第18話 綾瀬とのデート①


「やっほー待ったぁ彼氏ぃ?」


「いや、俺も今来たところだ」


「にしては、ずいぶん落ち着いてる気がするなぁ。ねぇねぇ、ほんとはどれくらい待ってたの?」


「強いて言うなら、五分くらいだ」


「わぁ、カップラーメン作れちゃう」



 五分というのは嘘である。正確には一時間近く前からこの場所で待機していた。あの後も何度か雲母と作戦会議をし、そしてついさっきまで最終調整を二人で行っていたのだ。俺は今回のデート、出来る限り雲母の指令を優先するつもりだ。



「というか、何普通に集合時間に遅刻してんだよ」


「女の子のおしゃれには時間がかかるんだよ。冨樫くんってばそういうところほんっとうにダメだよね~」



そしてそんな思惑などつゆ知らず、相変わらず調子に乗った様子の綾瀬。以前と違うところがあるとすれば、綾瀬の服装だろうか。以前は大学に着て来るようなラフな服装だったが、今回の綾瀬の服装はいつもよりおめかししているように見える。



「確かに、なんかいつもよりおしゃれだな」


「あれれ、冨樫くんのくせに私の容姿を褒めてるの? 私が可愛くておしゃれだなんて当たり前じゃん」


「いや、素直に感想を言っただけなのにそんな強気に出られてもな」


「あれれ、冷めちゃった?」


「そもそもまだ温まってもいない」


「うわぁ―辛辣ぅ」



 言葉のキャッチボールはいつも通り順調。雲母曰く、変に取り繕って言葉に詰まるよりはいつも通り軽口を叩き合った方がいいとのことだ。その方が俺自身もリラックスしやすいし、その効果はてきめんだったと言えるだろう。前回は綾瀬に後れを取っていたが、今回は雲母というバックアップがいてくれるおかげで少し強気に出られる。



「それで、冨樫くんは見事に今日の今日まで私にデートプランを一切合切明かしてくれなかったわけだけど、期待していいのかな?」


「ああ。これでも滅茶苦茶考えてきた方だ。期待していいぞ」


「おお。まさか根暗の冨樫くんがそこまで言うとはね。これは期待しちゃうな~」



 本気にしているのかはわからないが、少なくともこの段階ではまだ悪い段階ではない。いや、むしろ向こうから一方的に付き合うと言っているあたり、無理やり破局させるつもりはないのかもしれないが。



「で、目的地はどこ?」


「ふふっ、そうだな……後でのお楽しみってことで」


「ハードルどんどん上げてくね。というかもしかして、この前の私の真似してる?」



 別に目的地を教えてやってもいいが文句を言われてしまいそうなのであえて教えない。とにかくまず第一の目標は綾瀬と一緒に目的地に辿り着くこと。下手なことをして代えられないように気を付けなければ。



「……」



 綾瀬に気づかれないように後ろを見ると、帽子に伊達メガネと見事な変装を決め込んでいる雲母の姿が見えた。傍から見ればただの金髪不審者にしか見えないが、俺にとっては今回力強い味方だ。



(頼むぞ、雲母)



 俺は心の中で雲母にそう祈る。認めたくはないが、俺一人では綾瀬を唸らせるようなデートを完遂することはできないだろう。だがあいつの女子力と頭脳が加われば俺に何十倍ものバフを掛けてくれるだろう。



「それじゃ、まず駅まで行くぞ」


「駅まで行くって……え、もしかして遠出する感じ」


「遠出と言っても二駅くらいだから安心しろ。なんなら、運賃くらいは払ってやるよ」


「え、それ当たり前じゃない?」


「当たり前を当たり前と思うな~」



 どうやら綾瀬は奢られること前提だったらしい。もしかしたら今日のデートすべてそんな腹積もりなのかもしれないが、どちらにしろ奢ってやることは決めていたのでとこれ以上文句は言わない。懐事情はお察しだが。



