「朝を迎える」
1
藍色の空が白くなり始め、朝の始まりを知らせる頃、私は目が覚めて、一人、ベッドから抜け出した。
窓の外から聞こえる、鳥の声。
前の道路を走る車の音。
遠くで電車の音もする。
少し肌寒くて、床に落ちているニットを羽織った。
引き出しに仕舞ってあったタバコとライターを取り出して、ベランダに出る。
私に纏わりついている淀んだ部屋の空気を、朝の澄んだ空気が追い払う。
それだけで、体全部が、生まれ変わったように呼吸を始める。
大きく深呼吸をして、ベランダの柵にもたれながら、闇から抜け出したキレイでもない景色を眺める。
見慣れたはずの街でも、生まれ変わったように見えるのは、どうしてだろう。
ぼんやり景色を眺めながら、たばこに火をつけた。
久しぶりに吸うたばこは、美味しくなかったけど、心が求めていたものだと分かった。
1本、吸い終わる頃には、すっかり目が覚めた。
私は、ベランダの柵に背を預けて、窓越しの部屋を見た。
ベッドで眠る、君の足が布団からはみ出ていて、少し寒そう。
私は、もう一本タバコに火をつけて、揺れる煙を見ながら答えを求めた。
これ以上の関係にならない事は、二人とも分かっている。
きっと、君は最初から。
2
君に結婚を決めた恋人がいる事は知っている。
でも、君が私に興味がある事にも気付いている。
だから、奪ったんだ。
君の恋人から、君の体を。
秘密の恋ほど、狂うものは無い。
一度触れた体は、離れる事を望まない。
だから、溺れた。
君を独り占めしたくて、柄にもなく、君に染まった。
自分を押し殺す苦しさが、愛の重さだと思い込んだ。
深い闇の中で、自分の涙で溺れるように、世界は二人だけのもので、二人の為に世界があった。
でも、そう思っていたのは私だけだったみたい。
私がどんなに手を伸ばしても、 君は決して心に触れさせてはくれなかった。
どれだけ泣いて懇願しても。
どれだけ怒り狂っても。
君は必ず恋人の元へ帰って行く。
あぁ。
そんな事、分かっていたのに。
君の体に触れられたから、君の心も欲しくなった。
君の心に手が届いたら、次は何が欲しくなるんだろう。
きっと、どれだけ手に入れても、もっと、もっと欲しくなるんだろうな。
だったら。
もう、一つもいらない。
必死に伸ばしていた手を下ろしたら、朝日が私を包んだ。
柔らかな温もりが、君の体温より心地よかった。
今、二人だけの世界は、終わった。
「恋とか愛とか、キライとか。~恋愛短編集~」 佐倉井 月子 @sakuramo
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