Day4 滴る

 熱中症アラートが発令されるほど地獄的に暑い、昼日中のことである。

 陽光で、ぐらぐらと熱せられた公園の隅。触れれば火傷しそうなぐらいに熱せられたステンレス製の蛇口から一定の間隔でたれ落ちる水に、幼い先輩は魅せられた。ぽたり。ぽたり。その水は決して冷たくはない。それどころか不快極まりない温さだ。けれど、先輩の瞳にはとても奇麗に映った。まるで母親の耳で輝くスワロフスキーのピアスみたいに。水飲み場の向こう側、濃くて眩しい木々の緑が水滴に閉じ込められているのもまた、奇麗で堪らなかった。先輩は、雫に世界を封じることを夢見た。美しいものは美しいままでいて欲しいから。まだ幼く純粋な子供に過ぎなかった先輩にとって、世界は神様よりも奇麗で尊いものだった。

 しかし、先輩は世界を雫に閉じ込められなかった。純粋さを失い、世界が穢く感じたから――ではない。単純な話。一滴の雫に納めるのに、世界は余りに大きく広すぎた。もっと小さくて細やかで、こぢんまりしたものでなければならない。そう魔女は話したらしい。


 だから先輩は、私を閉じ込めた。

 可愛い後輩が一生涯、可愛いままでいて欲しいので。魔女から教えられた魔法で私を封じた。


 雫の中は存外、快適である。呼吸は出来るし温度も一定。必要な家具も一緒に閉じ込めてくれたので生活に支障はない。空腹を感じないのも楽だ。唯一不便なのは電気が存在しないこと。ランプが無いので就寝前の読書は諦めざるを得ない。テレビが無いのも残念だ。けれど、雫の外には先輩が居る。先輩の生活を眺めるのは良い暇潰しになる。

 今も私にちょっかいを出そうと、雫を突っついている。先輩の細い指先が当たっても、小さな世界は壊れない。私の生活は乱されない。先輩の眼から涙が滴る。ぽたり。ぽたり。お馬鹿な先輩。閉じ込めなければ、私がその雫を拾ってあげられるのに。

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