「あっ、女性専用車両あるじゃん。私あれに乗ろっかな?」


「いや、電車の車両で別行動するデートって今まで聞いたことないんだけど?」


「前例がないだけでしょ。私たちがその前例を作る! そう考えると格好良くない?」


「どれだけそっちに乗りたいんだよお前」



 なんやかんや言いつつも俺と同じ一般車両へ乗り込む綾瀬。幸いにも座れるくらいには電車の中が空いていたので綾瀬が割るのを確認した後俺も隣へ腰を下ろす。ほどなくして電車が発車すると、綾瀬は移り変わる窓の景色を見ていた。



「電車なんていつぶりだろ。というか、今まで乗ったことあったっけ私?」


「そんなはずはないだろ。電車に乗ったことない奴なんてこの辺じゃいないだろ」


「そう? あ、でも引っ越しの時に一回乗ったか。ちょうど大学に進学するとき」



 そう言いながら綾瀬はずっと窓の外を眺めている。まるで物珍しいものを見るかのような目。塾で作戦会議した後、雲母は俺にこんなことを言っていた。



 ——もしかしたら、綾瀬乃愛は大人に成り切れていない子供なのかもしれない



 映画のチョイスや普段の言動を振り返ってみると、あながちその推測は的を得ているような気がした。そしてこの電車の中での素振りがその核心をさらに強める。俺には、綾瀬が電車の外の景色を見て少しはしゃいでいるように見えるのだ。



(……ちょっとだけ綾瀬について考えが変わったけど、性悪なのは変わりないから気を付けないとな)



 いくら子供っぽいところがあるからと言って普段のあの性格は紛れもない綾瀬のもう一つの側面だ。俺も何度か困らされたが、今回はそれに真正面から向き合わなくてはならない。



「……ぁ」


「冨樫くん、どうしたの?」


「いや、何でもない」



 変な声を発してしまい声を出してしまったが俺はそれを何とか誤魔化す。つい声が漏れてしまったのは、俺たちの正面に座る雲母とちゃっかり目が合ってしまったからだ。幸い綾瀬は雲母の存在をまだ認知していない。



(頼むからバレないでくれよ……)



 かなり目立つ位置にいた雲母にそう念を押すのだった。


















「あの人が綾瀬さん」



 センセと作戦会議を終えて離れたところから見守っていたら、件の綾瀬さんがセンセのところにやってくるのが見えた。



(うわ、滅茶苦茶美人じゃん。というかセンセ、あんな人に付きまとわれて文句言ってんの?)



 どんな人かと想像していたが、あたしの想像を余裕で越えてくるくらい美人な人だった。大学生ということもあってか、可愛いというより美しく見えるような服の着こなし方をしており、男性だけでなく女性も憧れるような容貌をしている。


 会話を盗み聞くも、事前にあった話通り軽口ばかりを叩き合っていた。何も知らない人が見ればおしどり夫婦とか漫才とか言われてもいい気がするが、まだ若干の気まずさがセンセの方にある当たり、きっとデートに緊張しているのだろう。なんとも贅沢なセンセだろうか。



「というか、話に聞いてたより仲良くなぁい?」



 センセの話を聞く限りではどことなく二人の間にはもう少し距離感がある物だと思っていたが、そんなことを感じさせないくらいには傍から見てて仲が良さそうだった。少なくとも、あたしが割り込んで文句を言えないくらいには。



「……なんてーか、ずるい。何もかもがずるい」



 あたしはマスクの下で唇を尖らせながら二人のことを見て嫉妬していた。もしうまくいっていれば、あの位置に立っていたのは自分かもしれないのに。いや、アタックが遅れてしまっている時点でアタシに文句を言う筋合いはないのかもしれないが。



「あっ、移動してる。追わないと」



 移動を始めた二人を見て私もバレないように尾行し、二人と同じ電車に乗り込んだ。電車の中でも相変わらずというか、二人は独特な漫才のようなやり取りを繰り広げていた。今更だが、本当に付き合っていないのだろうか。



(てゆーか、綾瀬さんって変な感じ)



 最初は凄く美人な人だと思って眺めていたら、所々情緒が不安定になる。間違いなくわざと何だろうが、それでもどこか掴みにくい雰囲気だ。アタシが知ってる一般的な女の子とは、根本的な何かが違う。



(それも含めて、確かめてやんよ)



 綾瀬さんが、センセとお似合いなのかどうか。

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