【朗読OK小説】さようなら、どうか自由にと、夏休みの魔女は祈った【フリー台本】

雪月華月

さようなら、どうか自由にと、夏休みの魔女は祈った

 魔女として生きる私にすら、夏休みがある。ただいつもは家か職場の学園で、魔法の研究をしているのが常だった。しかし本を集めすぎて、部屋が狭くなり、業者に掃除に入ってもらうことになって……という経緯があり、私は久方ぶりに人間界で夏休みを過ごすことになった。


 私は魔女であるが、もともとはただの人間だったのだ。


「暑いと言ってもしかたないが、暑い……アイスがとけてしまうじゃないか」


 私はアイスを片手に独り言を呟いた。

人間界に来るのはかれこれ十年以上ぶりだが、どういう風になっているかは、事前に勉強していた。小さな家を借りて、のんびりと持ち込んだ本を読む日々だ。

 正直、また人間界に来ると思っていなかった……来ることがあっても、せめて百年経った後だと思った。


 なんせ私は神隠しのような行方不明の仕方で、魔法界に行き、そこで人生をやり直したのだから。


「はあ、やる気が減る猛暑……本を読むのも嫌になる」


 今の私は都会からやってきた大学生という設定だ。

……記憶を操る術を得意としているので、周囲をごまかすのは容易だった。


 今日は夏祭りらしい……お囃子の音が遠くから聞こえる。小さな花火大会もあるらしい……賑やかな喧騒が夕方の早い時間なのに聴こえ始めている。


「なあ、ししゃも……夏祭りに行きたいかな?」


 私は使い魔の黒猫に聴いてみた。

ししゃもはのんびりとした口調で……


「いってみたぁい、どんなところー?」


「賑やかなところだよ、色んな人がくる」


「おもしろそー」


「じゃあ、行こうか……かんざしに姿を変えるからね……猫だとはぐれてしまうかもしれないし」


「はぁい」


 ししゃもはにこにこしている。本当に上機嫌だ。確かにのんびりとして上機嫌な性格というコンセプトの使い魔だが、想定以上にのんびりしていて、正直話していて気が抜ける。


 ししゃもを朝顔のかんざしにして、浴衣を着た。下駄で歩きだすと、本当にからんころんというような音がして……なんだか懐かしくなった。


 まるで少女のようじゃないか。

年若い姿だが、精神的な年齢はけして幼くない。そのギャップがあるせいか、どこかこそばゆい。


 この姿を見たら、彼は驚くだろうか……


 ふと急に、過去の名残が胸をよぎり、私は苦笑した。


 夏祭りの会場には当たり前かもしれないが、人がたくさんいた。食べ物の匂い、照明の眩しさ、賑やかな音が始終聴こえている。特に印象的な音は風鈴の音だった。

 風が吹くたびに踊るように鈴を鳴らしている。


「すごーい、たのしそうー」


「ぐるっと回るだけでも楽しそうね、ししゃもなにか食べたいものでもあるかい?」


「おもしろいものがたべたぁい」


「なかなか、難しいセレクトだな」


 私は面白いとはと考えこみながら、歩く。

定番すぎるのを外すとしたら、あゆの塩焼き、ケバブ、りんご飴……最後のは完全に好みだなと屋台に視線を送る。その時だった。


 急に浴衣の袖が掴まれた。

 びくっとして立ち止まる。

いたずらか、なにかかと思いつつも心臓がばくばくする。そっと振り返ると、驚いたようにこちらを見ている男がいた。年は三十前後だろうか。


「金谷(かなや)……だよな。なんでここに」


「え……」


 それはあまりに懐かしい名前だった。私が人間界にいた頃の名前だ。あまりに久しぶりに名前を呼ばれて、戸惑いで露骨な反応してしまった。目が見開く。


「やっぱり……金谷なんだな。どこに行ってたんだ、十数年も。いや、なんで君は、全然変わってないんだっ……」


 相手は動揺していた。行方不明になった時から、十年以上が経過している。普通であればそれなりに妙齢の女性のはずなのだ。


 私はできるだけ落ち着きはらうことにした。すぐさま、魔法を使う相手でもない……彼が誰だか分かってもいる。


 いじめられていた私の密かな味方であった、都月(とつき)君だ。彼はそれなりにちゃんとした大人になっていたようだ。少し嬉しかった。


「都月君か、久しぶりだね……メガネ、外したんだ」


「ああ、そうだよ……ああ、金谷に会えるなんて、夢じゃないんだよな」


 彼は少し泣きそうな顔だった。私はぽんぽんと肩を叩いた。


「こんなところで、そんな顔をしないでよ……ここじゃ人の迷惑になるし、隅に行こうか」


 なんでもないふりをしていたが、胸に苦いものが走っていた。

 ……夏休みで過ごす先を、少し間違えていたかもしれない。

記憶を操れるしということも仇になったのかもしれない。

