第31話 落下からの再会

 ハルトが黒井によって連れ出される一時間前。


「サクラの奴……いつまで待たせるんや」


 撫子はサクラとの勝負と言う名のビーチへ遊びに行く為、バカンス風の花柄のワンピースを着て、サクラの家まで迎えに来ていた。


「お嬢様。予定の時間よりもまだ十分あるのですから気を長くお持ちになって下さい」

「ほんま仕方ないなぁ……てかあんた誰や? 黒井から用があるから別の執事呼ぶって言ってたけど」


 撫子が不思議がるのも無理はない。この白髪の老人は、撫子が今まで見たことが無い召使い。


「申し遅れました。今日一日だけ執事代理を務めさせていただく、宮崎と申します」

「あんたは相葉財閥に属してる者か?」

「いえ、リクルートの短期アルバイトで見つけたので応募しました」

「ウチの執事ってリクルートで応募できるんか?」


 撫子は執事代理の宮崎と車の中で談笑していると、


「桜! あんた財布忘れてるよ!」

「ありがと! 行ってきます!」


 サクラが住んでいる部屋から声が聞こえた。すると撫子は急いで手鏡を見て、髪の身だしなみを整えると、


「やっと来たか! あんまり遅いからおいて行こうか迷ったわ」


 いつもの煽り口調で少し大きめのTシャツに短パンというラフな格好のサクラを迎えた。


「悪いわね。準備に時間がかかったのよ」

「まぁ今日のウチは寛大やから許したるわ」


 撫子は友達と出かける事が出来る。それだけで気分は舞い上がり、いつも以上にテンションが上がっていた。


「よっしゃ! それじゃあリクルート執事! 出発や!」

「はい!」

「り、リクルート?」


 こうして撫子とサクラを乗せた黒のベンツは、相葉財閥が所有するビーチへと向かうのだった。


「いやだぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ん?」


 行く先には、黒井に拘束されたハルトがいる事を知らずに。



 ※※※



サクラ視点


『もういい!』


 そうハルに言ってからどれぐらい経っただろうか。あえからハルとはちゃんとはなす事がなくなってしまった。

 アタシは何も悪いことをしていない。

 ハルがアタシに変な男を寄こすからだ!

 最近……と言うより、高校で再会してからハルはおかしい。アタシが近づけば逃げる、弁当を作ってあげたら逃げる。

 逃げる逃げる逃げる。アタシは鬼か悪魔なのだろうか——


「海やー!!」


 撫子が持つ車に揺られ二十分。その後自家用機で相葉財閥が所有しているビーチまで来たのだけど、


「キャー!」

「がははは! 酒うめぇ」

「キンキンに冷えたかき氷はいかがですかー?」


 思っていたよりも人がごった返していた。


「ここってあんたの家が所有する土地とか言ってなかった?」

「そ、そうやねん。ホンマはホテル建設予定地やねんけど、親父が少しでも稼いでやろうと着工するまでの間海水浴場にするって急に言われて……」


 撫子は申し訳なさそうにしているが、アタシとしては別にどっちでも良い。

 浜辺で走ろうものなら息切れ待ったなしの広さをアタシと撫子で占領するのは図々し過ぎる。それよりもこうしてほかの人の声がわいわいと聞こえる方が、夏に遊びに来たっていう心躍る楽しさも感じられるしね。


