第5話



「——ありがとうございました。またのご来店を、お待ちしてますよ」


 すこぶる愛想あいそのイイ笑顔が見送ってくれた。重ね重ね、あの店員はたおやかさの塊だ。

 それに比べて……


蜃宮寺しんぐうじ名児なにちゃん、って名前なんだ……どっしり感がいいね」

「ぬほほほ。豊満そうだなんてそんな」

解釈かいしゃくの仕方も絶妙にかわいい」

「ひょほほほ。可愛すぎるだなんてそんなに褒め散らかさないで貰いたい」


 ちびっこは怪奇じみた笑い声をあげていて、その原因に当たるりんねはとうに興味関心をありありと示している。丁寧にてつを踏まない会話は、どうにも座って眺められるだけの気安さがなかった。


 なので、りんねが幼子の地雷を踏む前に、動く。


「とりあえず。……りんね、次に行きたいところはどこだ? 一応、お前の要望に沿うのが目的で、」

「なぬ。私という女郎がありながら」

「えっ、みことってば彼女的な人いたの……⁉」

「————。好きにしてくれ。りんね、お前の行きたいところに行こう」


 事態の糸をあやふやに絡ませる名児を、好き勝手に喋らせるとまずい気がする。いやそもそも、ごく自然な流れでとてとて着いてきているのは、どういう見解でいればいいのか。


 ともかく。

 先陣をりんねに切らせねば始まらない。行き先をうながしつつ、エスコートするような形で、俺はりんねのやや後ろ気味を歩く。


「それじゃあ手堅く、ショッピングとでも行こうか」

「おぉ街中での買い物——〝らしさ〟たっぷりでよきかな」

「……お気に召したようでなによりだ」


 わがままな二名の控えに回るよう、足並みをワンテンポきざみに遅らせる。どうやら、目先の目的は決まったらしい。

 ウキウキ気分で二人は歩き、今にでも小躍りしてしまいそう。


 それにしても、妙に波長があっているように見えて、紙一重かみひとえの関係性だ。名児の不興を買うような言動をすんでのところで躱すりんねと、意外にも言葉を都合よく捉える名児。お互いが変に大人おとなだからこそ、食って食われての危うげなものが維持されているのだろう。


「流石は都市部だな……。デパートもテナント数も多くて、なにより建物の背が高い」

「ねー。住んでる環境が段違いというか……」

「うんうん、坊主頭ぼうずあたまもめったに見ない」

「「……うん?」」


 時折のぞかせる発言の奇々怪々さ。

 思わず首を傾げて、意図をたずねようと口を開きかけると、


「あ、着いたね。じゃ私は本屋に行ってくる」

「お、おう……?」

「またねー」


 自動ドアに消え入るような背丈が、さっさと駆けていく。迷子センターに扱われないことを、祈っておこう。


 さて、それではここからがりんねの本領ほんりょう——ある種、モンスターとでも言えよう物買いの時間だ。


「よぉしみこと。まずは化粧品からだ!」

「おう。ぞんぶんに楽しめ」


 幕開け。その文字が脳裏にチラつくと、俺の手首はりんねに掴まれていた。


 そこからは雷撃戦のように、速攻のショッピングを繰り広げる。

 香りを充満させすぎぬように入り口手前につどった化粧品コーナーを、一切の無駄なく右往左往うおうさおう。慣れた手付きでテスターを試す様は、やはり日頃のメイクアップ趣味が手伝ってのことだ。

 その片手間にナチュラルメイクを施されかけたのは、語るに及ばない。


「次ぃ!」

「おう」


 狭所の雑貨屋へとみ入れる。

 細道が多く、種別組み分けもなされていないが故の人だかり。だが、袋小路に迷い着くこともなく、りんねは茶葉を手にレジへ。


 会計を済ませると、人の流れを読み取って店を後に。……どこでそんな技術を覚えたのか知らないが、よく耳にする満員電車というヤツも、りんねは耐え忍べる気がする。


「次~!」

「うん」


 そうやって、各地を転々と回っていく。げた紙袋は両腕にわりと負荷をかけ、さりとて、りんねがいい笑顔を見せるものだから相殺されて……


 本当に、幼馴染けん同居人という役回りは、気を許してしまう。普通、付き合ってもいないのに支払いをしたり、重い荷物を持ったりと、中々にストレスがたまる筈なのだが。


「楽しいね、みこと!」

「もちろんだ。……が、この量、バイクにめるか……?」

「イザとなれば頭の上に乗せる感じで」

「そんな平衡バランス感覚ねぇよ。あぁ、言い出しっぺなんたら、ってヤツか。楽しみにしてる」


 ずっしりと重量をうったえてくる袋をぶら提げて、俺は最終目的とやらに連行される。要するに、一日をかけたショッピングも大詰めになるワケだ。

 ともあれ、ここまで散々に同伴し続けたので、ここにきて労をいとうつもりはない。最後まで、りんねの助長に回るとしよう。


「ふっふーん、最後はアパレル、さ」

「外行きの服でも買うのか?」

「いんや、その逆。部屋着を買おうかなぁ、と」


 部屋着。……思えば、りんねは色々と服を仕舞い込んでいるくせに、部屋着に採用しているのは五着程度だった気がする。もはやコレクター気取りでは、と問うたところ、解っていないとドヤされた思い出があった。

 ただ、ハッキリ部屋着と明言したものを買うとなれば……


「えぇと、俺はなにをすれば?」

「センスを値踏みしてほしいんだよ。女の子にとって、部屋着ですらセンスが問われてしまうのだからね」

「あぁなるほど……」


 目に見えて結末がわかる。というか、今までりんねのラフな服装など、共通点しかない。


「じゃ、選んでくるねー」

「お、おう」


 思案することなどお構いなしに、黒髪がね踊っていく。

 いやしかし、一人取り残されても困るものだ。適当に服を見ているフリをしても、間違いなく声をかけられてしまうし……なにより、オシャレを気取るほど見た目にこだわれない。


