第12話 水面下での準備。



* 休暇中の虐めるメイド *


 お嬢様が王都に行っている間、お嬢様付きのわたしは休暇を貰い、故郷へと戻ってきた。

 と、言っても実家に寄るつもりはこれっぽっちもないけど。

 元は大きな町とも言えるそこは、今は空き家が目立つため、本当に寂れた元町と言った様子で、今は人口的に村でしかない。

 旦那様はここの統治は代理を置いたきりで視察にもこない。

 だから、外から見ただけで、すでに銀をほぼ取り尽くしているという状況が分かるとは思っていない。

 思わず笑みが浮かぶ。

 本来ならここの土地を持参金代わりにされても、何の旨味も無いと思うだろう。

 だけど、渓谷のお向かいさんに鉱山の欠片とも言える土地を持つカヴァルーン侯爵は、どう思うだろう。

 私は町を眺めるのを止め、管理事務所に向かう。

「こんにちは」

「あん? なんだ、嬢ちゃんは」

「伯爵家から来た者よ」


 私の言葉に彼らの表情が変わる。

 嫌悪だろうか。まぁ、放置されすぎてるのだから伯爵家の使用人だろうとなんだろうと、言いたい事など山のようにあるのだろう。


「銀の採掘量なら」

「違うわ。私は銀の話をしに来たのではないの。そんな権限頂いてないもの」

「は? じゃあ、伯爵家の人間がこんなところになんの用だ?」

「今度、伯爵家のお嬢様が結婚なさるかもしれないの。そのお嬢様のために、装飾品が欲しいのよ」

「……それで、何故、こっちに来るんだ?」

「ここで採取した石で装飾品を作るからよ」

「は? どういうことだ? 銀では無く?」


 戸惑う彼に私は鞄から一つの小袋を取り出して、机に置く。


「前金よ。十歳以下の子供達に、ここの残土から、綺麗な石を探し出させなさい。いい? 大人が手伝っても良いけど、選ぶ基準は子供達にさせなさい。そして彼らから、結婚祝いのものだといって渡させるの」

