Day14 幽暗
路地裏で先輩を見かける。
ダークウェブ上で先輩らしきユーザーを発見する。
事件の現場写真に先輩が写っている。
天気予報士の後ろで、満面の笑みを浮かべた先輩がピースしている。
先輩にそっくりな人が、今話題の革命家を暗殺した容疑で指名手配されているのをネットニュースで知る。
あちこちにいる先輩。どの先輩も先輩に違いないのに、私にはどの先輩も先輩には思えない。私が知る先輩以外、先輩ではない。けれど私が知らない先輩もまた、先輩である。そんな当たり前を飲み込むのが、酷く辛い。
余りにも視界が薄暗いから、影も姿も朧気になる。輪郭があやふやになり、色が混じり合う。あちらとこちらの狭間みたいな場所に立つ先輩。なんでそんなところに居るんですか。帰ってきてください。貴方、意外と日溜まりの下がお似合いなんですから。叫んで、呼んで、両手を振る。けれど先輩には届かない。やがて闇の濃さが深まり、姿が消える。飲まれるように。
とぷり。
「おーい、大丈夫?」
眼前に広がる男の顔。よく知っている、見慣れすぎた人間。その人の名前を口の中で転がす。一度、二度、瞬きを繰り返して「先輩」と呼ぶ。起き上がろうとしたら制された。
「あんま無理しないで。熱中症だよ。仕事に没頭しすぎ」
熱中症、と反復する。
そうだ、私は朝から仕事をしていて、つい夢中になって水分補給を怠ってしまったのだ。その致命的とも言えるミスに気付いたのは倒れる直前だった。重たい腕を無理矢理動かして、頸に触れる。妙に柔らかい長方形が貼られている。丁度、頸動脈のあたりに。もしかしなくても熱冷ましシートか。先輩に世話をさせてしまったのか。申し訳ない。
謝ると「なに言ってんの」と呆れられる。
「病人の世話をするのは当然でしょ。それに、いつもは俺が面倒を見て貰ってる方だからね。何かで恩返ししないと」
確かに。先輩はプレゼントを用意したり、お菓子の手配をしたり、ドリンクを奢ってくれたり、魔法を披露してくれたりはする。けれど、家事全般はしてくれない。居候の身であるのに。そう考えると、熱中症で倒れた同居人(しかも年下)の世話をするのは当然だ。全然、恩を返しきっていない。まだまだ足りない。
「じゃあ先輩。今夜の夕飯、先輩が用意してください」
「いいよ、何食べたい?」
「カレーが良いです。お高いお肉を使って、玉葱も飴色に炒めて、何時間も煮込んで熟成させたやつ。ルーは使わず、スパイスの調合からして」
「オーケイ、素麺にしよう。汁は麺つゆな、市販の」
「やる気ないなぁ」
熱中症になると、笑うという行為も負担になるらしい。懈さに抵抗せず目蓋を閉じる。外界の光が透ける不完全な暗闇を見つめながら、私は先輩の名を呼ぶ。
「何処にも行かないでくださいね」
「行かないよ、何処にも」
伸ばした手が掬われる。掌の熱に、そっと息をつく。私の知る先輩がここにいる。それだけで、私は救われるのだ。こんなにも。
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