Day28 しゅわしゅわ

 私にとって彼は“泡”です。

 炭酸の爽やかな泡。優しい香りがする石鹸の泡。穏やかで優しい、けれど時に激しい波の泡。眼と舌を楽しませてくれる、美味しいカフェラテの泡。

 様々な意味で魅力的で、心が奪われて。摑めそうで摑めない。そういう、儚いけれど確かな存在が彼だったのです。


 年上の、美麗な男性。

 憧れるのは必然でした。私は同輩の男の子たちに魅力を見出せない女の子です。どんなに勉強が出来ても、博識でも、運動神経が良くても、子供っぽく見えて仕方ありません。クラスの女子がきゃあきゃあ騒ぎながら「かっこいい」と囃す男子を眼にしても、どこが恰好いいのか分かりません。理解できません。

 反対に、年上であれば魅力的に見えます。

 お爺ちゃんの年齢は流石に、ご遠慮したいですけれど。年齢の幅が広がるほど、私の瞳には素敵に映ります。恰好よくて頼りがいがある殿方。まあ、ひとつ年上ぐらいだと、まだ子供っぽさが残っていて失望することもありますが。とにかく。

 明け透けに言えば、私は年上好きの女です。


 だから年上で驚くほど美しい、痩躯の彼が、欲しくなりました。

 私だけのものにしたい。

 これほどの独占欲を抱くのは、人生で初めてだと言っても過言ではありません。手中に収めたい。私だけを見て欲しい。誰の瞳にも映したくない。身も心も所有したい。

 湧いた側から弾けて消える欲望。最初は戸惑いました。けれど、とても心地よいものでした。もっと心を満たしたくなりました。

 その為に、ひとりの女を消す決断を下しました。

 実際、邪魔者は、ふたり居ました。でも私の眼には、ひとりしか入っていませんでした。私と同輩の、友人と呼んでも差し支えない女です。

 その女は常時、彼の近くに居ました。赦せません。実に腹立たしい。私は彼の瞳に映らないけど、彼女は彼の瞳に暮らしているのです。憎い。憎くて憎くて堪らない。だから彼女の心臓をひと突きしてやろうと考えました。抉り出し、齧り付いても良いとさえ思いました。

 けれど結局、失敗しました。

 誰でもない、私の愛する彼が障壁となったのです。悔しかった。哀しかった。膨らんだ憎悪は消化されず、私の体内をぐるぐると廻って燻り続けます。辛くて苦しくて涙が流れます。

 でも、負の感情の渦と同じぐらいの幸福が、私の心を満たしていたのも事実です。力なく斃れる私を見下ろす彼。その瞳に、やっと映ったのです。最後の最期に!

 心臓の鼓動が止むまで、私は呪いを吐き出し続けました。愛と憎しみ。幸福と不幸。ぽつりぽつりと浮上する呪詛の泡が彼に届いたとして、きっと簡単に消されてしまうでしょう。指先ひとつで。それでも一向に構いません。乙女の夢と恋など、泡沫となって消える定めなのです。

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