Day26 標本
ジジ、と耳に残る鳴き声が聞こえて、アヤは足元にパッと目をやった。蝉が落ちている。ジジジ、と呻くような鳴き声をあげながら、蝉は仰向けになって六本の足をばたつかせていた。アヤはしゃがみ込み、手近にあった木の枝で蝉をうつ伏せにしてみた。ジジ、とまた鳴くが、飛び立つ様子はない。もう飛べないのだ。
アヤは立ち上がり、蝉のそばを通り過ぎた。今日はこれから児童館での催し物があるのだ。月末の夏祭りに向けた、出店の飾りつけを作る。集合時間が決まっているし、アヤ自身楽しみにしていたので遅刻したくなかった。一旦蝉のことは忘れることにした。
夕方、アヤがその道にまた差し掛かると、蝉はもう鳴いていなかった。うつ伏せのままになっている蝉を見つけて、アヤは蝉のことを思い出した。しゃがみこんで再び見てみると、今度は翅が片方だけになっていた。おかしいな、行く時からこんなだったっけ。翅の調子が悪かったから落ちたのかな。そう思ってアヤが見ていると、黒い影が蝉の周りで蠢くのが見えた。蟻だ。蝉の足を運んでいる。蟻自身よりも長いのに、危なげなく運んでいく。パーツごとにバラして巣に持っていく手際が良くて、アヤは感心してしまった。蟻たちとしては慣れた作業なのだろう。見ているうちに、他の蟻たちが蝉に群がり、あっという間にもう一枚の翅も取り外し、どこかにある巣へと持ち去ってしまった。後は、蝉の形をした翅と手足のない何かが残された。
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