第20話 綾瀬とのデート③
それから俺たちは時間が許す限りたくさんのアトラクションを楽しんだ。水上を移動するボートやジェットコースター。果てにはゴーカートまで。この遊園地がかなり力を入れて作られてものだということは知っていたが、一体どれだけのお金がつぎ込まれているのやら。
「いやぁ、さすがに疲れたね」
「まさかお前がジェットコースターを楽しむタイプだとは思わなかった。正直めちゃくちゃ嫌がるかなと思ってたのに」
「もちろんジェットコースターは初めて乗ったよ。いやぁけどいいねぇ。いつでも死ねそうで」
「自殺願望?」
「ううん、小細工すれば冨樫くんのこと突き落せそうだなって」
「死ぬのは俺かよ!?」
冗談(?)を挟みつつ、俺たちは遊園地を横断するように満喫。俺と綾瀬の趣味が合うのか、乗りたいアトラクションで喧嘩になることはなかった。やっぱり俺たちの根本的な感性は似通っているのかもしれない。もしくはクズ同士気が合うだけかもしれないが。
「にしても、そろそろ時間も時間か」
「どうする? 最後は恋人らしく観覧車で締めくくろうか?」
「お前がそうしたいなら、そうしようか?」
「うーん、じゃあ却下で」
彼氏といいつつ、俺とそう言うロマンチックな雰囲気にはなりたくないらしい。だが乗れるアトラクションはこの時間からだと限られてしまうので、慎重に選ばなければならない。そうして観覧車を選択肢から外し考えようとしたのだが……
「あー、でもやっぱ観覧車でいいかも」
「いや唐突だな。どんな気変わりだ?」
「思い返してみれば、観覧車なんて乗ったことないから」
一度は否定されたが、結局観覧車に乗ることを決めた俺たち。どうやら綾瀬は俺と密室で二人っきりになる危機感よりも高い所から景色を見下ろしたいという好奇心の方が勝ったらしい。それに今は夕暮れ時なので、うまくいけば日が落ちる瞬間が見えるかもしれない。
「その前に冨樫くん、お金ちょーだい♡」
「なんだよ藪から棒に」
「言ったじゃん。私お財布持ってきてないって。そんな状況で酷く喉が渇いてしまいました。このままじゃ脱水症状に陥ってしまいます。さあ、彼氏ならどうする?」
「自分の汗でも舐めて塩分補給しろって言う」
「うわぁ、私の彼氏クズいな~」
そんなことを言いつつ小銭を渡してしまうあたり、俺もずいぶん心が広いと思う。今日だけでこの女にいくら貢いでいるのだろうか。まっ、そんなことをいちいち気にしているから守銭奴とか言われるんだろうけど。
「あっ、ついでに冨樫くんにも何か買ってきてあげようか? おでんでいい?」
「この暑い中本当におでんを買ってきやがったら、今日かかったデート代全額請求しに付きまとうからな?」
「あは、私の彼氏はストーカー予備軍だったか~」
「お前の性悪さには負けるって」
「誰が性悪か。まっ、とりあえずさすがに喉が渇いているだろうし、三本買わないとねぇ。冨樫くんはここで動かないで待っててね……ふふふ」
どこか気になる笑みを浮かべながら、綾瀬は自販機の方へと向かっていく。確か最寄りの自販機でも結構遠かったので割と時間がかかるだろう。その間一人でどう時間を潰すか……
(って、一人じゃないじゃん)
綾瀬と話していたらすっかり忘れていたが、今日のデートには雲母が陰ながら同行していたのだった。途中から通知が来なくなったのですっかり存在を忘れていた。もしかして俺たちのことを見失ってしまったのだろうか?
「一応連絡入れとくか」
俺は雲母に『大丈夫か?』というメッセージを飛ばす。するとすぐに既読が付き、怒っているのか泣いているのかよくわからない感情を表した顔文字が送られてきた。一応迷子になっていないか尋ねてみたが、すぐに『ダイジョーブ』と返信が来る。つまり俺が気づかないところでこちらのことを随時見張っていたということだろう。あんな派手な見た目をしているのに、存外探偵向きだったことに驚く。
「ま、誰でも隠れた才能の一つや二つ、もってるもんか」
雲母の場合は才能の塊みたいなものだが、どうやらまた新たにそれが追加されたらしい。そういえば、あいつの進路とかそう言うのをまだ詳しく聞いていなかった。次の授業で今回のデートの話がてら、進路相談などをしてみるのもいいかもしれない。
「とりあえず、その前に今日のデートを乗り切ってからだな」
雲母についてきてもらった分、綾瀬ともども男らしい所を今からでも見せつけてやらねば!
