第4話 二日目 (前編)

 二日目の待ち合わせ場所は、一日目に同じく駅前だった。


 今度は、待ち合わせ場所と時間だけでなく、持ち物も知らされている。持ち物は、筆記用具と夏休みの宿題。図書館にでも行くのだろうか。


 今日の咲空は、珍しく眼鏡をかけ、パンツスタイルで、いつもより幾分か知的に見える。


「今日はどこ行くんだ?」

「どこだと思う?」


 おしゃれな眼鏡のレンズ越しに見える咲空の目が、楽しそうにこちらをうかがう。


「図書館か学校?宿題すんだろ?」

「違いまーす。図書館は静かすぎてつまんないし、せっかくの休みに学校なんて行きたくないでしょ?」

「じゃあ、どこ?」

「カフェ巡り!人気のお店まわるの!ついでに宿題。和哉、頭いいから教えてもらおうという作戦です!」

「おい」


「じゃあ、行こっ!最初に行くのはこの……」


 進みだした咲空が何かにつまずいたのか、よろける。


「「!」」


 ドサッ…!


「……あっぶねぇ」 


 何とか抱き止めることができた。


 思わずとっさに体が動いてしまったが、ふと我に返ると俺の腕のなかで咲空が顔を真っ赤にしてうつむいている。反射的に離れるが、なんだか少し気まずい。


「……ご、ごめん」


「「…」」


「……最初に行くのどこだって?」

「えっと、このすぐ近く!」


 その後、目的地に着くまではぎこちない会話が続いた。


 ***


 最初に入ったカフェは、可愛らしい雰囲気だった。SNS映えで話題になりそうな店内は、俺一人では入りづらい。


 メルヘンな名前のメニューと格闘しながらも、俺は一番普通そうな抹茶ラテを注文した。


「咲空は何にするんだ?」

 

 このメルヘンな店を選んだのは咲空だ。きっと、すごいものを頼むのだろうと身構える。


「私は、これで」


 そう言って咲空が注文したのは、まさかのブラックコーヒーだった。


「意外だな」

「大人っぽいでしょ。かっこいい?」

 咲空が、眼鏡をくいっと上げてこちらを見てくる。


「今ので一気にかっこよくなくなったよ」

「えー」


「もっとこういうパフェとか甘ったるそうなやつにするかと思ったな」


「お昼前にそんなボリュームあるもの頼めないじゃん。それに、これからあと二軒はカフェ行くんだよ?お腹すかせておかないと」


「じゃあ、なんでこんな可愛らしいとこにしたんだ?ここでしか食べられない商品とかに興味あるのかと思ってたけど」


「店内の雰囲気味わってみたかったの。ここ、非日常空間って感じでアトラクションみたいでしょ?来れただけで満足だよ」


「そういうものなのか?」


 結局、その店は勉強ができる雰囲気ではなかったので、注文した飲み物が終わるまで、他愛もないことを話して過ごした。


 ***

 二軒目に入ったカフェは、昔ながらの喫茶店のような落ち着いた雰囲気の店だった。一軒目の店は、正直心が落ち着かなかったので、なんだかほっとする。


「このお店、料理がおいしいって有名なんだって。特に、このオムライスが絶品らしいんだ」

「咲空はオムライスが好きなんだな。昨日も食べてただろ?」

「食べ比べだよ。お店によってこだわりが違うからね」

 

 今回は俺も、オムライスを頼んだ。噂のとおり、ふわっふわな卵とほんのり甘みのあるケチャップライスが絶品の一品だった。


 料理を食べ終わると、早速宿題をすることになった。


「何か飲み物いるか?」

「んー、じゃあ、アイスコーヒーにしようかな。せっかくだから今日はコーヒーも飲み比べてみる!」


 咲空はこのカフェ巡りを彼女なりに楽しんでいるようだった。宿題を持ってこいと言われた時は、インドアな俺に無理に合わせてくれているのかと心配したが、その心配もなさそうだ。

 

 静かな店内は勉強にはもってこいの場所だった。アイスドリンクの氷がコップの中でからんからんと音を立てるのがなんとも涼しげである。集中して問題を解いていると、咲空が俺に話しかけてきた。


「ねえ、和哉。わがまま、あと二つ残ってるけど、何に使うか決めた?」

 咲空が決めた、三つのわがままだ。そういえば、昨日一つ使ったきりだった。

「そうだな、一応考えてはいた。候補もある」


 咲空がどうして俺を誘ったのか。ずっと気にかかっていたことを本人に直接聞きたかった。


「私も一個あるんだよね。できることだったら、今使っちゃおうよ」

「あぁ、いいよ」


「じゃあ、私からいきます!」


 そういうと、咲空は真剣な眼差しで俺を見つめてきた。


「和哉の体質について教えてほしい」


「俺がみんなに記憶されない体質のことか?」

「うん」


 咲空と過ごしていると、自分の体質なんて忘れてしまう。急に現実に引き戻されたような気がした。


「その体質は生まれつき?」


「…………。

 ……いや違う。俺がこうなったのは、中学の頃からだ。原因にも心当たりがある」


「……聞いてもいい?」


 咲空の目は真剣だ。俺に逃げ道はないように思う。

 ただ一人、俺を覚えてくれている彼女だからこそ話すべきなのかもしれない。


 俺は静かに口を開いた。

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