「朝を迎える」

 

 藍色の空が白くなり始め、朝の始まりを知らせる頃、私は目が覚めて、一人、ベッドから抜け出した。

 窓の外から聞こえる、鳥の声。

 前の道路を走る車の音。

 遠くで電車の音もする。

 少し肌寒くて、床に落ちているニットを羽織った。

 引き出しに仕舞ってあったタバコとライターを取り出して、ベランダに出る。

 私に纏わりついている淀んだ部屋の空気を、朝の澄んだ空気が追い払う。

 それだけで、体全部が、生まれ変わったように呼吸を始める。

 大きく深呼吸をして、ベランダの柵にもたれながら、闇から抜け出したキレイでもない景色を眺める。

 見慣れたはずの街でも、生まれ変わったように見えるのは、どうしてだろう。

 ぼんやり景色を眺めながら、たばこに火をつけた。

 久しぶりに吸うたばこは、美味しくなかったけど、心が求めていたものだと分かった。

 1本、吸い終わる頃には、すっかり目が覚めた。

 私は、ベランダの柵に背を預けて、窓越しの部屋を見た。

 ベッドで眠る、君の足が布団からはみ出ていて、少し寒そう。

 私は、もう一本タバコに火をつけて、揺れる煙を見ながら答えを求めた。

 これ以上の関係にならない事は、二人とも分かっている。

 きっと、君は最初から。 



 2


 君に結婚を決めた恋人がいる事は知っている。

 でも、君が私に興味がある事にも気付いている。

 だから、奪ったんだ。

 君の恋人から、君の体を。

 秘密の恋ほど、狂うものは無い。

 一度触れた体は、離れる事を望まない。

 だから、溺れた。

 君を独り占めしたくて、柄にもなく、君に染まった。

 自分を押し殺す苦しさが、愛の重さだと思い込んだ。

 深い闇の中で、自分の涙で溺れるように、世界は二人だけのもので、二人の為に世界があった。

 でも、そう思っていたのは私だけだったみたい。

 私がどんなに手を伸ばしても、 君は決して心に触れさせてはくれなかった。

 どれだけ泣いて懇願しても。

 どれだけ怒り狂っても。

 君は必ず恋人の元へ帰って行く。

 あぁ。

 そんな事、分かっていたのに。

 君の体に触れられたから、君の心も欲しくなった。

 君の心に手が届いたら、次は何が欲しくなるんだろう。

 きっと、どれだけ手に入れても、もっと、もっと欲しくなるんだろうな。

 だったら。

 もう、一つもいらない。

 必死に伸ばしていた手を下ろしたら、朝日が私を包んだ。

 柔らかな温もりが、君の体温より心地よかった。

 

 今、二人だけの世界は、終わった。

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「恋とか愛とか、キライとか。~恋愛短編集~」 佐倉井 月子 @sakuramo

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