第13話 ロケットペンダント
‡ 虐めるメイド ‡
エメラルダお嬢様の機嫌がすこぶる悪い。
お嬢様の嫁ぎ先が「侯爵家」だからだろう。
お嬢様から容姿については特になかったが、カヴァルーン侯爵様はそれなりに顔も整っているらしい。なので、お嬢様が嫁に行くくらいなら自分が行くと口にしているらしい。
もっとも旦那様は、エメラルダお嬢様はもっと上を狙えると思っているので、同意することはないだろう。
ただ、このままだと不味い。
「旦那様、エメラルダお嬢様を止めた方がよろしいのではないでしょうか、お嬢様に対して何か行ってしまいそうで……。令嬢としての商品価値を下げてしまうかもしれません」
「確かに、傷など付けられては困るな。お前達、エメラルダがアレに会わないように手を回せ、私からも言ってはおくが、下の者を使って何かしないよう、全員に強く命じておくように」
「かしこまりました」
執事と従者が頭を下げて命令を受けます。
わたしも旦那様に頭を下げ、エメラルダお嬢様の方ではなく、奥様の方に向かう。
こちらも荒れてはいるけれど、まだ話は通る。
なぜなら奥様は旦那様がエメラルダお嬢様を、王子妃や公爵家のご子息の元に嫁がせようとしている事を知っている。なら、さっさとお嬢様を売り払って金を得て贅沢をしたいと考えるだろう。その得た金で愛娘を着飾らせ、上の方々の目に止まる方が良いと思っているのだ。
奥様が廊下の向こうからやってくる。
私は廊下の端により、奥様が通るのを待つ。
私のところに来たところで、ガシャンとなにかが割れる音が聞こえてきた。
皆の視線が音がした方へと向けられる。
「今の音は?」
と、私が呟くと。
「お嬢様でしょうか?」
と、これまた誰かが無意識に答え、それに対し、奥様の表情に不快感が表れて、口にした者は慌てて口を閉ざす。
「……カヴァルーン侯爵様が、というよりも、幸せになる事が許せないのでしょうか?」
私がぽつりと呟くと、奥様の視線が向けられた。
「旦那様がもっと良い方を見つけてくださるとおっしゃっています。それでもカヴァルーン侯爵様に拘るのは、侯爵様に思いをよせられたのか、もしくは、と思ったのです」
「……そうかも知れないわね。確かにあの子の好みではあるけれど、田舎に行くほどの情熱があるとは思えないわ」
「……」
「あの薄汚い者が幸せになるのが許せないのでしょうよ」
その言葉に静かに感慨深く頷いて、思いついたように顔を上げます。
「奥様、良案がございます!」
「良案?」
「はい。嫁入りなのですからお付きが一人居てもおかしくありませんよね? それを利用しましょう」
「利用?」
「はい。私、今まで通り、カヴァルーンでもお嬢様にお仕えしたいと存じます。ようは今まで通りであれば、エメラルダお嬢様も満足なさるかと」
「……侯爵家の者の目を盗んでということ? アレが告げ口したら意味がないじゃない」
「そこは出来ないようにするのです。何かございませんか? 自ら口を閉ざす秘密や……そうですね、大事な物などを盾にしてはいかがでしょう」
「ああ……、なるほど。それならいいのが有るわ」
ふふっ。と弧を描く奥様の唇。
赤い紅がお似合いの笑顔ですよ、奥様。
「あれの母親の形見があるわ。それを使えば嫌でも口を閉ざすでしょう」
「流石です奥様!」
付いてきなさいと言われて向かったのは旦那様の書斎。
旦那様は今、お嬢様に色々注意をしているのだろう。
奥様は旦那様の執務机へと向かい、小さな木箱を取り出した。
「これよ」
「中を拝見しても?」
構わないというので、開けてみるとロケットペンダントが入っていた。
中を確認して、笑みが浮かぶ。
「なるほど、これはとても強力で御座いますね。お嬢様も喜んで従ってくださるでしょう」
赤子を抱いた女性。
その女性が誰か、一目瞭然で、わたしの表情も自ずと、口端が上がってしまうのであった。
‡ 売られる令嬢 ‡
わたしの旦那様となるカヴァルーン侯爵様がいらっしゃいました。
そのため朝から本邸に呼び出されてお出迎えの準備をすることになりました。
わたしの今日の仕事はお父様の横で静かに佇み、時折話しかけられた時はそつない回答をするだけ。
「ではこれから教会に行き婚姻届を出してしまいましょう!」
……え?