「(……駄目だ、そんな考えだから高校生らしさが薄いんだ。よし、ここは張り切って俺もいいチョイスの服を……)」


 今までの考え方では、すこしも非高校生ぶりを脱却できまい。——いや、どうしてそんな理念に着想したのかは自分でも知らぬが、しかしそれで説明はつく。

 用も無いのにぶらついたり、友人と休日に遊んだり、楽しい近況を報告するような自撮りをしたり……きっと、自分はそういう普通にあこがれているのだろう。


 だから、この間は自転車で変に放浪ほうろうしていた。りんねとのショッピングも面倒だと思わない。


「(そうか。俺はそんなことを望んで……)」


 高校生でいる間は、それらしい普通が欲しい、と。最近になって不可解な行動をしている振り返りで、自分をき動かしていたその観念に気付いた。


 そうとわかれば、そう在るべきだ。

 靴先を転じ、紳士用服のコーナーにでも……


「お客様何をお探しでしょうか?」

「え、いや……」

「お客様はするどさを覆うような服装が似合っているかもしれません。例えばこちらの——」

「っぐ、いや、」

流行はやりを取り入れるとすれば、こちらを合わせて……あっ、試着が先ですね」

「試着⁉ い、いや、まだ何も、」


 恰幅かっぷくのイイ男性が、こちらに急接近。その恵体を活かすような服装はなんとも印象通りで、パリッと気前の良さげな雰囲気をかもし出している。


 ただし、頼んでもいないことだ。

 おまけに巨体は退路をふさぎ、試着室への道のみを開ける。アメフトにでも参加している錯覚さっかくに陥ってしまうのも時間の問題だろう。


「お客様——」

「おっ、見つけたよ、みこと」


 改めて自分の社交能力がとぼしいと思う。なにせ、男性の分厚い上半身から顔を出すりんねの助け舟がなければ、まんまと購買ルートを辿っていただろうから。


「おっと。……うん、ハハハ、私のツレなので、面倒は私が見るから大丈夫です」

「……そうですか。では、ごゆっくりと」


 あやしい微笑みに気圧され、男性は身を退く。


「助かった……ありがとな、りんね」

「えー、甲斐性かいしょうなしだなぁ。大丈夫? 私がついてないと、不安だよ」

「そんなこと——いや、確かに、こんな状況ばかりはそうだよな。……すまん」

「ハハハ、意外と内気だもんね。私がいないとダメなんだから、みことは」


 面目も立たない。

 思い直せば、りんねに救われたことは意外とがる。それも、今みたいな押し売り的セールスだったり、押し問答らしきものだったりと、単一的な状況で。

 そういう場を切り抜ける方法、そろそろ探し時なのやもしれない。


「さて、それじゃあ試着室の前でちょっと待っててね」

「選び終えたのか?」

「うん。……フフン、自信ありだぜぃ」

「……期待はしないでおく」


 麗影れいえいがカーテンに消えていく。もちろん、閉めざまのグッドサインは、ほとほと嫌な予感を感じさせるに充分。——予想は、だいたい付く。

 ひとまず俺はここで待つようにと言葉通り……


 いや、壁に背を預けるのは拙い。服の擦れ合う音が妙にリアルで、居心地いごこちが悪くなってしまう。


「…………」


 さっきの二の舞を踏まぬよう、今度は待ち人ありの待機姿勢。目をつむり、試着室とは別の壁に体重を預ける。

 戦いに出向く前のじっとりとした緊張があるのは、果たして着替えの音が背中に響いたからであろうか。否、またもキャッチじみた店員に話しかけられるのを恐れているから、と思いたい。


「————よっと、フフン。どうかな。いい感じ?」

「……っ」


 そんな思考の糸もどこ吹く風と、りんねはカーテンを開いた。

 率直そっちょくな感想を求められている。だから、ありのままを伝えるべきで。


「あぁ、……うん、すげぇ似合ってる。んだけど……お前、やっぱり軽い服装になるんだな」

「へ? そうかなぁ、自覚はないけど」

「だってお前、だいたい動きやすさ重視だろ?」

「うーん……うん、確かにね」


 忌憚きたんのない言葉の後に、予想通りがすぎて分析をくっつける。返ってくるのは、無自覚の煮え切らない返答だったが。

 自己分析というのは存外、難しいらしい。


「……お前らしさが出てるよ。なんというか、安心感がすごい」

「褒め慣れてないなぁ。まぁ、そこもまたみことらしい、けどね」


 キャミソールじみたノースリーブに、落ち着いた色合いの腿丈ももたけパンツ。機能性を確保してなお姿態したいを躍動させる恰好は、ホント、別の意味でに毒だ。

 なので、目を逸らしがちにただす。


「——これで全部完了、か?」

「うん。……うん、? あ、まだあるんだった!」

「じゃあ、それを」

「おっとと、最後の用事は守秘しゅひモノ。終わったら連絡するから、みことはどこかで暇を潰してきてほしいな」


 再び厚手のカーテンをへだてて、分厚い布地越しに会話する。

 時刻は夕方五時前。門限はないが、そろそろ帰っておかねば親の心配メッセージが届くことだろう。


 そこを弁えた上で、りんねはある程度の時間を申し上げた。


「……わかった。が、気ぃつけろよ、時間も時間だし、ナンパってのもあるだろうから」

「ふふふ、私にはかないね、ナンパそれ

「そりゃよかった」


 心配事も杞憂きゆうに終わるだろう。りんねはあれで、強いのだから。

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隣席ヒロイン図面構成 フー @steeleismybody

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