腹を満たせばまるくおさまる

0. あのときの茄子

 俺なりに気を遣って、氷山の一角ならぬナス山の一角を袋に詰めて押し付けてみたところ、勝田は狐につままれたような顔をして受け取った。

 勝田大昇かつただいしょう。会社の後輩で、我が強く、身体は大きく、余計なひとことで周囲の人間を苛立たせる男である。

「へえ、受け取るんだ」

「もらえるものはもらっとこってタイプなんじゃない」

 同僚の藤本さんも吉田さんも彼には大変当たりがきつい。俺は部署が違うから話を伝え聞くばかりだが、どうやら取引にも実害が出ているらしいから何も言えない。

 エンタメを扱っているというと一見華やかだが、うちのように自前のコンテンツがない会社はいかに仕事を回してもらえるか、付き合いの長さや顔つなぎがモノを言う部分が大きい。定期的に受けている仕事は、先人たちが地道に積み上げてきた実績の上に成り立っている。長く続いてきた案件が担当者の交代により途切れてしまうことだってあるのだ。そんなわけで、勝田はいまだに主担当をもたない。社内での発言だって危うさ満点なのに、外で野放しにするなどとんでもない、というのが現場責任者たちの総意であった。

 天真爛漫と見せてしっかり者の藤本夕映ふじもとゆうは、落ち着いた印象のわりに沸点の低い吉田玲よしだれい、彼女たちとはなんとなく馬が合ってたまにこうして会社帰りに飲むようになった。今日は会社近くの海鮮居酒屋で、刺盛りを数枚吸い込んだのちに下足の唐揚げをつまんでいる。

「学生時代はスポーツでだいぶ優秀だったらしいよ」

「何やってたの、興味ないけど」

「ラグビー? アメフト? なんかそういうやつ」

「え、でもチームスポーツってあの性格でやっていけるの」

「さあ。でもなんかあるじゃない、体育会独特の力関係。人格に問題あっても、実力があればスルーされちゃうやつ」

「ああー」

「あのさ」

 とうとう耐えかねて口を開いたところ、藤本吉田はぴたりと口を噤んでこちらを向いた。ふたりとも酒には強いので、耳の先がうっすら赤い程度。真顔になられるとちょっと怖い。

「なんかこう、砂を噛むような気分なんだが」

「ゲソって冷めると硬いですよね」

「そう、いやそうじゃなくて」

「ああ」

 吉田さんのくっきりした眉がひょいと上がる。

「松橋さん苦手、っていうか気分悪いですよねこういう話。すみません」

「いや」

「お酒入るとつい勢いついちゃうよねー」

 いっけない、楽しい話しよ! とレモンサワーを煽ろうとして、がしゃがしゃと押し寄せる氷に顔をしかめた藤本さんと、見かねて注文用のパネルを操作する吉田さん。彼女たちの阿吽の呼吸は見事なものだが、悪い方に乗っていくとなかなかにひやりとする。

 その矛先が己に向かうことを考えると、呑気に笑ってもいられないのだ。

「あれっ、もう食い終わっちゃいました?」

「さわむー!」

 Tシャツに短パン、足元は突っ掛けでこそないが履き古したデッキシューズ。人好きのする顔でへらりと現れ、場の空気を一気に和ませる救世主。同居人・沢村和穂さわむらかずほの登場である。

「毎回思うんすけどまじで謎ですよねこのメンツ。俺部外者だし」

「いいんだよ沢村くんはあ」

 おかわりのレモンサワーが届いたところにすかさず沢村のビールを頼む吉田さん、ほどなくしてグラスみっつとジョッキひとつが出揃った。

「んじゃあらためて」

「かんぱーい!」

 ごちんごちんと何度か杯をぶつけ直して、きゅーっと飲む。

「助かった、ナイスタイミング」

「なにがすか?」

「や、なんでもないわ。俺もまだ入るし好きなもん頼んだら」

「まじ、俺遠慮しないすよ」

 んなもんしたことあるのか、と口から出そうになったが、実はかなり空気を読むやつなのである。ざっとテーブルを見渡してから食べたいものをポンポン挙げていくが、藤本吉田の反応をさりげなく拾っているのが傍目にもわかる。

 途端にメシの味が戻ってきて、こればかりはこいつの才能だなあと心底感心した。

「いいぞ、今日は存分に食え」

「え、こわ」

「なんだと」

 折よく置かれたお新香盛り合わせの紫が目に入ってふと思う。勝田はどんな顔をしてあのナスを食べているのだろう。まるで想像がつかないし、あれ以来特に報告もない。

 あとでそれとなく探ってみるか、と漬物を噛み締めて、じゅわっと染み出した香気にすかさず冷酒の画像をタッチした。

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