第2話 みんなと違う
「知ってるよ。みんなが、佐々原くんとの時間を忘れちゃうってこと」
驚きのあまり、黙りこんでしまった俺を横目に、文月さんは続けた。
「でも、私はみんなとは違う。佐々原くんと話したことも、佐々原くんが授業で発言したことも全部覚えてる。忘れてない」
「…………嘘だ」
そんな奴、今まで一人もいなかった。ずっと仲が良かった友達でさえ、あの日を境に俺との時間を忘れてしまった。俺のことを覚えている人間はあの瞬間に、全ていなくなってしまったはずだ。
苦い感情が押し寄せてきて言葉が出てこない。
「嘘じゃないよ」
優しい口調で彼女は言った。
「だから知ってるよ、佐々原くんが他人と深く関わらないようにしてることも。それなのに、他人にすごく優しいってことも」
「え……」
「最初はね、クラスの打ち上げとか絶対来ないし、班学習のときは一言もしゃべらないし、冷たい人なのかと思ってた」
「でも、クラスで寒そうな人がいたら窓をちょっと閉めてあげたり、隣の人が授業で当てられて困ってたら、さりげなく教えてあげたり。私が筆箱落とした時も、一緒に中身拾ってくれたりして―
そういう佐々原くんのさりげない優しさを見たとき、この人は冷たい人なんかじゃない、すごく優しい人なんだって思った。
だから、仲良くなりたいって思ったの」
文月さんが優しく微笑む。それがなんだか暖かくて、こわばった心が溶かされていくような気さえしてくる。
俺は優しいやつなんかじゃない。文月さんが見ていてくれたことだって、どうせ誰の記憶にも残らないからやったことだ。
それは紛れもない事実なのに―
「……佐々原くん?」
その時、俺からこぼれたのは、否定の言葉ではなく、一筋の涙だった。
***
家に帰ってからも、俺は今日の出来事を思い出していた。
―「わたしはみんなと違うから」
文月さんの言葉が離れない。
ぼんやりしていると、携帯にメッセージが入っていたことに気づく。送り主は文月さんだ。
《クラスのグループから追加しました!よろしくね。》
結局、俺は夏休みのうち三日間、文月さんと過ごすことになった。なんで彼女が俺との時間を望むのか、俺にはまだよくわからない。
彼女は俺を優しいと言ったが、俺なんかより優しい人なんていくらでもいる。
それに、俺はまだ、彼女がみんなと違うということを完全に信じたわけではない。当日になっても彼女が来ないということは大いにありえる。
偶然、俺の体質に気づいて、からかってきただけかもしれない。文月さんがそんな人だとは思いたくないが、あらゆる可能性を考えておく必要があると思った。そうでないと自分を守れない。俺だって必要以上に傷つきたくはない。
それでも、俺は―
彼女を信じてみたくなった。
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