Day22 メッセージ

 先輩が無断外泊をした。

 お互いに、いい歳した大人である。だから別に外泊をすることは構わない。

 私と先輩はひとつ屋根の下で暮らしているけれど、恋人ではない。愛人でも夫婦でもない。ただ先輩は私よりも年上の男性で、私の年齢は彼よりも若い、というだけだ。それ以上も以下もない。友人と呼ぶには関係が密であることは確かだが、親友と呼べるほど深い間柄でもない。たった数年しか差がない人生の先輩と後輩、と位置づけるのが適していると思う。

 だから、そう。外泊するのは問題ない。男の家に泊まろうが、女の家へ転がり込もうが。キャンプだかホームレスだか区別の付かない環境で夜を過ごそうが、どうでもいい。留置場や病室、果ては誘拐犯の家だった場合は、流石に「どうでもいい」で片付けられないけれど。とにかく。

 それなりに健全で、それなりに安全な場所に泊まるなら良いのだ。私は枕を高くして眠れる。

 では、何が問題なのか。


 スマホの発信ボタンをタップ。耳に当てる。

 呼び出し音が鳴る。一回。二回。繰り返される。暫くして、留守番電話サービスに接続された旨を伝える機械的な声が聞こえる。スマホを耳から離して通話を終える。

 メッセージアプリを起動する。トーク画面を確認。約二八時間前に送った最後のメッセージを呼んだ痕跡はない。短い文章を打ち込み、送信。既読は付かない。


 問題は、無断で外泊をした点。

 ひとことも言わず、勝手に外泊をされては困る。私は先輩の夕飯を拵えている。風呂の用意もしている。ふらっと外出して、帰宅が遅くなるのなら連絡が欲しい。

 どこかに泊まるなら教えて欲しい。何も言わず帰ってこなかったら、いつまでも夕飯を冷蔵庫にしまえない。いつ風呂を沸かし直せば良いのか分からない。何より、とても心配する。

 公務執行妨害で逮捕されたのではないか。

 交通事故に遭ってICUで眠っているのではないか。

 黒い大型車へ強引に乗せられた挙げ句、臓器を抜き取られそうになっているのではないか。

 心配し過ぎて逆に腹が立った私は、ボイスメッセージを録音する。可愛い後輩が如何に先輩の身を案じているか、思い知るが良い。私は出来るだけ、おどろおどろしい口調でメッセージを吹き込む。心を悩ませながら頭で呪う。

 録音データを送信。先輩、いつ聴いてくれるかしら。

 わくわくしながら冷蔵庫の扉を開く。先輩の名前が記されたプリンを取り出し、ぺりっと蓋を開ける。無断外泊をした貴方が悪いんですよ。

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