でも、私はまたここの場所来たかった。何故だろう、もしかしたら、都月君に会いたかったのだろうか。


 奇跡が起きるなら、彼に会いたいと、心の隅で願っていたのだろうか。


 風に揺れる風鈴の音しか聞こえない。

照明があまりない小さな社の側。喧騒もどこか遠いくらいだ。人も私達しかいない。


「驚いた…‥ここにいたんだね、上京したいって言ってたから、都会に行ってるのかと」


「里帰りだよ、今年は暑いから実家の様子が気になって」


「優しいねぇ、都月君らしい」


「……そんなことない。俺は君を助けられなかったし」


 私は黙って微笑んだ。

 かつて私はいじめられていた。大人しかったし、気弱だったから、クラスの強気な女子や不良っぽい男の子に、毎日ひどいめにあっていた。不登校になって、学校も中退してしまうくらいだった。

 原因はなんだっただろうか。イギリス人の血を引いているので、髪の毛や目の色が明るかったから、目立ってしまったのが原因だろうか。


 でも途中から最初の動機なんてどうでもよくて、楽しすぎて、いじめたんだろうなぁ。


 都月君はそんな私を影から支えようとしていた。

面向かっては怖くて、相手に立ち向かえなかったのだろう。泣いた私にがティッシュを、頬を叩かれた私には、濡らしたハンカチをわたしていた。優しくて強くなくて、けして私を助けていることを人に知られたくない、臆病者だった。


 それでも、私は、都月君の存在がありがたかった。


 初めて恋をしたんだと思う。


「最後に君が、池に落ちたって聞いて、でもなぜか見つからなくて……行方不明のままで」


 苦しそうに都月君は言葉を紡いだ。

 彼はどうしてそんなに辛そうなんだろう。


 十年以上前……いじめっ子に追いかけられて、足を踏み外して、私は池に落ちた。その時、私は魔法界に誘われたのだ。その誘いをうけたせいで、人間の世界では行方不明になった。


「俺が、君が苦しんでいることを周囲に言うべきだったんだ。金谷が何もなく池に落ちるなんてありえないと思ってた。あそこの池はあぶないって、落ちた池のことを警戒してたし……」


 都月君は頭を横に降った。


「いや、もうそんなことはどうでもいい。君が生きてて、良かった……俺、ずっと後悔してて、どうして君をもっと助けられなかったんだろうって」


 私はポツリと言った。


「私なんて、忘れてしまえばよかったのに……」


「そんなこと出来るか!」


 彼の強い語調。彼がずっと私のことを引きずっていると気がついた。彼の心に負の意味で私は生き続けていたのだろう。


「俺は君が好きだったんだっ……だけどなんにも、本当なんにもやれなくて」


 彼は私の前で膝が崩れた。私も身をかがめて、視線をからめる。彼の肩を支える。


 ……正直、人間界にいた時の自分の人生ほど、どうでもよいものがなかった。嫌になることばかりだった。

 それこそ魔法界で生き直しをはかるくらいに。


 私は池に落ちた少女として、歴史の流れの隅っこに追いやられるだろうと思っていた。池に落ちるきっかけを作ったいじめっ子からすれば、都合よく改ざんすべき記憶だろう。


 けれど、いたのだ。

 後悔するほどに私を大事に思い、ずっと心に残していた人が。そしてその人物は、私の大好きな都月君だったのだ。自然と私は、自分の目元に手をやった。涙が流れていた。


「都月君、ありがとう……ろくでもないと思っていた世界だけど、今ちょっとだけいいものだと思えたよ」


「金谷……」


「だからね、もうあなたは自由になっていいんだよ」


 不意に風が止まり、はためいていた風鈴の動きも止まり、一瞬の静寂が訪れる。私を見つめる彼の顎に手をやり、私は都月君にキスをした。


 ささやかな、キスだった。


「忘却しなさい……あなたが生きるために」


 魔法をかけられた影響で意識を失う彼に、私は囁いた。


「大好きだよ、都月君」



 すぐに意識を覚ますだろう都月君を置いて、私はまた夏祭りを練り歩きはじめた。片手にりんご飴を持って、少しずつかじりつきながら。

 ……ししゃもが鼻歌を歌っている。


「ねぇねぇ、こんどは、はなびをみようよぉ」


「もう、気まぐれね、ししゃもは」


「だって、とってもたのしいんだもぉん」


 ふわふわとした口調のししゃもに私は微笑む。そして夜空を見上げる。

白銀の瞬きが視界いっぱいにひろがり美しかった。

 花火の打ち上がる音も聴こえてくる。


 あぁ……と私は声をもらした。


 悪くない、夏休みだ。

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