第7話 クズ同士のデート③


「「がんばれ不利キュア~!」」



 叫びました。はい、滅茶苦茶テンション上がって上映中に子供たちと一緒に叫びました。子供たちもギョッとしてたしその保護者達も不審者を見るような目で俺と綾瀬のことを見ていたがそれに構わず映画にのめり込んだ。

 綾瀬が勧めてくる時点でどうだとも思ったのだが、普通に面白かったよチクショウ。そうして俺たちは映画が終了すると一目散に映画館から抜け出し早足でその場を離れた。



「ちょっと冨樫くん、君のせいですごく目立っちゃったんだけどどうしてくれるの?」


「お前も俺と同じくらいの声量で応援してただろうが。というか、不利キュアがボコボコにされているのを見て笑顔になるのはどうかと思う」


「え、だって人が苦しんでるのを見てるのが一番楽しいし……」


「お前本当クズだな」



 呆れるように冷たい視線を綾瀬に送る俺。だが本人はそんなの無視してるかの如く涼しげに過ごし、なんならあくびをしてリラックスしていた。俺の存在を完璧に忘れているような態度だ。



「しっかしやっぱ何度見てもいいなぁ、オールスター集結」


「あの展開は熱かったよな。そのあと、ラスト五分での裏切りも鳥肌立ったし」


「あーね。あれの伏線回収はたぶんアニメの方で行われるんだろうけど」


「マジか。俺も予約しておこうかな」



 布教されたわけではないが沼に引きずり込まれかけている俺。最初は乗り気ではなかったのに気が付けば続きの展開とこれまでのストーリーが気になり始めていた。あとキャラデザと声優さんが滅茶苦茶好みだったのもあるだろう。



「あは、やっぱ〇〇ちゃんは可愛いなぁ」


「ああ、わかる。俺も〇〇ちゃんの必殺技のシーンとか正面のカットインのところできゅんと来た」


「へぇ、冨樫くんにも人並み以上の感情があったんだ」


「俺を何だと思ってるんだよ。ああ、でも〇〇ちゃんが腹パンを食らった時に出た声は萌えたな」


「うわー、ここにクズがいる~」



 意外なことに共通の話題で会話が弾む俺たち。嫌々綾瀬に付き合わされていた俺だが気が付けばちょっぴり楽しんでいた。綾瀬はどうかわからないが、少なくとも悪い感情は抱いていない。今この瞬間に限定すれば、周りから付き合っていると思われているのかもしれない。まあ、あんな男が彼氏? とかそういうことを心の中で叫ばれてそうだが。



「はぁ、冨樫くんと趣味が合いそうな気がしてるのって、なんか複雑」


「どういう意味だよ」


「ああ、ごめん。なんか最悪」


「余計に言葉を悪くするな!」



 そして俺と綾瀬は施設の一階に降りて来た。次はブランド物のウィンドウショッピングでもするのかと思えば、綾瀬が向かったのは別の場所。人が沢山出入りしているところだ。

 綾瀬は籠を持ち俺に渡してきた。


「何してんだ?」


「買い物。今日はお肉が安いから」


「え、食料?」


「そう。あ、もちろん冨樫くんに何か作ってあげるとかじゃなくて、普通にプライベートな買い物だから勘違いしないようにね」



 そう言ってスーパーの中へと入っていく綾瀬。どうやら映画を見た後はここで割引され安くなっている食料を購入するつもりだったらしい。というかもしかして綾瀬って一人暮らしなのだろうか? なんとなく実家暮らしだというイメージがあったので少し意外だ。



「はい、じゃあこれ」


「インスタントばっかり入れるなよ」


「ストックが切れてるの。というか冨樫くんに私生活を指図されるいわれはないよね? え、もしかして束縛系彼氏?」



 ことあるごとに俺のことを悪者にしたいらしい綾瀬。おかげで周りから好奇の視線が突き刺さってくる。もういっそのことこのまま帰ってやろうか?

 だが俺の言葉が効いたのかそれとももともとそういう腹つもりだったのかは知らないが、普通に野菜や肉などにも手を伸ばし始める綾瀬。インスタントばっかりかごに入れているからてっきり料理ができないタイプの女なのかと思っていた。



「というかお前、料理作るの?」


「料理すらまともに作れない人間に価値はないと思うんだよね。社会人としてゴミだと思う。だって生活スキルがないことを証明してるんだもの」


「いちいち言い方に棘があるよな」



 まぁ言いたいことはわからんでもない。大学生になったら院に進むか就職するかで大きく分かれる。そしてそのどちらにも共通することは自分が何かを成し遂げたいという目的意識を持っている事。

 きちんとすればできるはずなのにそれをやらず、まともな生活を営むことすらできない人間に夢を掴むことはできない。綾瀬はそういう趣旨のことを言いたいのだろう。生活リズムが崩壊している奴を、企業も雇いたいとは思わないだろうしな。



「冨樫くんは料理できるの?」


「一応できる。これでも一人暮らしだから」


「……ふーん、あっそ」



 俺に話しかけたくせに興味なさげにおざなりな返事をして品定めする綾瀬。最近は楓ちゃんに任せっきりになってしまっていることが多いのだが、これでも一年間はきちんと家事だってやってたし、人並みに料理も作っていた。

