甘美なる

「アイツ、殺したから」

後始末を終えてから、俺は親父に一報を入れた。

「そうか」

親父は悲しそうな寂しそうなほっとしたような複雑な声色でそれだけ言った。

「別に憎かったわけじゃない。寧ろ逆だね。最後は愛していたよ。キスしてハグしてセックスまでしてやろうかと思ったくらい」

「はい?」

「あんたさ、俺がアイツを処分するのを期待してたんだろ?自分では殺せないから俺がアイツを憎んで嫌って殺すことを期待した」

図星をつかれた親父が電話の先で息を飲むのが分かって笑ってしまった。おいおい、そんなんで腹芸とか出来るのかよ。

「残念だったな。アイツはあんたが思うよりずっと愛らしかったし、俺はあんたの予想より随分チョロかった。完璧に絆されたよ、もう」

「…………じゃあ、何で殺したんだ」

「なんて罪深い質問を」

あんたが一番、分かっているだろうに。

「あんな体で生きてることをアイツ自身が苦しんでいた。そんなの分かりきってるのに聞くなよな。それに───」

「それに?」

「あの体じゃキスで壊して、ハグで壊して、セックスでぶっ壊してただろうから。愛し合うには酷だったんだよ」

手のひらに込めたのは憎しみではなく、愛だった。愛していたから、殺した。

他人の苦しみを終わらせる方法として真っ先に死が出てくる死にたがりのお人好し。きっとずっと痛くて苦しかっただろう優しい奴。俺とは違う「」。

「なあ、親父。もう二度とアイツを作るなよ。生きてるだけで苦しいなんて、死ぬのが幸福だなんて、そんな風に感じる生命に誰が責任を持てるんだよ。あんたはとても罪深いことをした。もう、死ぬほど反省しろ」

親父は暫く無言だった。

沈黙の後、覚悟を決めた声が電話口から響く。

「……そうだな。もう、止める。もう、全部止めるよ。ありがとう、唯希いぶき。あの子を……イブを幸せにしてくれて」

「ははっ」

俺は笑った。

「俺の小さい頃のあだ名、悪用してんじゃねーぞ!クソ親父!」

電話をぶち切り、俺は手元のクーラーボックスに突っ込んだイブのにくを掬った。

てらてらととろけた薄桃色。

「……反省したら飯でも振舞ってやるか」

そこにイブの肉も混入してやろう。それくらい、俺たちはやっても許されるだろう?

「愛してるよ」

指に絡みついたとろけたにくを舌で舐めとった。

「美味いな」

彼のにくは甘美で優しい愛の味がした。

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とろけたにく 292ki @292ki

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