群青

 豪雨である。

 数日前からエアコンの効きが悪く、部屋の中は湿度でびったびただ。

「見てこれ」

「なに」

「除湿用に置いといたペットボトル」

 沢村が掲げたボトルは結露でびしょびしょ、それだけの水分を捕まえたということではある、が。

「なんかこう、見える状態にされるときついな」

「逆ですよ逆、こんだけとれたら楽しいじゃないですか」

 言いながら、すっかり溶けた水のボトルは冷凍庫に放り込み、代わりのボトルを取り出して皿の上にのせる。

「暑いだけならまだやりようあるんだけどな」

「湿度はどうにもなんないすね」

 夏は始まったばかり、暑さにも湿度にもまだ身体が慣れていない。悪天候のたびに低気圧がきついと言う同僚の気持ちが、今日はわかる。

 雨にかすんだ外の暗さは朝からずっと変わらず、時間感覚が狂うのも調子が出ない一因だろう。時計を見上げれば夕方五時、昼はだるすぎてカップラーメンで済ませてしまったので、さすがに腹は減っている。

「せめて、ちゃんとしたメシ食いましょう」

「わかった」

 特に口には出さないが、何もせず休日を消費する罪悪感が二人を突き動かした。ずるりと立ち上がって、沢村は冷蔵庫をのぞき、俺は米を研ぎはじめる。

「おおお」

「どうした」

「いや、年寄りの話は聞いとくもんだなと思って」

 沢村が野菜室から次々に引っこ抜いた新聞の包みはとうもろこし、つるむらさきにきゅうりになす、冷凍室からは先日茹でた枝豆。

「夏バテには夏野菜だってしこたま買わされたんすよ」

「実家からもなんか来てたよな」

 のぞきこんだ俺に沢村が何かを突きつけた。青くさいざわざわに鼻が埋まる。

「ふぁ」

「これ、剥いて粒だけ削いでもらえます?」

「ふぁい」

 とうもろこしのひげは、つやつやしてブラッシングした犬みたいだった。

 実は、生のとうもろこしをどうこうするのは初めてだ。皮は内側にいくほど薄くやわらかくなり、あらわれた粒は真珠の輝き。

「きれいだなあ」

「先輩、手動かしてください。粒の間にめっちゃひげ挟まってます」

 俺がもたもたしている間にも、沢村の動きは淀みない。電気ポットで沸かした湯を鍋に注いで火にかけ、なすを縦に割って水に晒し、沸騰した湯に五本指でつまんだ塩、葉と茎に分けたつるむらさきを放り込む。葉、茎の順に菜箸で取り出してざるにあげてから、同じ湯に凍ったままの枝豆を掴み入れて解凍した。

「これは?」

 俺がボウルに山盛りにしたとうもろこしの粒は、熱してバターたっぷりのフライパンに投入される。

「しばらく炒めといてください」

 託された木べらをうろうろさせているうちに沢村は枝豆をまた別のざるにあけ、さやから直接フライパンの中に発射した。さらに醤油を鍋肌からざあっと流し入れる。

「いいにおいしてきた」

「あとで米とまぜるんで、まだ食っちゃだめですよ」

 言い置いてから、つるむらさきを刻んでだし醤油と混ぜ、なすの半分は皿に並べてごま油とめんつゆと生姜チューブ、で、電子レンジにかける。

「もういっちょ」

 再び電気ポットで沸かしておいた湯を鍋に注ぎ、残りのなすをざっと入れて、茹でている間にみょうがと小ねぎを刻む。

 と、ピーピー音がして米が炊けた。

「混ぜたらいい?」

「お願いします、あー腹減った」

 俺が炊きたての米を底からひっくり返している間に、沢村は「腹減ってんのに作らないと食えないってなんかのバグですよね」と誰に言うともなく愚痴りながら顆粒だしと味噌を鍋に溶かし、薬味をまぶして味噌汁の出来上がり。

 ほとんど混ぜてるだけだった俺と比べると、えらい違いである。

「できた!」

「おつかれ〜」

 小分けパックの豆腐につるむらさきとかつおぶしをのせ、なす、味噌汁、まぜごはんをそれぞれよそってガンガンガンと食卓に並べた。

「はい、いただきます!」

「はやい!」

 換気扇を消して、炊飯器も保温に変わって、すべての火が消えたために外の音が戻ってきた。めいめいの箸を持ってきて食卓につくと、例のペットボトルが水たまりのなかにしょんぼりと立っていた。

 雨は止まず、ざあざあと鳴る通奏低音の上に、時折金属を叩く高い音が乗る。

「まじで群青日和っすね」

「ほんとだな」

「テレビつけます?」

「いいや」

 同じ湿気でも、ほくほくと上がる湯気はまるで別物だ。雨の暗さがさらに青く沈んでいき、とうもろこしの粒がぽつぽつと光る。焦がし醤油のあとに来る甘さが、だれきった身体にじんわりと染みていった。

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