Day13 切手

 最近、手紙が届く。一日一通。先輩と私に。

 先輩宛ての方は、恐らく異性からだろう。封筒のデザインが可愛かったり、奇麗だったりするので。

 私宛ての方は極めて事務的だ。クラフト紙で作られた茶封筒。何かの契約書か企画書か、とにかくそういう内容が記された紙が数枚入っているのがお似合いな封筒である。けれど、実際の中身は違う。契約書ではなく立派な手紙で。パソコンで打って印刷した無機質なもので。しかし文面は中々に過激だ。どうやら送り主は先輩と私が一緒に暮らしている事実を受け入れられず、散々痛めつけた後に大鍋でコトコト煮込みたいほど私を憎く思っているらしい。

 或る意味で熱烈なその手紙を、私は結構気に入っている。先輩とひとつ屋根の下で暮らしているのは双方の同意があったわけではなく、先輩が勝手に転がり込んでいるだけなので、丁寧に訂正したい部分だけれど。それ以外については、とても良い。どこがどう良いのか説明し難いが、敢えてひとつ取り上げるならパッションだ。

 私は他人に対して、送り主ほど情熱的な感情は抱けない。少なくとも、これまでの人生では一度もない。だから毎日「この人は凄いなぁ」と感心している。誰かに対して、こんなにも熱くて深くて濃い感情を持ち、それを文章に出来るなんて。凄い。凄すぎる。尊敬に値する。

 この感動を先輩に伝えたくなった。聞いてください、先輩。私に毎日手紙をくれる人、めちゃくちゃ情熱家なんです。パッショナブルなパッショナリストなんです!

 何言ってんのこいつ? と怪訝な表情を浮かべる先輩へ、手紙を音読してさしあげる。一通目から最新の――つい二時間前に受け取ったものまで。聞き終えた先輩は顔を顰めた。

「ちょっと貸して」

 掌を上にして、私に手を向ける先輩。抵抗する理由もないので素直に紙を載せる。改めて黙読した先輩は眉間にもの凄い皺を寄せて「毎回、こんな感じなの?」と訊いた。

「そうですね。毎回過剰で苛烈で熱烈です。温暖化の進んだ真夏の日向より灼熱です」

「で、君は毎通、読んでるわけね?」

 こくん、と頷く。

 深く息を吐き出す先輩。世界の幸福を全て不幸に変えてしまうような、長くて重たい溜め息だった。

「この手紙、全部ちょうだい。一通残らず」

「え、嫌です」

「悪質な悪戯だよ? 切手、消印、全部偽物。相手にする必要はないし、読むだけ時間の無駄だ」

「でも、喩え偽物でも、切手は洒落ていて素敵です。何より、私に情熱的な手紙をくれるのは、この人以外に居ません。名前も住所も知らないので返信出来ないのが残念です」

 せめて住所だけでも知りたい。もしも教えてくれたなら、手紙への感謝と感想を伝えられるのに。差出人は極度の恥ずかしがり屋さんに違いない。

 珍しく頭を抱えて悩んでいる様子の先輩が、困り果てたような声で「分かった」と言う。

「そんなに手紙が欲しいなら、俺が書いてやるから」

「……先輩が?」

「おう。一日一通、愛情溢れる手紙を君に贈ろう。そして君も、俺に手紙をくれ。事務的なもので良いから」

 ひとつ屋根の下で暮らしながら、文通? なんとも奇妙だ。でも、なんだか愉しそうな響きだ。私は頷いて了承する。燃え上がって灰になりそうな手紙の束を受け取った先輩は、それをエコバックに詰めると「ちょっと買い物してくる」と言って外出した。



 翌日、手紙が届いた。先輩からだ。

 青を基調とした夏らしいデザインの便箋に記された内容は意外なほど熱っぽくて、読めば読むほど気力が萎えてしまった。けれど暫くして読みたくなり、もう一度視線を文面へ。今度は遠目で、眼を細めながら。先輩の手紙はホラー映画に似ている。眼を逸らしたいのに続きが気になって、結局は最後まで観てしまう。そんな感じ。私はシンプルなレターセットで返信する。手紙への感謝と感想。事務的な内容も添えて。

 名無しの情熱家からの手紙は、あれから一通も来ていない。

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