第6話 クズ同士のデート②
そうして俺は綾瀬に連れられ十分ほど歩く。周りも人通りが多くなってきて、徐々に活気があふれてきた。だが、俺は内心そわそわしていた。
恐らく綾瀬は大学の連中があまり寄り付かないところをチョイスしているのだと思う。関係性は秘密にすると言っていたし本人も不都合そうだったからだ。だが、それにしてもこの場所は酷い。
「なあ綾瀬。今回はあくまでデートなんだよな?」
「うん、そうだよ」
「なら、なんで初デートにラブホ街に来るんだよ!?」
どこをどう見ても休憩場所となっているホテルが立ち並んでいる通り。周りを歩いている人もよく見ればぴったり身体を密着させたカップルや明らかに客寄せをやっていると思われる年季の入ったおっさんやおばさん。果てには外国人の人がマッサージを勧めているし、明らかに初デートで来るべき場所を逸脱している。
「いや、通り道なだけだよ?」
「通り道は無限にあるはずだろうが!」
「まったく、サービスで胸をむにゅってしてあげてるのに、注文の多い彼氏だなー」
いつの間にか体が触れるか触れないかというギリギリの位置に立っていた綾瀬。手が触れるとかそういうのならまだわかるのだ。だがこいつはあろうことか胸を潰すように押し付けてくる。服の端切れを手でつまんでいるというのに器用なことをする奴だなと思った。
何が言いたいかというと、俺は非常にドキドキしていた。だってこんな場所来たこともないし、ましてや性格は最悪でも紛いなりにもミスコンで優勝するような美少女が俺の隣で体を密着。これでドキドキしない方がおかしい。
「ふふふ、私のこと好きになっちゃった?」
「いや、吊り橋効果ってもしかしたらこんな感じなのかなって思いを馳せていただけだ」
「私と一緒に歩くのがそんなに危ないことだと言うのかね! プンプン」
ご機嫌斜めだと言わんばかりに幼稚な言葉を使い始める綾瀬。どうやらこいつはこいつで俺がドキドキしているのに気が付いており、それを間近で見て楽しんでいるようだ。人の気も知らないで身勝手なやつだ。
「俺が無理やりそこのホテルに連れ込むとか、思わないわけ?」
「冨樫君にそんな度胸ないでしょ。それにそうなったとしても、桐谷さんに泣きつくからいいもん」
「どんな偏見だ……ってあれ、お前ってあいつと仲良かったっけ?」
「あ~さてね」
急に宮子の名前を出すものだから驚いてしまった俺。だが高校は同じだったはずなので知っていて不思議ではないと思うとともにそこまで深いつながりはあったかと考えこんでしまった。俺の記憶が正しければ、高校でも大学でも二人が接点を持っているところは見たことがない。
「ほら、他の女の子のことは考えてないで、とっとと行くよ。汝、自分の隣人だけを愛せよ~ってね」
「狭量すぎるだろ」
いくら神さまでもさすがにそれは呆れかえると思う。
そうして俺たちはどこか妖艶なラブホ街を抜けてこれまた人通りの多いショッピング街へとやってきた。本当にどこまで行くつもりなんだか。
そうして
「ついたよ」
「ここは……」
30分ほど歩かされてやってきたのは郊外の方にある大型商業施設。ここら辺でも比較的大きい施設で、様々な施設が併設されている。迷うことなく中に入る綾瀬を追って辿り着いたのは……
「なぁ……」
「うん? どうしたの?」
「ここって、映画館?」
「そうだね、どこからどう見ても映画館だね」
見てわからないのと言わんばかりの表情で俺を睨む綾瀬。映画館と聞けばある意味デートの定番というイメージがあるが、少なくとも初デートで来るような場所ではなかった気がする。確か中に入るとほとんど会話もできないし見るものの趣味が合わないと地獄とかで、ある程度ステップを踏んで慣れ親しんだ間柄のカップルが挑む場所という偏見がある。
「もしかして、俺を呼び出した理由って……」
「この映画館ってね、学割と一緒にカップル割を適用できるの。いやー、値引きシステムが崩壊してるのかなぁー」
どうやら綾瀬の目的は割引されまくった映画を見ることだったらしい。そういえばこの前映画のラインナップが更新されたばかりだし、その中に見たいものでもあったのだろう。
結局俺もお金を支払わなければいけないのが解せないが、映画なんてしばらく見ていなかったからちょうどいい気分転換になるかもしれない。
「えっと、なになに……」
俺は広告に載っている映画を眺める。どうせ綾瀬の見たいものに付き合わされるのは確定しているのだが、どうせなら他にどのような作品をやっているのか見てみたい。
『50等分の花婿』
『龍玉スーパーヒーロー』
『シン・ウルトラマソ』
『マイティ・ンー』
どうやらどれも人気があるようでそこら中でグッズ販売がされており、帰り際に映画の話題で持ちきりなっている客でいっぱいだった。それこそネタバレを食らいかねない勢いなので、できるだけ話は盗み聞かないようにする。
