8枚目【膝枕しちゃった!!】

 なぎさの水着騒動があった次の日。

 体育の授業中、俺はサッカーボールを後頭部に受けてその場に倒れ込んでしまった。

 試合を抜け、グランド裏の手洗い場で頭を水で冷やしていると、心配そうに俺の名前を呼ぶ渚の声が聞こえる。


「あんた、頭は大丈夫なの?」


 意図はわかるんだけどさ、訊き方よ。


「ヤバい感じに前のめりに倒れたから、ちょっと心配になって」


 女子は本来なら今日は水泳の授業のはずだったのだが、プールの設備不良とやらで急遽体育館での球技に変更となっていた。

 暇を持て余して体育館の扉付近からグラウンドを覗いている女子たちの中に、どうやら渚もいたらしい。


「そこまで大きく腫れてはいなさそうだけど、念のため次の授業は欠席して、保健室で寝てた方がいいわね」


 水で濡れた俺の頭を確認するように優しくさすると、呻きながら口にした。


「何言ってんのよ。頭の怪我は油断できないんだから」


 この程度の腫れ、水で冷やしておくだけで十分だろという認識の俺に、渚は真剣な眼差しと口調でさとす。

 元サッカー女子なだけに、こういった事故の怖さをよく知っているのであろう。

 ここは渚の言うとおりにしておいた方が良さそうだ。


「わかればよろしい。あと、これ使って」


 渚は首に引っかけていたタオルを手に取り、俺の頭上に被せた。

 女子高生特有の甘くいい匂いに鼻腔が刺激され、ひょっとしてこれは使用済みなのでは? と、ついいやらしい妄想を働かせてしまう。

 渚に後ろから頭をわしゃわしゃと拭かれると同時に、胸の感触が俺の背中に伝わってきて、一層妄想に拍車がかかる。


「一人で歩ける? ダメなら肩貸そうか?」


 ひと通り拭き終え、そのままタオルを俺の首にかけて渚は訊いた。

 今のところそこまで酷い症状は現れていないので、自力で保健室まで歩けそうだ。


「そう。じゃあ行きましょうか。あ、ゆっくりでいいから」


 ***


 保健室。

 室内には保険の先生も休んでいる生徒も誰もいなく、エアコンの風の音だけが微かに響いていた。


 空いているベッドの一つに腰かけて、待つこと数分......。


「先生、いま丁度用事があって学校にいないみたいだから、代わりに私があんたの看病するわね」


 職員室まで保険の先生を呼びにいった渚は、二人分の着替えを手に戻ってくるなりそう言った。

 何もそこまでしてもらわなくてもいいんだが。

 第一そんなことをしては、クラスの連中に俺との関係を変に誤解されるぞ?


「......いまさら手遅れだし」


 ボソっと何かを呟いたようだったが、まだ少し頭がぼーっとすることもあって聞き取りそびれてしまう。


「なんでもない! いいから、早く着替えてすぐ横になりなさい」


 言葉の意味が理解できない俺に着替えの制服を投げつけ、そっぽを向いてカーテンの外へ出ていった。


「具合はどう?」


 俺が制服に着替えたことを確認し、再び渚は俺が横になっているベッドの横へとやってきた。

 渚の方も体操着から制服に着替えを終えている。


「顔色もそこまで悪そうじゃないみたいだし、一時間くらい安静にしていれば大丈夫そうね」


 渚は安心したのか、頬を緩めて微笑んだ。

 この構図、そういえば遠い昔にも似たような出来事があったな。

 風邪引いて俺が部屋で寝込んでいる時、どこからか手に入れた健康祈願のお守りを握りしめて、いきなり窓からやってきたっけ。

 思えば、それがベランダ交流の始まりだった。


「ねぇ、私に何かできることはない?」


 ふと子供の頃の記憶に思いを馳せていたところに、渚が訊ねてきた。

 そうだな――女子の膝枕で寝れたら、怪我なんてあっという間に治っちまうかも?

 なんて、冗談で言ったみたりして。


「......わかったわ」


 渚は俺に体を起こすよううながすと、上履きを脱ぎ、スカートを抑えながらベッドの上に乗っかった。


 ――おい、マジか?

 いまの渚、聖女みたいに優しく素直で、まるでいつものツンツン女とは別人なんだが。


「......ほら、早く頭を置きなさいよ」


 正座をし、ももの上をぽんぽんと軽く叩く渚は視線を彷徨さまよわせ、恥ずかしさで頬を朱に染めている。

 でもこれ、このまま膝枕すると、髪の毛の水分でスカートがお漏らししたみたいに地図ができるな。


「別にかまわないわよ。どうせ熱ですぐ乾くと思うし」


 まぁ、本人がいいと言っているのなら、ここはご好意に甘えて膝枕させてもらうとするか。


「――ん!」


 両腿の間に挟み込むようにそっと頭を載せれば、甘く色っぽい声が漏れる。

 どうやらひんやりとした俺の髪の毛の感触が刺激してしまったようだ。


「......言っとくけど、上を見たら殺すから」


 戸惑いの混ざった声音こわねで警告する。

 良かった、その辺は通常営業の渚だ。


 お互い何を話していいかわからず、しばらく無言の時間が続いた後。


「――昨日は本当にごめんなさい。あんたのパンツとしての、今までの頑張りを否定しちゃって」


 先に我慢できなくなった渚が申し訳なさそうに呟いた。

 俺の方こそ調子に乗って、下裸げらの渚にダイオウグソクムシ土下座をさせて悪かったと思っている。


「なんていうかさ、あんたを前にすると、ついからかいたくなっちゃうんだよね。おかしいでしょ、私」


 全然おかしくなんかない。

 何故なら俺も、渚を前にすると同じような気持ちになるからだ。


「また昔みたいに素直な自分になりたかっただけなのに、なれないどころかパンツが履けない呪いにかかるわ、その上あんたにまで迷惑をかけちゃって......最低よね」


 自分を責める弱々しい渚の声音に、俺は居ても立っても居られず励ました。 


「え? 『でもそのおかげで、こうして可愛い幼馴染に膝枕してもらったから、俺的には本望だ』ですって? ――何それ、意味わかんないんだけど」


 くすりと笑い、いつもの口調で返す。


「そうね.......あんたがそう思ってくれるのなら、呪いも悪いことだけじゃなかったのかな」


 俺の頭を撫でる渚の手の温もりと柔らかな両腿の感触、そしてパンツのいるべき場所の近くにいることへの安堵感から、心地の良い睡魔が俺を包み込む。

 気づけば俺は、遊び疲れた子供のように、渚の股の間で眠りについていた。

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