 何せ宮子がたまに遊びに来るので部屋をちゃんと整えておかねばならないのだ。あいつ気が付けば俺の部屋を散らかすから一瞬で家がごみ屋敷になりかねない。



「そういえば冨樫くんって、女の子の友達は桐谷さん以外にいたっけ?」


「何だよ藪から棒に」


「ほら、君って一応私の彼氏じゃん。だから異性との交遊関係を聞いておこうかなって」


「束縛強いのお前じゃん……宮子以外とは、まぁ」



 ふと自分の異性との交遊について考えてみる。雲母は教え子であって友達という関係ではない。楓ちゃんもよく家に来てくれるのだが、あれは友達というより妹的な存在になってしまっている。つまり……



「冨樫くん、私が言うのもなんだけどいろいろ終わってると思う」


「うっさい」



 俺の表情からすべてを読み取った綾瀬がとどめの言葉を放ってきた。宮子以外との女の子とあまり親しくなった記憶がない俺。ということは、案外綾瀬がそれ以外で仲良くなった初めての女子なのかもしれない。いや、仲が良いというのには語弊があった。何せいきなり付き合うとか言い出してくる奴だし、信用も友情もあったもんじゃない。



「ほら、会計行くよ。それとも、奢ってくれるの?」


「そんなことしたら、お前のことを大学で守銭奴女と連呼してやるからな」


「わぁ大変。私も冨樫くんのあらぬ噂を広めておかなくちゃ」



 冗談で言っているのだろうが、実際綾瀬にはそれを実現するための伝手が無限にあるのでちょっと恐ろしくなってきた俺。そうして滞りなく会計を済ませた俺たちは買い物袋を商業施設を後にした。



「いやぁ、手ぶらって本当に楽だなぁ」


「今日俺を誘った真の目的は荷物持ちだったか」


「ふふふ、どうだろうね」



 そうして行きと同じように俺の服の端切れをつまむ綾瀬。だが買い物袋を持つ反対側の腕にぴったりとくっついてきているので正直ちょっとドキドキする。こんなに密着されたのは宮子以外で初めてだ。今も肩が当たっており、なんだかむず痒い。



「冨樫くん、どうかした?」


「べっつに」



 綾瀬はすべてを見抜いた上でニヤニヤしながらこういう質問をしてくるから本当に質が悪い。今も内心俺のことを笑ってくるのだろうが、心のうちまでとやかく言う権利はないので全力でスルーする。


 そうして最初に待ち合わせをした場所まで一緒に戻ってきた。さっきよりも人通りが少なくなっており、今は子供たちが多い時間帯になっていた。



「はぁ、疲れた疲れた。まだ暦的には春の範疇なのにもう夏に近いのはどうかと思うな」


「そんなこと言ってないでそろそろ自分で荷物持てよ。こちとら腕がプルプルしてるんだが」


「え、私の彼氏はそんな重い物を彼女に持たせようとしてるの? 酷いっ! 酷すぎる!」



 体をクネクネさせながら周りの人に聞こえるようにそんなことを言い出す俺。案の定周りの人たちから冷たい視線で見られてしまう。もしかしてこいつと付き合ったら毎日こんな目に遭わされるのだろうか。だとしたら全てにおいて縁を切ってしまいたい。

 そんなことを考えていたら、俺からひったくるように荷物を奪う綾瀬。なんやかんやでこういうところはしっかりしているようだ。そうして俺の顔を見て唇を尖らせる。



「ま、今日のデートは私がプランしたものだし点数をつけるつもりはないけど……80点ってところかな」


「おお、結構高水準じゃん」


「990点満点中だけど」


「TOEICかよ」



 換算すると100点満点中8点にも達してない。まあ俺としてもこいつ相手に好感度を稼ぐ意味がないのでそのくらいがちょうどいいのかもしれないが。


 俺のツッコミをきっかけに綾瀬がいつものニヤニヤ顔に戻った。相変わらず人を見下して馬鹿にしているような表情。デート中も8割くらいはこんな顔をしていたが、もはやこれ以外の顔される方が怖いくらいだ。



「それじゃ、ほどほどに楽しめたよ。荷物持……デートありがと」


「今荷物持ちって言ったよな?」


「あは、私の彼氏って度量が小さーい……それじゃ彼氏くん、バイバイッ!」



 そう言って颯爽と俺の元から去っていく綾瀬。結局何がしたかったのかはわからないし、今日の出来事がデートと呼べるものなのかもわからない。ただ、ちょっとだけ楽しかったのは事実なので少し悔しい。


 一体綾瀬は何が目的なのだろう。俺のことが好きじゃないと言っておきながらデートに誘い、



「……雲母あたりに女の子のあしらい方でも聞いとくか」



 そうして俺もアパートへと帰る。そもそも誘われるかもわからないし、案外すぐに『やっぱ別れよ……それじゃ、バイバイッ!』みたいなことを言われるかもしれないが、男として女性をエスコートしたりリードしたりする心得やエチケットは学んでおくべきかもしれない。宮子といるときはそんなこと考えもしなかったが、良い発見になった。


 なにより



「あのニヤニヤ顔、次は照れ顔にしてやる」



 今日の大半がニヤニヤ顔。そして残りは真顔か蔑みの顔。今日のデートの中で一瞬たりともデレた瞬間がなかったので次はそれを作り出して見せる。例え俺のことが好きじゃないとしても、付き合う引き換えとしてそれくらい見せてもらわねば。



「こういうところがクズ男って言われるんだけど、やってるか」



 こうして、退屈な俺の日々にも新たな目標ができるのだった。

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