第3話


 土曜日。

 次に来るのが日曜日で、使命を終えた金曜日の延長戦えんちょうせん。——当然、街はそれとなく活気が溢れており、老人ばかりの殺風景にちらちら若い人も見える。


 もちろん、運内うんだい家も例に漏れない。


「よぉッし、準備万端だぞみことぉ‼」

「財布も携帯もなしとか裸一貫はだかいっかんだろ」

「みことがいれば問題ナシ!」

「御免だ。さっさと化粧直しでもしてこい」


 早朝に起きてみれば、すぐ隣にはタイトスカートのりんねが立っていた。を整えた面を目の当たりにすると、つい別人じみた印象を受けるが……


 口調も性格もまるで変わらぬりんねなので、杜撰ずさんなところを指摘してやる。というか、鞄すら持たずにヘルメットをかついでいるのは、流石に阿呆だ。


 すると、


「んぉ、どこかに行くのか?」

「————あぁ。バイクに乗って街のほうにでも」

「おぉ! なら丁度よかった。お前のバイク、改造しておいたぜ!」

「……いや許可取れよ」


 りんねとれ違うように扉を開いてきた父親が、喜びにグッドサイン。

 さりとて得をするのは父親のしょうのみ。当の俺は、再び魔改造されたであろう愛車に、想いを馳せるだけである。期待八割の様子を見るに、エンジンに細工さいくをしたんだろう。


「大丈夫だ、いつもの二割増しで早く着くから」

「頼んでねぇよ……、えぇと、一応、法定速度は守れるんだよ、な?」

「ハッ、法外にするのは俺の愛車だけさ。お前のは瀬戸際せとぎわ、ってところだ」

「…………そりゃまたどうも」


 するつもりもない感謝をする。まぁ、いつも通りだ。


「よし、旅支度たびじたくは済んだよみこと‼」

「……そのカラコン外したら、大丈夫だな」


 そう、いつも通り。

 こうやって的外れな同居人が何をしようとも、いつも通りで済む。




「フゥー、速ぁいー‼」

「喋るな、舌んでも知らんぞ」

「いつもは噛まないもんね」

「こいついつも通りじゃねぇんだよ。……しょうじきアクセル踏みすぎるの怖くて、操縦ハンドルどころじゃぬぉぁぁあぁぁあぁあっ⁉」


 公道をはしるバイク。

 その危うげな車体バランスをどうにか体重で押さえこんでやるのも一苦労だが——いつも通りじゃない、なんて失言を聞き次第しだい、脚を重ねてくるりんねの対処もまた一苦労だ。


 りんねのつま先がアクセルを一挙いっきょ、踏み抜く。トップスピード。

 亜音速あおんそくの壁を貫いたような感覚が、襲ってくる。


 ひとまず、急加速にくらんだ瞳をあわてて戻し、ここぞとばかりにバックヘッド。ヘルメット越しの手応えを感じた。


「ぁ痛⁉」

「バっカ野郎、アクセル踏み抜くな⁉」

「美しいモノはそのままであるべきだよ。そう、この車体が披露ひろうできるベストパフォーマンスを押し上げるのもまた美しさを、」

「だから、喋るなって」


 ニワトリよりも五月蠅うるさくくやんややんやと騒ぐりんね。そこに静かにするようせつに願いつつ、手頃な駐輪場でも探すとする。



「いやぁ、楽しかったね」

「命日かと思った」

「ハハ、刺激的だったでしょ? 感情も出てきたんじゃない?」

「感情っつーか……命の危機管理が本能ほんのう持ってきたというか」


 煉瓦造れんがづくりの道を並んで歩く。街路樹が手頃なひさしになっているのをいいことに、の光は心配無用だ。


 ここは大型デパートと有名テナントの集合地帯。都合行きう人々はオシャレだし、なにやら〝映え〟を狙う人のなんと多いことか。二人組で笑顔を咲かせる人影もずいぶん多い。


「なん、というか……やっぱりウチ近辺きんぺんは田舎だよな」

「比べる対象が違う気もするけど——ま、否定はしないね。一番は、若い人がすっごくいるってことに尽きると思うけどさ」

「それだな。……で。最初にどこに行くか、だが」

「あ、じゃあカフェに行こう」

「ん?」


 ややもせず人差し指を立てたりんね。

 普通ふつう、アミューズメント施設だとか、ショッピング始まりだとか……少なくとも、いきなり休憩を示すようなことはない気もするが。


「フフン。あそこのカフェ——新設らしいんだけど、パンケーキが絶品なんだ。それこそ、急いで行列に並ぶぐらいに、ね」

「それを食いたい、と」

「女子はスイーツに弱いんだよ、みこと。覚えておきたまえ」

「……善処ぜんしょする」


 初めに爪先が向いたのはカフェ。——開店早々にして、蛇行だこうした列が、気配りのある待機椅子に腰を落ち着かせていた。顔色かおいろを見るに、本日の予定にロスタイムが起こらないぐらいには待っていないようだが。


