Day11 緑陰
駅から直線で繋がっている道を歩いてゆくと、五分と経たず公園に辿り着く。
公園と冠しているが実質、大庭園だ。広大な土地を囲うように植えられた常緑樹の内側には、四季を感じる木々が枝葉を天へ伸ばしている。空を映す泉水。陽光に輝きながら虹を架ける噴水。明るい緑と、影となった濃い緑が入り混じる小道。芸術的に配置された花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、薔薇のトンネルには小さくて可愛らしい白薔薇が散りばめられている。
私のお気に入りは、トンネルを抜けた先にあるヨーロッパ調の東屋だ。アイスミントモカが飲みたいと言う先輩をキッチンカーに残し、先へ進む。白薔薇の香りが心地よい。深く息を吸い込み、肺いっぱいに満たす。夏の日差しを手で遮り、東屋が見えたところで足が止まった。
東屋に、ひとりの女性が居る。いや、誰かが居ても特段不思議ではないのだけれど、その女性が絵画的で見蕩れてしまった。透明感のある白い肌。白いワンピースから伸びる四肢は細く、長い。つばの広い麦わら帽子で顔はよく見えない。が、三つ編みにされた金の髪が肩に垂れている。白いヨーロッパ調の東屋が、とても似合っている。彼女の為に誂えられた舞台装置にも見える。
ぼーっと視線を送る私に気付いた女性が、こちらへ顔を向ける。隠れていた容貌も眩しいぐらい美しい。つばの影から新緑の瞳が輝く。薄いピンク色の唇が「あら」と微笑みの形を作る。
「彼は一緒じゃないのね」
彼、とは。先輩のことだろうか。先輩、こんな美人さんと知り合いなのか。幸福な高揚感が一転して、意味もなく腹立たしい気分になる。
「はい。もうすぐ来ると思います、けど――」
貴女は誰ですか?
そう尋ねるよりも、彼女の口が開く方が早い。
「彼は元気?」
「ええ、まあ。元気です」
「そう。良かった」
にこり。本当に、心から嬉しそうに破顔する謎の女性。
その笑顔に思わず眼を細める。余りにも目映すぎる。背後から「おまたせ」の声。振り返ると右手にアイスミントモカ。左手には別のドリンクを持った先輩が立っている。
「アイスチョコモカで良い?」
「え。あ、はい。ありがとうございます。ああ、お金――」
「いいよ、俺の奢り」
私の手にアイスチョコモカを渡した先輩が「それより」と首を伸ばす。まるで私の後ろを除き込むように。
「ひとり芝居が上手だね」
ばっと勢いよく東屋へ向き直る。謎の女性は音もなく消えていた。ここへ来るのも去るのも、薔薇のトンネルを通らなければならないのに。私の背筋に冷たいものが走る。水滴のついたドリンクのカップが滑り落ちそうで、握る力を少し強める。沸き上がる感情は紛らわせない。
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