「なんか、自分がチョーダサい」
なぜ自分はこの猛暑の中変装をしてあのカップル(偽)の後をつけているのだろうか。しかもその光景を見せつけられて羨ましくなっているあたり、自分が地味に情けない。こんな思いをするくらいなら、最初からついて行くなんて言わなければよかった。
「センセに一言断って、もう帰ろっかな……ってうわぁ!」
一人で帰ろうかと思っていた矢先、かなり強めの強風があたしの体を襲う。するとずっと変装用で被っていた帽子があたしの頭から外れ飛んで行ってしまった。ここは海から近いので、こういう突発的な強風がよく吹き付けるのだ。
「ああもう、せっかく暑い中我慢してたのにぃ!」
帽子の中にうまいこと詰め込んでいた金髪が思いっきり風になびいて顔にべたっと張り付いてくる。なんかもう、すべてが気に食わない。そんなよくわからない衝動をぐっとこらえつつ、あたしは帽子を拾いに行く。するとなんだか、無性に喉が渇いてきた。
「ああもうっ、なんか喉乾いた。私も何か飲み物を……」
「ふふん、じゃあこれどーぞ♡」
「ああ、どう……もっ!?」
自然な流れで差し出された缶をうっかり受け取ってしまいそうになったが、あたしはすぐに異常な事態に陥っていることに気づいてしまい思わず体が硬直してしまう。なにせあたしに声をかけてきたのは、今日半日ずっと付け回していた綾瀬乃愛だったのだから。
「あ、あの……」
「ふふっ、喉が渇いているかなと思って。今日一日ずっと私たちのことを付け回してたみたいだから」
「えっと、何を言って……」
「あは、誤魔化しても無駄だよ。電車の中からずっと私たちの後をついてきてること、気づいてるんだから」
ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべてあたしの反応をくまなく観察してくる綾瀬さん。彼女の言いぶりから察するに、電車で移動しているあたりから自分たちが後を追いかけまわされていることに気が付いていたらしい。彼女の索敵能力を侮っていた。
「最初はストーカーだって騒ぎ立てて脅そうかなって思ってたんだけど、まさかこんなに可愛い金髪ギャルだったなんてねぇ。ねぇねぇ、高校生?」
「そう、ですけど」
「わぁ、鮮魚の卸売業者もびっくりするくらいピチピチだね。それで、もしかしなくても冨樫くんの知り合いかな?」
「……」
ふざけた話から一転し、核心を突くようなことをたずねてくる綾瀬さん。最初はどう切り抜けようと思案していたあたしだが、経験上もう誤魔化しようがないことをここで悟った。
「気になる? 私と冨樫くんのこと?」
「えっと……はい、気になるっていうか。(ここはあえて踏み込んで情報を聞き出そう)」
私はあえてその質問に飛び込んだ。もしかしたら綾瀬さんの考えていることが分かるかもしれないと思ってのことだ。どんな人間でも必ず表と裏がある。だからこそ綾瀬さんの裏の顔をここで見抜ければいいと思っていたのだが……
「ふふふ……教えなーい」
「えっと、でも付き合ってるんすよね?」
「うん」
「じゃあ、セン……冨樫先輩のどこがどう好きなんですか?」
ここでセンセ呼びしてしまうとお互いにあらぬ誤解を受けそうなので私はセンセのことを先輩呼びして最も気になっていたことを綾瀬さんに尋ねる。
少なくとも今回のデートの雰囲気では決して綾瀬さんはセンセのことを嫌って嫌々付き合ってはいなかった。そもそも全く気のない男の誘いに端から乗ったりもしないだろう。だからセンセのどこに惚れたのかそう聞いてみたのだが……
「うーん、特に好きなところはないかな。嫌いなところもないかも」
「……え?」
「たまたま相手が冨樫くんだった……ただそれだけ。いわば、運命ってやつかな?」
「運命って……」
「こんなこと言ってるけど、私は運命ってやつを認めたくないんだよねー。ほら、宿命論とか予定説とか。だから私は、冨樫くんのことを徹底的に追い詰めたい。その先に、私が求めていた答えが、理想があるはずだから」
「えっと……」
「アハ、深く考えなくていいよ。どうせ意味がわかんないだろうし」
そう言ってニコニコと笑う綾瀬さん。先ほどまではふざけた笑みに見えていたが、彼女の言い分を聞いた今ではその笑みがすっかり狂気的に見えてしまう。もしかしたらあたし……いや、センセはとんでもない人と関わってしまっているのかもしれない。あたしは綾瀬さんの言っていることを理解できなかったし、彼女の言った通り文字通り意味が分からなかった。
「それじゃ、いつまでも待たせるのもさすがに悪いし私はいくね。冨樫くんには黙っててあげるから子供はもう帰った方がいいかもよ? じゃないと、そのジュース代を請求しちゃうぞ~」
「へーい、帰りまーす」
「ふふっ、素直でよろしい」
どうやら綾瀬さんはあたしが一方的にストーカーをしていると思っているようでセンセと結託している事には気がついていないようだ。だがそれなら好都合。とりあえず今はこの場から逃げ出すように離れたかった。なんというか、人間の闇の部分を垣間見てしまった気がするからだ。
「なんなの、あの人……」
あたしの脳裏に、綾瀬さんのあのニコニコ顔がこびりついて離れない。こんな感情は初めてだ。あの人が冨樫センセのことを好きではないと言ったことは、間違いなく嘘ではなかった。だからこそ、余計にあたしの心を搔き乱す。
「変なことに首突っ込んじゃったかなぁ」
今更ながらにセンセの恋愛事情に関わってしまったことを若干後悔。そうしてすっかり心が疲弊した私は手に持っている缶を開けようとして、気づく。手から感じる違和感に。
「……豚汁」
綾瀬さんはこの暑い中、私に豚汁缶を渡していたのだ。話しかけられたときに動揺してしまったため、手から伝わる温もりに気づかなかった。ご丁寧に、九州こだわりとか表面に記載されているかなり凝っている商品だ。ニヤニヤしていたのは、もしかしてこれに気が付かなかったあたしを見て?
この短時間であの人のことは良くわからなかったが、これだけは確信して言える。いや、心の中で叫んでいた。
あの人、絶対に性悪だ!!!!!!
——あとがき——
ごめんなさい予約投稿忘れてました。
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