っているのかとも思ったが、すんなり握ってくるあたりこいつの感情がもはやよくわからない。だが手を繋げたので一歩前進だろう。



(よし、やったぞ雲母!)



 俺はどこかで見ているであろう雲母に向かってそう告げた。きっと雲母もこの光景を見て胸をなでおろしていると思う。何せあんなに真剣に考えてくれたからな。

 そうして俺たちは一緒に肩を並べ次のアトラクションへと向かった。

















 一方、そんな光景を見ていたあたしはというと……



「むーっ!!」



 思いっきり嫉妬していた。計画しておいてなんだがあれは自分がしてもらえたら嬉しいことだし、他の女に対して積極的にアタックしているセンセを見ると複雑になる。だが、それもこれも綾瀬さんという女を見極めるため。あたしはそう言い聞かせて心を落ち着ける。



「というか、グタグタ言いつつもセンセってば楽しそうにしちゃってさ!」



 てっきり綾瀬さんに対して気がないのかと思っていたが、あれは絶対に違う。あわよくばいい関係になりたいとかそういうクズ思考のもとに動いているやつだ。正直見ていてイライラしてくる。



「それに綾瀬さんも、結局子供っぽいだけの意地悪な人ってことでしょ。はぁ……なんかしょーもな」



 あんな人と競おうと思っていた自分がちょっとバカバカしくなってくる。そもそもあんな風に手を繋いでいる時点でセンセに対して気がないということは絶対にありえない。つまり、『好きではない』というのは間違いなく照れ隠しだろう。



「なら後は、本音を引き出すだけ?」



 だが、あたしがそれをする意味はあるのだろうか? こんな、敵に塩どころかプレゼントを与えていくような真似……

 センセを想う純粋な気持ちと、奪われたくないという負の感情があたしの中でせめぎ合う。胸の中のモヤモヤが、きゅうっと胸を締め付ける。



「……もう少し、もう少し手伝うだけだかんね」



 なんやかんやであたしもセンセに甘いなと思いつつセンセのフォローに徹することを決める。それが今この瞬間の最善と信じて。



 しかし、この時のあたしはまだ気づかなかった。いや、理解できるはずもなかった。綾瀬さんがどうしてセンセに言い寄っているのか。綾瀬さんが心の中に秘めている、その真意を


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