「や、やっぱり嫌? もしあれやったら海外に行ったら少ないけど二十個ぐらいプライベートビーチ持ってるからそっちに」

「いいわよ。そんなわざわざ面倒なことしなくても。それに今回の目的はそれじゃないでしょ?」

「!」


 撫子はニヤリと笑うと、アタシに視線を向けながら、


「フッ。そうやったな。ウチとアンタの勝負を着けなアカンかったなぁ」

「勝負? もう既に着いてるもんじゃない?」

「そう言っていられるのも今の内やぞ!」


  相変わらず撫子はお決まりのようなセリフをアタシに言い放ってくる。

 それにしても面倒な性格ね。遊び相手が欲しいなら素直に遊びに行こうと言ってくれれば良いのに。


「それじゃあ最初の勝負は!」


 でもまぁ素直じゃないのは撫子よりもハルだ。

 引っ越す前まであんなにアタシの事好き好き言っていたのに、今ではどうだ。やれ怖いだの暴力反対とか……あーまたイライラしてきた。


「チっ!」

「や、やっぱりやめとくか?」


 昔はハルだって人の事ガンガン殴ったりしてた癖に。今ではいい子ぶっちゃって腑抜けている。アタシが好きだったのはあの時の……って、今の感じだと到底無理か。


「サクラって時々情緒不安定過ぎてウチもどないすればいいのか分らんくなってきたわ」


 ハルなんて嫌いだ。

 アタシがどうアプローチを掛けてもうんともスントも言わない。あるのは体を見るときのいやらしい視線だけ。アタシの想いが一方通行する状況にもう疲れた。

 ……嫌いだ。

 でも、昔好きだったあの気持ちが、ハルを断ち切らせてくれない。距離を置いてもふとした時にハルを思い出す。今も無意識にハルの事を思い出して……やめよう。ここにはハルはいない。それに今のところハルとは会話してないから距離を置けている。時期にハルへの想いは消え去る。


「一回水でも飲んで休憩するか? あっ、それよりもまずホテル行くか? に持ちおいてちょっと休んでからまた来ようや。なんせあと一週間はここに」


 ……だけどこれだけは言いたい!


「ハルのバカああああああ!!!」

「ああああああああ!!!」

「「!!」」


 ハルへの最後の言葉を空に向かって叫んでいると、上空から謎の奇声と共に、何かが落ちて来るのが見えた。


「な、何? この声」

「ん? あの空にあるヘリってウチの……まさか黒井?」

「あああああああ!!!」


 じょくうから落下してくる物が次第に大きくなり、姿かたちが見え始めてきた。

 恐らく人間。それと声質からして男の人だ。

 ……と言うか、


「だずげでぇぇぇぇぇ!!!」

「ハル?!!」


 今まさに想いを断ち切ろうとしていた相手が上空から落ちてきていた。

 そしてハルは!


「たがださぶっ?!!」


 砂浜へと顔面ダイブし、周りには砂埃が舞い上がった。


「何だ何だ?」

「人が落ちてきたんだってさ」


 その光景に興味を持つ人が集まり始め、ハルの周りには多くの観光客が「ジャパニーズクレイジー」と言いながらパシャパシャと写真を撮り始めた。


「……」


 しかしハルは微動だにしない。

 もしかして……


「あっ、サクラ!」


 ハルのもとへと近づいて、体を揺さぶってみた。でも返事がない。


「……ハル?」

「な、なぁサクラ? 今落ちてきたのって佐々木やろ? あの高さから落ちてたらもしかて」


 うそでしょ? こんなにあっけなくお別れだなんてそんな……そんなの!


「ハル? ハル?! ハルってば! 返事し」

「ぶはっ!」

「「「えぇ?!!」」」


 すると突然ハルは咳ばらいをしながら体を起き上がらせ、アタシ含め周囲の驚きが隠せなくなっていた。


「ぶへっ! ぺぺぺぺっ! 砂が口の中に入っちゃった」

「おい嘘だろ。あの高さから落ちてきてぴんぴんしてるぞ!」


 ハルが生きていた。

 それだけでほっと胸をなでおろすのも束の間、ある疑問が浮かぶ。


「ハル……何でここにいるの?」

「……」


 気まずそうな顔。一体ハルに何が!


『佐々木様ー! パラシュートも付けずに落ちるなんて何しているんですかー?』


 何があったのかは黒井あいつを見てすぐに分かった。

 ……もしかしたら、アタシはハルとは離れることができない運命なのかもしれない。

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昔大嫌いだった幼なじみが可愛くなって告白して来たが、全力で拒否する! トザワ @karu23

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