 まぁ混み合い状況がどうであれ、その気になったりんねは止まらない。


「ふっふーん。甘いもの、みことも大丈夫だもんね?」

「まぁな。……お前に隠してある甘味処かんみどころがあるぐらいには」

「私に隠し事? お高く付くのに」

「誘わなけりゃノーマネーだ」


 向こう二〇人ほどの待機を、なんとなしな話でつなぐ。


「思えば、こうやって二人で出かけるのも何年ぶりかな……」

「————。いや、四日ぶりだろ」

「こうやって落ち着いて、何気ない話ができるのなんて、もう何年も前で……」

「いや、昨日ぶりだろ」

風情ふぜいなし甲斐性かいしょうなし男めッ」


 どうも猪口才ちょこざいな口先を重ねるりんね。もっとも、こうやって昔を懐かしむように語らい出すのもいつも通りだから、今に始まったことじゃない。


 なので、りんねとの過去を思い出すのは難しくない。常套句じょうとうくかと疑うばかりの回数を、出会ったばかりの頃やら好物がわかった時、笑い合った日なんて細かな話題として共有され続けているのだ。


「そうだ。……えぇと、不躾だとは思うが——昨日、自転車を何気なくめた時に、妙な女に絡まれたんだよ」

「……え? いや、いやいや、みことに話しける意味なんてなくない?」

「あぁ、自負してる。だから不思議だよな。なんで俺に——面白味の欠けるようなやつに、話し掛けようなんざ思うのか」

「うーん……類は友を呼ぶ?」

「失礼なヤツだな」


 り起こすも馬鹿馬鹿しい、いやに文学ちっくな少女。のんびりした小柄なくせに、どこか的確に言い当てる節があった。

 あのたたずまいはひどく珍しかったので、どうも焼き付いたようだ。


「ぉ、もうそろそろ、だね」

「待ち時間、そうでもなかったな。……なんか理由がある、のか……?」

「回転率が高いのはむしろいいところだよ。もしかしたら、小規模な店に見えて、とんでもない統率者リーダーがいたり、——ってないか」

「まぁ裏方事情はいつだってわからんさ。受け手はいつも、知らないからこその意見しか言えない」


 ゆったりと立ち上がり、すぐに案内された前の組を見がてら、席を座り直す。


 すこし身を乗り出して店内を見れば、なるほど、と納得してしまった。


「……とんでもなく広いな」

「えっ? ……わっ、ホントだ。っていうか——明らかに、外見で解る広さじゃないよね。眼の錯覚トリック、ってヤツかな?」

「————なるほど。すこし分かりづらいが……あぁ、くぼんでる。地下二階分ぐらい、高低差を利用してるみたいだ」


 ウェイターが忙しなく駆け回る店内は、広々ひろびろ空間。

 俺は位置合いでからくも読み取れたものの、りんねの待合まちあいスペースからは気付けないぐらいには周到だ。——こんな風に視覚トリックを扱う店舗があるのは驚いた。


「……学校祭で、クラス展示の時にトリックアートブース、みたいなのをやったんだよな。その時に、同じようなものを作ってたやつがいたよ」

「へぇー……面白いコト考えるね!」

「というか、よくそこに着想ちゃくそうするよなぁ、こういうの。……作り手のこだわり、ってヤツなのかもな」


 一服いっぷく気分だったのに、普通に感心してしまった。こういう日常にあるたくみな造物は、いつのまにか本来の目的を奪いに来るのだから憎たらしい。


 すると、出口側から数名が退店。ワインレッドのエプロン姿で、好印象な笑顔の店員がこちらに歩んできた。


二名様にめいさま、ですか?」

「はい」

「ご来店ありがとうございます、では……ご案内のほどを」

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