「お、おい。ちょっと待ってくれよ」

「お嬢様は心優しい出来た方ですから、そのお祝いの品を喜んで受けとるでしょう。それとも貴方達大人が準備をしますか? 貴族の令嬢に相応しい贈り物を」


 それこそいつでるか分からない銀を見つけて装飾品にしないといけないだろう。

 その場合は宝石だって必要になるはずだ。この町にそんな金はない。

 私の言葉に彼は、返す言葉も無くなったのか、小袋を見る。


「……前金だと言ったな」

「ええ。適当に選ばれては困るもの。子供達が本気で選び、そして選別する。それに価値があるの。その価値が認められたら残りの金は渡すわ」

「……断ったら?」

「貴方達の生活がよりきつくなるだけよ。ああ、これは子供達への給金よ。貴方にも必要?」


 問えば彼は首を横に振った。


「……子供が罰せられることは?」

「無いわ。言ったでしょう? お嬢様は心優しい出来た方、だと」


 信じられないと言いたそうな顔だったが、彼は頷いた。

 そうするしかないと分かって居るのだろう。

 数種類の石を残土から見本品として私が選び、彼に渡す。

 平民達がオシャレに使う石と同じような物を選べばいいと分かったのだろう。彼はほっとしたように見えた。

 少なくとも、子供が出来る精一杯のお祝いだと受けとって貰えると理解したのだろう。

 後は任せて管理事務所から出る。

 さて、この後は、隣町にでも寄って、お土産でも買って帰ろう。





* 虐められるのはお休み中なお嬢様 *



 デビュタント・ボール。

 王族に、成人を認められる貴族にとっては一大イベント。

 真っ白なドレスを着て、挨拶を行い、そして花を受け取る事で王族に成人を祝って貰ったという事になる。

 主に行うのは王と王妃。時折、王と王子、や、王と姫などもあるらしいけど、基本は王様に認めて貰う行事である。

 緊張しすぎて、口から心臓が飛び出そうになったが、なんとか乗り切った。


「何をしている。来い」


 わたしとしては休憩したいところだけど、お父様はそんな事許さない。

 わたしを急かして、わたしを買い取ってくれるかもしれない方々の所へと歩き出す。


「いいか。前みたいな失敗は許さないからな」

「はい。お父様。分かっております」


 そのために、早くから王都に来て、色々なものを見て回ったのは分かってます。

 ……でも、難しいよ。素人の目には、安いのも高いのも同じにしか見えないもん。

 早くコズミックの元に帰りたい……。

 ああ、でも。コズミックがおすすめしていた、カヴァルーン侯爵には気に入られるよう頑張らなきゃ……。

 ……でも頑張るって、何を頑張ればいいんだろう……。



 お父様は飛び地となっている領地をわたしの持参金代わりに持たせる事を決めたらしい。

 その飛び地周辺の領主達に主に声をかけているようだった。

 領主様たちの多くはお父様よりも年上だった。そのため、挨拶を行った方々はわたしを見て、先代の夫人、つまり、お祖母様にとても似ていると口にする。

 そしてその度に、お父様の頬がぴくぴくと動くのが分かる。

 お屋敷に戻ったら荒れそう……。

 笑顔を必死に保ちながらわたしはそんな事を思った。

 ああ……。こんなことなら、離れでコズミックに虐められてる方が楽で良いなぁ。

 どこに観客がいるのか分からない気の抜けないお芝居だけど、頑張れば、カメラがない時にはご褒美貰えるもの……。

 ああ、早く終わらないかなぁ……。お腹痛くなりそう……。


 





‡ 虐めるメイド ‡


「うわ。あんたまた……ゲテモノを……」

「んー? だってせっかくお嬢様が帰ってきたんだよ? 今まではお披露目の影響で手出し禁止だったけど、それも終わったわけでしょ? なら、いいじゃない?」

「川蛇って毒が有るんでしょ?」

「死ぬような毒じゃ無いし。ああ、でも一応、あんたは触らないでね」

「触りたくないわよ。そんなぬるぬるして、うねうね動くヤツ!」

「そうだ。頭切り落としたら、奥様に持っていく?」

「はぁ!?」

「今度はこんな気持ち悪いやつを食べさせたそうですよ、と」

「それ、持っていった私が怒られない!?」

「ち。ばれちゃった」

「ちょっとミック!!」

「はいはい、私が悪かったから邪魔しないでよ。こっちはお腹から捌くか、背中から捌くか真剣に悩んでるんだから」

「……どうでもいいことに悩んでるわね」

「え? まるまる一本、途中で切れないようにってするにはどうしたらいいか、って悩むのは重要な事じゃない? 見た目的に」

「……ごめん。私が悪かったわ……」


 口元を抑えて、少し青ざめながら彼女は謝り、そのまま立ち去っていく。

 それを見送った後、わたしはもう一度川蛇を見つめる。


「関東風とか関西風とかどっちがどっちか分からないけど……素人的にはどっちが成功しやすいのかしら?」


 未だ逃げだそうとしてうねうねと動く、活きの良い川蛇を私は真剣に見つめ、そして、消毒した錐で絞めると背開きを開始する。





 ‡ 虐められる令嬢 ‡



 今日はわたしの婚約がコズミックの狙い通り、カヴァルーン侯爵様に決まりそうという事で、コズミックが「お祝いならこれです!」と「オジュウ」なるものを作ってきてくれた。

 王都から帰ってきて、体力を落としていた時にも作ってくれた川蛇を、馬の餌を白くなるまで皮を削り、炊くという水で煮込むのと何が違うのかよくわからない料理の仕方をした餌の上にのせた、聞こえてくる単語と焦げ目のある黒い茶色の見た目は非常に悪く、そしてそれらに反してとてもおいしそうなニオイと、実際においしくて滋養のある料理である。

 今回はウマキもあるそうです。ウマキって何? って聞いたら、川蛇の身を包んだ卵焼きで、どうやったらこんなにくるくる巻けるのか不思議。


「お嬢様、お嬢様の婚約が決まったので、旦那様はすぐに動こうとするでしょう。お嬢様の嫁入りのための荷物も旦那様が勝手に決めて、お嬢様にはそのまま着の身着のまま移動させてしまうかもしれません」

