Day7 天の川

「七夕っぽい情景を見に行こう」

 そう先輩に誘われた時には深夜一時を優に越えていた。こんな真夜中に何故、と思った。けれど眠気は遙か彼方へ旅立っていたし、テレビを付けても全然面白くない。読書をする意欲も湧かず暇を持て余していた。ので、私は先輩の誘いに乗る。

 冷房の利いた空間から外へ出た途端、むわっとした空気に襲われる。息苦しささえ感じるそれに「断れば良かった」と後悔するも、暫くすれば慣れてしまって。それどころか夏の夜らしい独特の匂いや、時折吹く風が心地よく感じられるようになった。ネオン煌めく繁華街を離れ、緑の多い方向に進むたび、自然の冷たさが肌を撫でる。冷房には程遠い温度。けれど何処か優しくて、甘さを孕んだ空気。

 空は厚い雲に覆われている。疎らな街路灯の光で、木々は巨大なひとかたまりの影と化している。案内された先。闇夜に浮かぶ真っ赤な太鼓橋は、幻想的な光景であり心霊スポットの象徴にも見える。実際、心霊スポットだと言われても疑わない不気味さが漂っている。視界の端で何かが動いたような気がして、思わず肩が跳ね上がった。先輩が忍び笑いをする気配がして眉根を寄せる。

 足許に注意しながら太鼓橋の天辺まで進む。手摺りに手を掛け、下を見下ろす。そこには川が流れていた。月明かりがなく、街路灯の明かりも弱過ぎて、生物が棲んでいるのか否か分からない。水の音さえ細やかだ。もしも蝉が鳴いていたならば、川が流れていることにさえ気付かなかっただろう。

 そういえば、と内心で呟く。ここに来るまで蝉の声を聞いていない。今も沢山の樹に囲まれているのに、一匹も鳴いていない。

 そのことを先輩に言おうとして、水中で何かが光った。私の注意は再び川の方へ引き付けられる。

 光は小さく、淡い。とても朧気だ。けれど妙な力強さを感じる。川底から水面越しに星を見たら、こんな感じかもしれないなと思う。ぽつぽつと数を増したそれは、やがて川下の方向へ流れていく。光の尾を長く伸ばしながら。すーっと。まるで流れ星のように。あまりの美しさに感歎の声が洩れる。

「すごい」

「奇麗でしょ」と得意げになる先輩。私は素直に肯定して

「これ、なんですか?」

 と尋ねる。私は川に棲む生き物にも、川魚にも造詣がないので。素朴で知的な疑問だった。先輩は明朗な口調で簡潔に応える。

「ここで死んだ人間の霊魂」

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