Day20 入道雲
子供の頃、夏の青空に浮かぶ入道雲を眼にするたび、胸が高鳴った。まるで綿菓子が浮いているみたいで素敵に感じたのだ。
という話を先輩に打ち明けたら
「可愛らしい、純粋な子供だったんだね」
と朗らかに笑われた。純粋、だろうか。
「みんな、そんな風に考えませんか?」
一度ぐらいは連想すると思う。みんなは言い過ぎでも、結構な割合で。お祭りで割り箸にこんもり巻き付けられた綿あめ。牧場で食べたミルク味のソフトクリーム。
「俺は違う」
きっぱり言い切る先輩。
意外な返答だった。先輩なら生クリームや、レモンパイに山と盛られたメレンゲを思い浮かべそうなのに。いや、この人のことだ。私が知らなくて、めちゃくちゃ発音のし難い洋菓子の名前を列挙しても全然不思議じゃない。
「俺は現実的な子供だったんだ」
「現実的」
無意味に反復する私。
「俺は入道雲に“歪み”を想像した。ふわもこな見た目を裏切る残酷さ。冷酷さ。あの中に入ったが最後、時空や時間がほろほろと破壊されていく。そして消えてしまうんだ。バミューダトライアングルみたいに。でも死なない。入道雲に入った人間も機体も別次元の、或いは数年後、若しくは別の時間軸にぽんと無傷で出現する」
「どこが現実的なんですか」
果てしなくSFじゃないですか。
平坦な声音での返しに、先輩はからからと笑った。そよ風に乗って運ばれた風鈴の音が笑い声に同調して、一層愉しげな雰囲気になる。
「一度、プロペラ機で突入してみようかな」
「やめてください」
先輩の場合、マジでやりそうだ。全力で止めなければ。
「消えちゃったら迎えに来てね」
この前みたいに、と続ける先輩。
「次元を越えて? 嫌ですよ」
そんなこと、流石に出来そうにない。だから。もしもプロペラ機で入道雲に突っ込んで何処かに行ってしまうなら、ぜひ私も同乗させて欲しい。同じ次元で同じ時間軸の、同じ時間に生きたいので。
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