9枚目【潰しちゃった!?】
終業式当日の朝。
おそらく今日をもって
こんな風に電車の中、開かない方の扉を背に立つ渚を、他者の視界からガードするように守るのも本日で終わり。
「ホント、初日に満員電車に巻き込まれた時はどうなるかと思ったわよ」
苦い顔で渚は俯きながら呟いた。
初日、しかも学校に着く前にまさかのミッション失敗が頭をよぎって、動揺から俺は渚をさらに危険な状態にしてしまった。
「でもあれ以降は目立った電車のトラブルはなかったし、たまたまあんたの運の悪さに私も巻き込まれただけみたいね」
おや? そいつは聞き捨てならないな。
んなもん、呪いのかかっている渚の影響に決まっているだろう。
「は? 言っとくけど私、いままで通学中に電車のトラブルに遭遇したことないの。どう考えたってあんたのせいに決まってるでしょ。この呪いのパンツ」
少しは素直になったと思いきや、朝っぱらから公衆の面前で
やっぱり渚はこうでないとな......。
***
「ねぇ、久しぶりに帰り、あそこに行ってみない?」
退屈な全校集会と通知表をもらうだけのホームルームが終わり、あとは家まで無事に渚を守れば無事にミッションコンプリート! というところで、俺の席にやってきた主は寄り道を提案してきた。
「『あそこってどこだ』ですって? それは着いてからのお楽しみよ。さぁ、行きましょう」
腕を引っ張って無理矢理俺を立たせようとする。
少し離れた位置から、渚のクラスの女友達たちがその様子をニヤニヤと窺い、「またね~」と言いながら教室から出る俺たちを見送った。
***
「着いたわよ」
渚に連れて来られた場所は、お互いの家から歩いて10分程の距離に位置する駄菓子屋だった。
「どう? 懐かしいでしょ? 小学生の頃、よくあんたと一緒に放課後ここで遊んでたわよね」
店頭には立ったままできるタイプのアーケードゲーム機の筐体が並び、店の風貌もあの時と変わらない、昔ながらの駄菓子屋といった
大きなトタンの看板がいいレトロ味を醸し出している。
「みてみて! この魚のミンチでできたなんちゃってトンカツ、今はこんなに種類があるんだー」
店内に入りまず渚が手にした駄菓子は、自分たちが生まれるよりかなり以前から存在する、古の伝説級・定番駄菓子の一つ。
ノーマルな味しかなかった昔と違い、今はカレー味・味噌カツ味・ハムカツ味なんてものまで存在し、進化の歴史を感じる。
「呪いが解ける祝勝会も兼ねて、いまからここで駄菓子パーティーするわよ。もちろん、予算は1人300円まで。もしちょっとでも予算をオーバーしたり、逆に足りなかったりしたら、相手にビンのジュースをおごること」
小さな買い物カゴを俺に渡すと、ノリノリでルールの説明を始めた。
ちょっと気が早い気もしなくもないが――なるほど、そういうことなら受けてたとうではないか。
「それじゃ、よーいスタート!」
俺は久しぶりに目にする懐かしい駄菓子たちで童心に返りつつも、勝負に負けないよう真剣に頭の中で計算しながら選んだ。
「――納得いかないわ。再戦を要求する」
店の外に備えられたベンチに腰かけて待つ俺の元へ、渚が不満そうに二人分のビンのジュースを持って戻って来た。
「まさか袋代がかかるだなんて......私としたことが、完全に観察ミスだったわ」
昔と違い、いまは買い物袋が有料になってしまっている。
店内に大きく張り紙で『袋代2円』と書かれているのを、俺は早い段階で発見し、なんとか修正できた。
「......なによ?」
俺の視線が気になったようで、渚はきな粉棒を頬張りながら訊ねる。
「別にいいでしょ、汚れたって。どうせ制服しばらく着ないんだし」
胸元がきな粉まみれになるのもお構いなしに2本目を口に入れる。
確かに、明日から夏休みで帰宅部の渚は登校日まで制服を着ることはまずない。
「あ! みてみて! 当たったわよ!」
先程まできな粉棒がついていたつまようじの先には、当たりの証明である赤い印が。
「私、交換しくるわね!」
渚が嬉々と当たりのつまようじを手に店内へと消えていく後ろ姿を眺め、気持ちの良い夏の青空を見上げて待っていたら。
「じゃーん!! これが当たりのきな粉棒様よ! どう? 凄くない!?」
――いや、普通さ、当たりが出たら同じ物がもう一本って考えるのが概念だと、俺は思うのよ。
お前のその手に持っているきな粉棒の大きさはなんだ!
バナナみたいな太さにまぁまぁ固そうなフォルム――そしてきな粉棒のくせにどうして色が黒っぽいんだよ!
――これ作った奴、絶対狙ってやってるよね!?
子供が手にする駄菓子に、なんてとんでもなく卑猥な当たり入れてんだ!
「自分が当たり一個も出ないからって嫉妬しないの。良かったら一口食べる?」
「そう、もったいないなー。100箱に1個しか入ってない超レアな当たりだって、お店のおばあちゃんが言ってたよ」
渚はなんとか噛みきろうと試みるも、それなりの硬さ故になかなか思うようにいかず、最終的にアイスキャンディーみたいにペロペロ舐める戦法に舵を切ったようだ。
お前も大概だな。
そんな俺たちのやり取りに、ベンチから少し離れた位置で、小学校低学年? らしき一人の子供が視線を送っているのに気がついた。
渚が手招きすると、その子供は興味深そうな瞳を向けてこちらにやってくる。
「いいでしょこれ? お姉ちゃんが当てたんだー」
「......そのおにいちゃんのとおなじくらい?」
「「え!!!???」」
子供の口から
「だっておねえさんとおにいさん、こいびとどうしなんでしょ? こいびとどうしなら、おにいさんのぞうさんのおおきさがわかるって、ママがいってたもん」
純粋な瞳で説明する子供に、お互い顔を真っ赤にして見合わせ、すぐ揃って目を逸らした。
「あのね、そもそも私とお兄さんは恋人同士じゃなくて、ただの幼馴染というか......」
そうだぞ少年、俺と渚はそんな綺麗で甘酸っぱい関係じゃないんだ。
全自動自立支援型パンツとその主っていう、子供のキミにはまだまだ到底理解できない契約関係で――
「子供相手に冷静に返してんじゃないわよ!!」
ぐふぁっ!!!!!!??????
目にいっぱいの涙を潤ませ渚は、俺の股間目がけ、瓦でも割る勢いを込めて全力で拳を振り下ろした。
聞こえるはずのないぐしゃりという音が脳内に響き渡り、パンツとしての思い出が走馬灯のように駆け巡る。
――主の貞操は最後まで守れそうだが、俺のゾウさんはもう再起不能みたいだ............ガクッ。
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