第8話 咲空の手紙

和哉へ


 三日間、私に付き合ってくれてありがとう。急な誘いだったのに、受け入れてくれたこと、本当にうれしかったです。

 

 この三日間はどうですか?楽しかった?つまんなかった?私はとっても楽しいです。


 知らなかった和哉の一面が見れたし、何より和哉とたくさん話せていることが嬉しい。学校では全然話せなかったからね。

 

 昨日の動物園、私が頑張って調べた豆知識、本当は全部知ってたでしょ?顔に書いてあったよ。でも、初めて知ったように振る舞ってくれたよね。ありがとう。

 

 和哉との時間はすごく心地いいです。これからも、こんな風に和哉との思い出を積み重ねていけたらいいなって思う。


 でも、それはできない。

 

 ごめんなさい。私はずっと和哉に嘘をついていました。

 

 それは、夏休み前のあの日、私が和哉を忘れないと言ったことです。

 本当は、みんなと同じ。一日経つと、和哉との記憶が消えてしまう。覚えていることができません。

 今までは、日記帳に記録することで和哉の記憶をつなぎとめていました。


 和哉の体質に気づいたのも、この日記帳がきっかけでした。

 

 ある日の日記に、和哉のことが書いてあって、私はそれを覚えてなかった。書いてあった内容も、自分がそれを書いたことも、全く記憶になかった。自分の心に残ったことを書くのが日記のはずなのに、私が覚えていないのが違和感だった。

 クラスメイトに聞いても、みんな和哉をよく知らなかった。不思議に思った私は、そのときから、和哉のことを日記に書くことにしました。交わした言葉、授業での発言。和哉に関することは全部書いた。

 

 それで、気づいたんだ。一日ごとに、和哉との記憶はリセットされるんだって。


 いつしか、朝に日記を読んで、寝る前に更新することが日課になっていました。

 

 そんな日々を繰り返しているうちに、私は和哉のことが好きになっていった。日記のなかの和哉に。

 でも、私のなかに和哉はいない。いくら文章で記録していても、交わした言葉の温度感も、そのときの些細な表情の変化も、私は思い出せない。

 それなのに、学校で和哉を見るたびに、胸が苦しかった。


 そんなとき、私はあることに気がつきました。

《私の一日が終わらなければ、和哉の記憶はなくならない》ということです。


 ある日、日記を書くのが遅くなって、夜の十二時をまわったことがあったんだけど、そのときは和哉の記憶が消えてなかった。

 そのとき、一日ごとにリセットされるわけじゃなくて、私が寝るたびに記憶がリセットされることを知りました。


 それで試してみたくなった。私の気持ち―和哉を好きだって思う気持ちは、他の人と同じように記憶を重ねていっても変わらないものなのか。

 変わらないなら、私は一日ごとに記憶がなくなっても和哉を好きでいたい、そう思った。


 だから、私は和哉を遊びに誘ったんだ。できるだけ寝ずに一緒に過ごして、自分の気持ちを確かめたかった。

 でも、徹夜の経験がなくて自分の限界がわからなかった。だから、もしも私が途中で寝てしまったときのために手紙を書きました。それが一日目に渡した手紙です。私が和哉を忘れてしまうということを打ち明けたものでした。


 和哉を誘うのは簡単じゃなかった。学校で、和哉は誰とも仲良くなろうとしてなくて、誰かと深く関わるのを恐れてるみたいだった。

 だから、私も踏み込めなくて、夏休み前最後のあの日までは、声をかけられなかった。

 

 結局、あの日も和哉は心を開いてくれなくて、断られそうになったけど、私は諦めたくなかった。今を逃したら、もうチャンスはない気がしたから。

 

 だから私は咄嗟に嘘をつきました。こうでもしないと、和哉は私と約束してくれないと思ったから。そのときは必死だったから、私は自分がおかした間違いに気づいてなかった。


 でも、和哉が私に辛い過去を打ち明けてくれたとき、私が覚えていてくれるから大丈夫だって言った和哉を見て、私はようやく間違いに気づきました。


 私が日記帳に記録すれば和哉が語った事実は私のもとに残るかもしれない。でも、私は和哉が望むように覚えていることができない。文字面からでは、その痛みに寄り添えない。


 それに、私が嘘をついて一緒にいたら、和哉はずっとトラウマと向き合えない。それでは、これからもずっと辛い記憶が和哉を苦しめることになる。


 私が嘘をついたことで、和哉を必要以上に傷つけてしまったと思います。本当にごめんなさい。


 だから、せめてもの罪滅ぼし。この三日間が終わったら、私は和哉から離れようと思います。


 和哉、三つのわがまま、まだ残ってるよね?最後のわがままを聞いてほしいです。


 私の机の引き出しに入っている日記帳を持って、帰ってください。処分して構わないです。寝ている私が起きたら、和哉に迷惑をかけるから。

 こんな終わり方でごめんなさい。でも、他にどうしたらいいかわからない。


 だけど、最後にひとつ、聞いてください。

 

 この三日間、和哉と過ごしてわかったことは、記憶を重ねていっても、やっぱり私の気持ちは変わらないということ。


 私は和哉が好きです。


 無愛想にみえるけど、ほんとはすごく思いやりがあって優しい。そんな和哉が大好きです。


 記憶がなくなっても、想いがまた私を和哉にひきつけてしまうかもしれない。そのときは、和哉を傷つけない方法で、仲良くなれるようにがんばるから。和哉が心を閉ざしてしまったとしても、もう一度、笑顔で話してくれるようにがんばるから。待っていてください。


 楽しい時間をありがとう。

 これからは、また『佐々原くん』からよろしくお願いします。


                文月咲空

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