最終話 二人の想い
あの不思議な出来事を境に、みんなの中の俺の記憶は元に戻ったらしい。咲空のおかげで、俺にも友達ができた。夏休みの間にも何回か遊びに行ったりもして、なかなかに充実した日々を過ごせている。
「あぁー!宿題が終わらないー!!」
夏休み最終日。予想通り、咲空は残っている大量の宿題を前に頭をかかえていた。
「お願い、和哉、手伝って?」
「いいよ。そのために呼ばれたんだろ?俺は」
今日は、朝から咲空の家に呼び出されている。まだお昼前だが、今日中に終わるか不安な量の宿題が残っていた。
「ねぇ、和哉」
どの宿題を手伝うのが効率的か考えていると、咲空が急に落ち着いたトーンで話しかけてきた。
「あの三日間で私が使ったわがままのうち、一つ叶えてもらってないのあるよね?」
「あぁ、最後のやつだな」
あの日記帳は、今も咲空が持っている。記憶が戻った日、これも大切な思い出だと残しておくことにしたのだ。
二人とも、あの三日間については、あまり言及してこなかったので、咲空の発言はとても意外だった。
「今、代わりのお願い言ったら聞いてくれる?」
「ん?まあ、いいけど」
「じゃあ、
私と付き合ってください」
咲空の頬がほんのり赤みを帯びている。それにつられるようにして、俺の顔も熱を持ちはじめた。
「私、中学の頃から和哉が好きだったんだ。記憶がなかった間も、その想いが私と和哉をつないでたんだと思う。だって、私は和哉を全然知らないはずなのに、心はずっと和哉に惹かれてたんだもん。
だから―」
「ちょっと待って」
俺は思わず、咲空の話を遮ってしまった。
「先に謝らせてほしい」
「謝る?」
ゆっくり頷いて、話を続ける。
「コンクールの本番が終わった時、俺は咲空に救われた。後悔と恐怖でぐちゃぐちゃだった俺が気持ちを落ち着けられたのは、間違いなく一緒に泣いてくれた咲空のおかげだった。
なのに、俺は、一人になった途端、励ましてくれた咲空の優しさよりも失敗した事実に目を向けて怖くなった。
現実と向き合うことから逃げた結果、咲空にも辛い思いをさせた。そのことをずっと謝りたかったんだ。
本当にごめん」
頭を下げた俺を見て、咲空は一瞬驚いたようだったが、静かに微笑んで言った。
「苦しくてつらい記憶はね。きちんと向き合わないままだったら、ずっと辛いままだと思うんだ。時間だけじゃ全部は解決しない。それが積み重なっていくと、心がどんどん重くなる。
でも、向き合えた時、その経験は自分にとって意味のあるものになると思う。辛いだけじゃなくなる。そしたら、少し心が軽くなる。
それって素敵なことじゃないかな。
和哉は、きちんと向き合ってトラウマを乗り越えた。私が記憶をなくしてた間はそのための大事な時間だったんだよ。だから、わたしはそれが無駄な時間だったとは思わない。謝る必要なんかないよ」
優しく微笑んでいる咲空を見ていると、心が暖かくなる。
「……ありがとう」
「むしろ、謝るのは私!自分の興味で和哉に近づくために嘘ついて、そのせいで和哉を傷つけた」
「でも、そのおかげで俺は過去と向き合う機会をもらえたんだ」
「でも……!」
「……」
「……」
もう、らちが明かない、と二人で顔を見合わせる。
「お互い様だね!」「お互い様だな!」
揃った声が可笑しく思えて、二人とも吹き出してしまった。
笑い終わると、咲空が改まる。
「じゃあ、さっきのつづき。
私と……」
「俺と付き合ってください」
再び遮られた告白に、咲空は驚きながらも、満面の笑みをみせる。
「はい!」
―今しかない青春を悔いなく過ごすように。
自分には関係ないと思っていたその言葉も、今となれば、少しだけ理解できた気がする。
青春には色々な形があって、すべてが輝かしい訳ではない。失敗や、間違いもいっぱいある。大事なのはそれから目を背けずに、向き合えるかどうか。ゆっくりでいい。向き合えた瞬間にそれらは辛いだけの記憶から大切な思い出に変わる。
俺は随分、遠回りをしたように思う。しかし、咲空と再び出会えたこの夏は、間違いなく俺の輝かしい青春の思い出になっている。
想いがつないだ青春を 枦山てまり @arumachan
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