Day10 くらげ

 やや白くて透明感のある涼しげな和菓子――水まんじゅう。その正体が葛粉と砂糖を水に溶かして弱火で熱したものだと先輩に教えられ、私は驚愕した。材料に驚いたのではない。和菓子の知識があることに、である。先輩が苦笑する。

「そんなに驚くことか? 普通だろう」

 普通、だろうか? 記憶を掘り起こして、首を振る。いや、普通じゃない。少なくとも私にとっては普通じゃない。先輩に和菓子の知識はなかった。だって、この人は洋菓子派だ。何よりもシュークリームを愛していた。シュークリームに埋もれて死にたいし、俺の棺桶には生クリームを入れて欲しいし、来世はシュークリームになりたいと宣った男だ。

 そもそも、シュークリーム狂いの口から『水まんじゅう』なるワードが出てきたことも信じ難い。この人、本当に先輩か? 先輩の皮を着た誰かでは?

「ちゃんと君の先輩です」

「嘘です。うそ、うそ。私の先輩は和菓子なんて知りません。発言も行動もふわふわしておきながらシュークリームに並々ならぬ執着心を持つシュークリーム狂です。水まんじゅうを食べるなんて解釈違いです。先輩は先輩じゃありません。水まんじゅうをぷるぷるさせるな、行儀が悪い」

 皿に載った水まんじゅうの弾力を愉しむ先輩は、私の言をまるまる無視して「こいつさぁ」と言う。

「くらげみたいだよね。中身が若干透けてるところなんて、特に」

 あ。これ、私の先輩だ。

 先輩は昔、タピオカミルクティーの底を指差して「カエルの卵みたい」と発言したことがある。当時の私は、とても気分を害した。飲む気も失せた。あの時と同じだ。目の前の水まんじゅうを食べる気には到底なれない。未だにぷるぷると揺らす先輩の方へ、皿を押し出す。責任とってください。

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