Day18 群青
戻り梅雨の分厚く不穏な雲に、ぽっかりと穴が開いている。
遠く広がる黒と灰色のまだら。決して小さくはない藍色の円。そのコントラストが、天候の不安定さを益々助長させているように見える。私の心も静かに、そして確実に掻き乱されていく。
あの穴に先輩が吸い込まれて一日半が経過した。
先輩が何かに巻き込まれるのは、今に始まったことではない。どちらかというと、あの人は物事に巻き込まれるタイプである。同時に自ら首を突っ込む質でもある。
幸いにも事件の加害者になったことはないが、被害者には何度かなった。まあ「私の知る限りで」「表面化している限りでは」と注釈が付くけれど。とにかく先輩は事件事故、痴情の縺れその他諸々に引き入れられたり、踏み込んだりする。で、必ず面倒をかける。その被害を被るのは最も身近な人間である。
今回は言うまでもなく、私だ。
スマホが一通のメッセージを受信。
ロックを解除してアイコンをタップ。またセキュリティーを解いてメッセージを確認する。中身はシンプルな『SOS』
穴の奥――雲の向こう側からでも電波は届くのか。あんなに分厚くて、核シェルターに用いられる重厚な天井みたいなのに。
そんな無意味なことを脳の片隅で考えながら、私はジェットエンジンを背負う。燃料が満タンなのを確認し、点火。身ひとつで飛び上がり、穴に突入する。躊躇いはなかった。この先に先輩が居る。それだけで充分な原動力となった。
濃い青色の世界。星の軍勢に囲まれた先輩は、私を見て苦笑を浮かべる。
「思い切りが良過ぎるな」
「そうでしょうか?」
私は首を傾げる。先輩は頷く。
「まさかこんなに早く、しかもロボット少年よろしく飛んでくるとは思わなかった」
先輩の頼みですから。
先輩のためなら案外、凄いことが出来るらしい。自分自身が吃驚するほどに。
最近――具体的に言うと、ひとつ屋根の下で暮らし始めてから――気付いたことだ。けれど事実を事実のまま口にするのは気恥ずかしくて。私は一度、言葉を呑み込み
「そうですか」
と言った。極めて素っ気ない口調を意識したつもりだ。なのに先輩は生ぬるい視線と、微笑みを寄越した。
耳が燃えるように熱い。
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