「え!? それは困る!」


 そりゃ、お父様からしたらゴミのようなものでもわたしにとっては大事な物がたくさんある。

 コズミックからは密かに誕生日プレゼントだって貰ってるし、わたしが自力で稼いだお金だってあるし。いつか、結婚して出て行く時に使いたいって作ったリボンだってある。

 それに何よりお母様の形見だってある。


「はい。なので、夜にお嬢様の大事な荷物を私の部屋に移動させます。よろしいですか?」

「お願いします!」


 コズミックの提案にはもちろん二つ返事だ。

 わたしの大事なものは全て目に付かないところに置いてある。

 時折気まぐれでやってくる奥様やお嬢様が、わたしが大切にしている物があると壊したり奪っていったりするからだ。


「ねぇ、コズミック」

「はい、なんでしょう」

「コズミックも一緒に行けるよね?」

「私はお嬢様付きのメイドですよ。もちろんご一緒します」


 その言葉にとっても安堵した。

 彼女がいればどんな土地だってやっていけるだろう。

 たとえ、侯爵様がどんな人であっても。


「そういえば、お嬢様」

「なに?」

「カヴァルーン侯爵様はどうだったのです?」

「どうって?」

「男性として、といいますか、夫となる方として」

「うーん……。分かんない。優しそうな人ではあったけど、その人の人間性なんてそう簡単にわかるもんじゃないし?」


 コズミックを見れば、どうしたってそう思う。

 コズミックはわたしをいじめていると周りの人に見せかけて、わたしを守っているのだから。


「あらまぁ……。じゃあ、最悪は嫁ぎ先から夜逃げも考えましょうか」

「ふふ、それは本当に最後の手段ね」


 婚約のお祝いをしてる時に話す内容ではないけれど、これからもコズミックと一緒にいられるのだ、と思ったら、楽しくて、オジュウもおいしくて、わたしの顔には自然と笑顔が浮かんだ。


「ねぇ、コズミック」

「なんでしょう」

「いつか、コズミックの事も話してくれる?」

「わたくしの事ですか?」

「そう。コズミックの家族の事とか、なんで、わたしのこと守ってくれるのかな、とか、魔法のアレコレとか、色々」


 あと、たまぁーに思うんだけど、人の心、読めたりしない?


「別にどこにでもありふれた話ですよ? 何にも考えずに子供をドンドン産む親が居て、下の子が口減らしに殺される前に兄と私が家を出た。そして、ここに働きに来た。ただそれだけです」


 わたしの言葉にコズミックはどうって事ないように話す。


「それに、お嬢様を守ろうと思ったわけではないのですよ、初めは。ただ自分がやりたくない事をやらなかっただけです」


 コズミックはわたしの頭を撫でる。


「もちろん、今はお嬢様が好きだから守ってます」

「ありがとう。わたしもコズミックのこと、大好き」


 もしかしたら、わたしは、家に置いてきた下の子の代わりだったのかも知れない。

 それでも、助けられたことは本当だし、感謝してる。


「……もし、侯爵様が良い人だった……。コズミックの下の子達、雇えるようにお願いしてみようか?」


 すぐには無理かも知れないけど、でもコズミックに何か恩返しがしたい。

 だが、コズミックは頭を横に振った。


「そのような配慮は不要です。そのような事をしたら、あの両親はその子供の稼ぎを当てにしますから」

「でも……」

「そもそもほとんど、もうあの家にはいないのです」

「え?」

「三番目の子は、とある商人がはした金であの両親から買いました。四番目の子は、冒険者が荷物持ちに欲しいといって、やはりはした金で買いました。五番目の子は」


 五人!? 本当に多い。というか皆売られてるの!?


「三番目を買った商人が買っていきました。六番目と七番目は別の商人が買いました」

「……」


 あまりの内容に言葉が出ない。


「六番目と七番目の時には、値上げ交渉を試みようとしたようですが、まぁ、本物の商人に勝てるわけありませんね。逆に安く購入できたそうですよ」


 そんな…………。

 コズミックの弟妹がその後どうなったのか……。恐ろしい想像しか出来ない。

 淡々と話すコズミックは逆に、感情を押し殺さないとまともに話せないのではないか、と心配になる。


「そんな顔をしないでください。お嬢様」

「でも……」

「商人達は全員代理人なんですよ」

「代理人?」

「ええ。本当の購入者は、私と兄です」

「……え……?」


 言われた事を理解出来ずに、瞬いているとコズミックはいつもの不敵な笑みを浮かべた。


「三番目は優秀だったので、きちんとした学校に通わせたかったのです。ですが、弟のためにと仕送りしたところで、あの両親が使うだろうというのが私達の判断でした。そこで、商人に頼み込んで、弟を引き取って貰う事にしました。あっさりと二束三文で売り払った両親に、私と兄は見切りをつけ、他の子達も買い取る事にしたのです。そうすれば、売られたあの子達は親の面倒を見る必要はありませんから」


 しれっと話すコズミックに言葉がでない。

 やっと出た言葉はなんともいえないものだった。


「……うん。流石コズミック」

「ありがとうございます」


 いや、うん、ホント。感動したというか、感心したというか。

 やっぱりコズミックは凄い。と本気で思った。


 








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