Day23 ひまわり

 やまと積まれた未読の書籍。頂点に置かれた一冊を取り上げたとき、ひらりと何かが落ちた。それは一枚の便箋だった。本と本の間に挟まっていたらしい。

 便箋に書かれた文章は、たったひとつだけ。


 ――ひまわり畑でつかまえて。


 中央の一行にすっかり収まってしまう一文。その筆跡は紛れもなく先輩のものだ。

 残念な話だけれど、私はJ・D・サリンジャーの小説を一冊も読んだことがない。が、かの有名な小説が「どうか私をライ麦畑で捕まえて欲しい」と願う物語ではないことぐらい、想像はつく。いや、もしかしたら本当に、捕り物的な内容なのかもしれないけれど。そういう話ではない気がする。誰かに粗筋を聞いた覚えはないが。なんとなく。

 無断外泊中の先輩からは、未だに連絡がない。

 一体いつ、この一文は書かれたのだろうか。そして、いつからここに仕込まれていたのだろう。

 私には全く分からない。推測も出来ない。

 けれど捕まえてくれと言うなら、捕まえる以外の選択肢はない。ほかならぬ先輩の頼みだ。全力でいこう。

 私は仕事道具を引っ張り出す。

 先輩を捕獲するために仕事道具を用いるなんて公私混同甚だしいけれど、やはり使い慣れたものが一番良いと思うので。

 まずはジュラルミンケースを開き、ライフルを取り出す。装填を確認して戻す。次に麻酔銃を手に取る。目的は“捕獲”なので、今回はこちらの方が良いだろう。薬剤をセットしてホルスターへ。念のためテーザー銃とペッパースプレーも装備した。

 本音を言えば罠を仕掛けて楽に捕まえたいところだ。が、きっと捕まえ迎えに来て欲しいのだ、と考えた。罠にかかった先輩に「おかえりなさい」と言うのは違う気がする。それよりも、じわじわと追い詰めて「おかえりなさい」と告げてから麻酔を打ち込む方がしっくりくる。


 身支度を終えた私は、自宅から最も近い向日葵畑を検索する。みっつ隣の駅からバスで二〇分のところにあるのを発見。早速、公共交通機関を乗り継いで移動する。

 何千もの向日葵は別名に相応しく、見事な咲き誇りだった。青と黄色のコントラストが凄まじい。陽光に輝く様が眩しすぎて眼を細める。向日葵は迷路の形に植えられていた。

 もはや暴力的ともいえる緑と黄色と茶色に囲まれて、太陽にじりじりと焼かれながら前進する。獲物は比較的簡単に見つかった。

「やあ」

 と手を挙げる先輩は、向日葵に負けない笑顔を浮かべている……かと思いきや、その逆だった。ぐったりとして力がない。

「意外、という顔だね」

「そうですね」

 と私は頷く。

「実は、何故ここにいるのか分からなくてね。記憶がないんだ。スマホはあるけど圏外だし、財布もない。迷路からは脱出できない。ほとほと困り切っていたんだ。君、よく俺を発見したね。ありがとう。助かったよ」

「……『ひまわり畑でつかまえて。』って手紙、先輩が書いたんじゃないんですか?」

「え? なんのこと?」

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