と、そんなことより……
「綾瀬はどれが見たいんだ?」
「冨樫くんは見たいものあったりした?」
「あってもどーせ取り合おうとしないだろお前」
「まーね」
カップル割を適用する条件としてどうやら二人で同じ映画を見なければいけない。正直俺としては話題作ならどれでもいいので何かコメディ感のある映画を見たいところだ。
結局どれを見るのかと俺が尋ねると、綾瀬はニカッと笑い……
「あは、彼氏なら当ててみてよ」
どうやらここでも俺のことを試そうとしているらしい。ニヤニヤとしながら相変わらず俺の横で引っ付くように顔を覗き込む綾瀬。なんか馬鹿にされてる気分だが、考えてみるだけ考えてみるか。
(多分綾瀬はラブコメとかハートフルなストーリーを見てときめいたり感動するような女じゃない)
となるとだいぶ選択肢は限られる。しかも俺を連れてきているあたり、何かしでかそうとしているのは事実。もしかしたら俺のような年齢の男はそうそう見ないようなもの。かつ、何でそれと言いたくなるようなチョイス。この映画のラインナップの中でそのような作品となると……いや、まさか……
「なぁ、もしかして不利キュアとか一緒に見ようって思ってないよな?」
「……」
「いや、なんで呆気にとられた顔してるんだよ! え、マジなの!?」
「……冨樫くんもしかして本気で彼氏になろうとか思ってる?」
「いや先に否定してくれよ! え、俺たちこれから不利キュア見んの!?」
不利キュア。日曜日の朝にやっている戦う少女たちのアニメであり、特に小さな子供たちから支持を得ている。昔は俺も見ていたが、小学校中学年に上がるくらいにはめっきり見なくなっていた。
チケット売り場を見てみると、ペンライトを持って和気あいあいとしている人たちもいるがどこもかしこも幼児や小学生くらいの子供くらいである。少なくとも俺のような成人間近の男の姿はない。まして、カップルで不利キュアて……
「お前って不利キュアそんなに好きだったのか?」
「いいや別に」
「ペンライト持ってるのに?」
「うん、別に」
「日曜の朝って何時に起きてる?」
「七時前」
日朝キッズやないかい。この調子ならあの時間帯にやっている戦隊ものやライダーものも全部制覇してそうだが一歩踏み込めば地獄が繰り広げられそうな気配がするので俺はあえて突っ込まない。
綾瀬の意外な一面を知り少し戸惑う俺だが、そんな俺を尻目に綾瀬はおしゃれなショルダーバッグの中をゴソゴソと漁って何かを取り出していた。
「ほら、これあげるから落ち着いて」
「当たり前のようにペンライト持ってるぅ!?」
「紛いなりにも彼女からのプレゼントなんだからもっと喜んでいいと思うんだけど?」
「いや、これ貰っても複雑な気持ちになるんだけど」
えっと、これ持って『不利キュアがんばれー』って叫びながらライトを振るんだっけ? CMとかで見たことがあった気がするが、あれ本当にするのだろうか?
そうして気が付いた時には本当に不利キュアのチケットを購入してしまった綾瀬。まさかこの歳になって幼児たちに混ざり不利キュアを見ることになるとは思わなかった。楽しめるかはわからないが、とりあえず文句は見てから言う派な俺なのでさっさと館内に入ってしまおう。
「ねぇおかーさん、おっきな男の子もいるんだね」
「そうねー。きっと不利キュアが好きなのねー」
「ペンライトいいなぁ。おかーさん私にも買って!」
「はいはい、映画が終わったらねぇ」
「それじゃ遅いもん!」
(……恥ずい)
そんなこんなで、早速注目を集め女の子とその保護者からジロジロ見られる俺。こうなることは予想していたが滅茶苦茶恥ずかしい。全力で断って別の映画にすればよかったと映画上映前に後悔。このままだと、うっかり新たな性癖に目覚めてしまいそうだ。
そしてその様子を他人事のように隣で見守る綾瀬。綾瀬の方は女子ということもありそこまで変な目で見てくる奴はいないようだ。これもこいつの算段なのだろうか? だとしたら性悪にもほどがある。
ブーーーッ!
そんな羞恥の視線に耐えること数分、ようやく館内が闇に包まれ上映合図のブザーが館内に響き渡る。子供たちのザワザワした声も一気に静まり返り、一緒に来た大人たち(特に父親)は既に眠っているのもちらほら。
(つまんなかったら寝よ)
そうして目の前で少女たちの日常風景が始まり、あっという間に不利なバトルが繰り広げられるのだった。
——あとがき——
参考にしている映画の名前でどれくらいの時期に執筆しているのかバレるという……
まぁ気にしないでつかぁさい!
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