Day31 夏祭り

 宵と言える暗さは、七時を回ってからようやく訪れる。ハリボテのようでやや間抜けだった提灯がようやく本領を発揮し、赤と白で彩られた櫓の上の和太鼓が照らし出される。使い古された録音の祭囃子が流れ出し、人が増え始める。小学校のグラウンドを使って行われる地区の夏祭りは、毎年変わり映えのしない出店が出て、毎年同じ祭囃子が流れる。来賓挨拶はその時々で変わるものの、そのスパンも大体十年単位。出店に至っては町内会の主催が多いため、多少の面子の交代などはあっても似たような顔ぶれである。現に、店番の合間などに交わされる井戸端会議は、十年二十年前にこの小学校にいた子どもがどこの学校に行き何の仕事をして誰と結婚して子どもは何人でその子どもがまたどこの小学校に通っているなどといった内容だ。十年二十年前は若奥様若旦那と呼ばれたであろう人々は、今や孫世代のような子どもたちにおばちゃんおっちゃんと呼ばれながら変わり映えのしない出店のメニューを提供する。

 アヤとミツキは浴衣を着ていた。子ども用に肩揚げの施された紺地に花火柄の浴衣に、お揃いの蝶蝶結びをした明るい青の兵児帯、短めに着付けた足元には下駄。お揃いの浴衣を着たアヤとミツキは、小学校の同級生たちと一緒になって出店を回っていた。

「おっちゃん、かき氷二つ」

「はいよ。味は?」

「ブルーハワイ」

「いちご」

「ブルーハワイといちご一つずつね」

 子どもたちが出店で何かしらを買い求める時は、町内会にあらかじめ代金を支払った際に配布されるチケットを提示する。たかが数百円程度の少額とは言っても、現金を持たせて子どもたちだけで夜に歩かせるのは不安だという親たちの声を反映した形だ。子どもたちは無駄遣いをせずに済むし、出店側はある程度注文数を事前に把握できる。アヤとミツキはチケットと引き換えにかき氷を受け取り、他の子どもたちの集まりに戻った。

「夏休みの宿題終わった?」

「まだに決まってんじゃん」

「読書感想文まじだるい」

「ドリル手つけてないけど間に合うかな」

 盆踊りの音楽が流れ出した。子どもたちのおしゃべりを遮るような音量のアナウンスが流れ、皆さんもご一緒になどと促される。未就学児を連れた親や、子どもから見れば親とも祖父母ともつかない年齢の集団が、揃いの鮮やかな青の着物を着て踊り始める。誰かがあれうちのばあちゃんだよと言った。踊りの手本を示しているのは、日本舞踊の教室の師範だろうか。流石に堂に入っているが、子どもたちはそれを真似しようとはしない。輪の外でただ見ているだけだ。

 何曲かの踊りの音楽の間、アヤとミツキはチケットを使って出店を一通り回った。フランクフルトやポップコーンをあっという間に平らげ、射的の出店では的にかすりもしなくて、周りの子どもたちに爆笑を巻き起こした。スーパーボールすくいでは早々にポイの紙が破れた。最終的にチケットを使い切ったアヤとミツキは、手ぶらで身軽な状態になった。

 時刻は八時を過ぎ、ようやく夜らしい暗さになる。夏祭りのプログラムは終盤になり、花火が上がった。と言っても、小学校のグラウンドというさして広くない場所なので、豪勢な火花の散る手筒花火やら芸術的な大玉の花火などではなく、市販の小規模な打ち上げ花火が櫓の上でパチパチと弾ける程度のものだ。それでも、今年そういえばまだ花火やっていないねとか話す種にはなった。花火が終わって閉会のアナウンスが流れたのちは、三々五々解散の流れとなる。サンダルで靴擦れしてしまった女の子は、びっこを引きながら早々に帰っていった。夏休みの宿題を一切やっていないという男の子は、ポップコーンの出店で店番をしていた母親に連れられて行った。アヤとミツキを含めた少数の子どもたちは、夏の夜のどことなく非日常的な学校の中をひとしきり散歩してから、校門の前で別れた。

「じゃあ、次は九月かな」

「その前に登校日あるよ」

「あ、そっか。じゃあ登校日に」

「習字の課題登校日までだよ」

「やば、忘れてた。言ってくれてありがと」

 じゃあねと手を振り合った影が、街灯に照らされて遠ざかっていく。アヤとミツキが、校門の前に残された。黒い影の葉桜が、さわさわと葉擦れの音を鳴らす。

「七月も終わりだね、アヤ」

「ミツキは楽しかった?」

「うん。とっても」

「よかった。ぼくも楽しかった」

「また来ようね」

「そうだね」

 手を繋いだアヤとミツキの下駄の音が、からころと暗い学校に響く。夏祭りの後片付けは、手慣れた大人たちの手で早々に終わりそうだった。

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【文披31題】あの夏 藍川澪 @leiaikawa

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