Day16 錆び
自慢でも自惚れでもなく、私は正真正銘、記憶力がいい。割となんでも憶えている。学生時代の素敵な思い出も、甘酸っぱい思い出も、苦くて渋い思い出も。誰に何をされ、誰に何をしたのかも。全て記憶している。
それらは映像ではなく写真の形で残っている。けれど必要があれば写真を何枚も何枚も繋ぎ合わせて、ぱらぱら漫画のようにも出来る。とにかく何が言いたいのかというと、私の脳内には無声映画館が存在しているということだ。私の、私による、私のための映画館。私だけのサイレントムービー。
だから私は知っている。映写機のスイッチを押す。音のない世界で映像が回り出す。
私の友人だった魔女。
あの人が欲しい、と願って。邪魔な貴方には消えて欲しい、と呪いを込めて。あの人を想い続けた魔女は消えた。
どうして消えたのかを知っている。
魔女は先輩に殺された。
嘗ての先輩は魔法が使えなくて、だから魔女には到底太刀打ち出来ない筈だけれど。でも、先輩は確かに魔女を退治した。そこから少しずつ先輩は変化する。魔法が使えるようになって。苦手なホラーも克服して。今の先輩は、私の記憶とは正反対の人間だ。その点を指摘すると必ず
「そうかな?」
と首を傾げる。
「ま、人間は成長する生き物だからね」
「先輩の変化を成長と呼んで良いのでしょうか」
正反対に、非常識な力まで得て。
「そんなに俺は変わったかな?」
「ええ、とっても」
「本当に? メモリーが錆び付いてることはない?」
それはない。
首を振って、ギィと嫌な音が鳴る。まるで何年も開いていない扉を開けた時みたいに。赤茶色に変色した蝶番を無理矢理動かした時みたいに。耳障りな音が聞こえる。これは錯覚だ。けれど私には聞こえる。首から、心臓から。
「私の記憶力は抜群です」
「そう」と頷いた先輩が「じゃあ」と続ける。
「喩えば死にかけて――具体的には殺されかけて――死の淵を彷徨ったけれど結局こちら側に帰ってきた君は、一連の出来事を憶えていられるものかな?」
先輩の質問に、私は「分かりません」と肩を竦める。生憎、殺されかけたことがないもので。
でも。
私は想像する。喩えば先輩が、なんらかの方法で私を殺そうとする。私はきっと、まあ良いかと受け入れる。ギィギィと音が鳴る心臓を止めてくれる人が先輩で良かった、と感謝さえする。けれど先輩は殺害に失敗する。私は“これまでの先輩”と、“私を殺そうとした先輩”と、“私を殺し損ねた先輩”の記憶を抱えて生きていくことになるのだろうか?
そうなったら良いなと思う。最期に愛する人の姿を見られるなんて、こんなに素敵なことはない。その人の手で終えられたらロマンチックだ。
絶対に忘れたくないから、私は記憶力に磨きをかける。フィルムが黴びないように。映写機が錆び付かないように。映画館が朽ち果てないように。
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