第4話
眼鏡の奥で、柔らかなスマイルがこちらを
席につく前に周りを見れば、カップル連れが多い。少々、というかずいぶん場違いな気がしてしまうけれど、りんねが上機嫌なのだから、特に意見はない。
「こちらの席では、メニューが決まり次第、呼び鈴を二度押してください。……
「…………は、い……?」
「では、ごゆるりと」
「まぁ、ただ料理が美味しい、ってだけじゃあ人気には昇らないんだろうけど、……なるほど、こういうシステムが高評価、なのかな?」
「かもな。
「えー、恋はキレイだよ? 体験しないなんて
「さぁな。まぁでも、ほら、会社で疲れ切ってるのに幸せそうな顔されたら、心がモヤッとするだろ。よっぽど心が広ければ、
ハート形に
もっと目を
「まぁ、ここらでぞんざいなトークは終わりだ。メニュー、何にする?」
「フフン、パンケーキは当然のこと。それからミルキーカフェラテに……あ、この蜂蜜パイをシェアする
「俺もパンケーキは当然として——ん、ソイラテか……このショコラマフィンと合わせるかな。で、えぇと……」
立てかけられたメニュー表から、選び
「……んん? あれ、もしや……みこと、緊張してるの?」
「馬鹿言え、それよりも、だな。……なんというか、気恥ずかしさが、」
「えぇ~⁉ ピュア、実にピュア‼」
「お前ホントにうざったいところがあるよな。……いいから、手ぇ重ねろ。ほら」
冷やかす目線が
ともかく、俺たちは腹を満たし欲を満たす、そんな目的でここに腰を落ち着かせたのだ。ここで
羞恥心など放り捨て、俺は手を合わせるよう促した。
「ほいほい、……えぇと」
「タイミングも重要かもな。
「がってん。んじゃ、一、二の三で。……行くよ」
大して重要視すべきじゃないことなのだろう。タイミングうんぬんは無いかもしれないし、そもそも店員のジョークだったかもしれない。
だけど、この時ばかりは素直に信じてしまって。
「一、二、の……三!」
「っと」
カウントの秒読みに乗せられたリズムに合わせ、二度、プッシュ。小気味良いベル音が続けて鳴る。
それから、さきほどのウェイターが来るまで数秒も掛からなかった。——
「ご注文、お決まりでしょうか?」
「っ、あぁえぇと」
「スペシャルパンケーキ二つに、ソイラテとミルキーカフェラテ、それとショコラマフィンに蜂蜜パイ——ぁ、パイは、二人分のお皿をください」
「————かしこまりました。今しばらく、ごゆるりと」
さらさらとペンを走らせて、注文を
会話の内容も、もしかすると聞き盗まれていたかもしれない。
「……ふぅー、つくづく空恐ろしい店、だな」
「なァに言ってるのさ。収集、大切だよ?」
「
「はっはっは、
待ち時間は、そんな会話ばかりだ。というか、初めて来店したのだから、少しそわそわしてしまうぐらいで精一杯。
噂の
「————お待たせ致しました。ご注文の品、すべてお揃いでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
「フフ……、では、どうかご堪能下さい」
ややあって、揃い踏みになった。
黄金色の
空気に触れただけで揺れるぐらいにフワフワな、ほろ苦いマフィン。
ともに芸術品と呼べるほどに細やかなクリーム細工が施されたラテ
そして——涎を誘う、至宝の逸品。
「……最初、けっこうイイ値段するなぁ、と思ったが」
「うん。納得」
「こりゃあ、脳裏に焼き付いちまうな。……リピーターが多い理由に、まずこの外見が含まれてそうだ」
運ばれたナイフとフォークの一式から、ひとまず磨き抜かれた銀色を
とりあえずナイフの刃先でバターを
「————」
「みこと。これ、ヤバい。かなり、凄い」
「わ、かってるさ。……絶対美味いだろ、こんなの……⁉」
クリームとバターとチョコソースに完成されたところを見る。
別段、疲れてもいないのに眼の前のモノが欲しい。さっさと
「ぐ、ぉ…………、だが
「うん、——いただきます!」
音を立てず、両手を合わせた。——開幕の合図。
もうここからは歯止めを無理矢理かけることもない、今すぐにでも対象物を切り分けて
「ぬぉお……ダメだぁ、まずいなぁ、本を読みふけっているとこんなところにぃ」
「————あ?」
「え?」
いや、というか……
「しまったなぁ。本を読みすぎて朝から何を食べていないぞぉ。なんという
「「…………?」」
少女がいた。俺たちの
丸テーブルと遜色ないぐらいにちびっこくて、ともすれば存在に気付けないぐらいにちんちくりん。
だが驚くべくは、その顔に見覚えがあること。
「あー困ってしまう、困ってしまった。なにか、なにか恵んでくれる
「……お、前……」
「——知り合い?」
「おぉッ、その声と顔はわが友、」
「知らねぇ。こんな
「なにをぅ、ともに人生とは
その鼻面がずずいっと近寄ってくる。垢ぬけぬ顔だと初見で思ったのに、一転、息が擦れ合う距離間で凝視してみれば
「ちょちょいと! あのさ、私が先約——というか、常識の
「いや、デートじゃな、」
「私に常識は通用しないぞキミ!」
指を立てて、自分を誇張する
ただし、それをりんねが許すはずがない。
ほぉれ見ろ立ち上がってナイフを握りしめて……
「なぁんだ一緒に食事をご
「うわぁいもふもふの甘味!」
「…………海よりも広い心だな」
三つ
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