お父様の言葉にわたしは思わず、笑顔を消してお父様を見た。
「よろしいのですか?」
カヴァルーン侯爵様が父に、いや、わたしに対し確認を取ってくる。
「冬の間は行き来が出来なくなります。不慣れな土地に一人閉じ込められる形になります、それでも良いのですか?」
「ええ! 娘もカヴァルーン侯爵様の事を慕っておりますから。来年の春など待っていられないでしょう! なぁ?」
「えぇ」
侯爵はわたしに質問したはずなのに、お父様が答え、そして、こちらに向けられた顔は、同意以外許さないという顔をしていた。
ああ、でも。それなら。
「不安があるというのならば、メイドを一人つけましょう。これの話相手がいれば、冬の間閉じ込められるとしてもなんの問題はないでしょう。そうだろう?」
あら、わたしが何か言う前にお父様が話をつけてくれた。すっごく助かります。
「はい。お父様。侯爵様がお嫌で無ければ、わたくしは共にカヴァルーン侯爵領へと向かいたいと思います」
「……そうですか。ではそうしましょう」
こうして、さっさとわたしを赤字にしかならない領地と共に売り払いたい父の思惑により、その日のうちに教会で婚姻の誓約書を交わした。
伯爵家に戻る馬車の中、カヴァルーン侯爵様はじっとわたしを見ていた。
「なんでしょう?」
「貴方はもう、侯爵夫人です。その自覚はありますか?」
「……いえ、ありませんでした。気をつけます」
「ええ。そうしてください。もちろん、伯爵家に着いても、です」
「……はい」
どういう意味だろう。
そう思いながらも小さく頷いた。
‡ 虐めるメイド ‡
いやぁ、早い早い。
カヴァルーン侯爵に別の侯爵家から縁談が来ていると知った旦那様は、反故にされてしまう前にさっさとお嬢様を売り払う事を決めたようだ。
カヴァルーン侯爵が領地に戻る前に挨拶に来ただけなのに、娘と婚姻してから領地に向かえば良いと言い出して、必要な書類を持って教会に行ってしまわれた。
教会と城。その両方で手続きを終わらせていれば、披露宴はあとからでも構わないからね。
そしてお嬢様の旅の相手と、冬でほとんど身動き出来ない館での話相手にと選ばれたのが当然私だ。
今日中に出発できるようにと、お嬢様達が教会に向かっている間、私も自分の荷物を纏める事になった。
お嬢様の荷物?
お嬢様の荷物なら、今エメラルダお嬢様付きのメイド達が、エメラルダお嬢様の着なくなったドレスから適当な者を見繕って詰めている。
離れの荷物なんて誰も纏めるつもりはない。
もちろんお嬢様自身にもその時間は与えられないだろう。
だって、恥でしかないのだから。伯爵家令嬢の持ち物として相応しくないものばかりなのだから。
「エメラルダお嬢様の服、お嬢様に着こなせるかしら?」
くすり、と笑みを浮かべながら呟く。
「それは無理じゃない? 体型が違い過ぎるもの」
「そうよね。胸、作ってあげるべきかしら?」
「ドレスを脱がせたあとの侯爵様がガッカリしそうね」
「ああ残念、とても否定出来ないわ」
くすりくすりとわたし達は最後まで、お嬢様を馬鹿にする。
二つ目の鞄を閉ざしたところでわたしは告げる。
「あとは処分ね。貰う物があったら貰って」
「ろくな物残ってないじゃない。まぁ、いいわ。ありがたく貰って手ぬぐいとかに使うわ」
同僚との別れもそんなあっさりとしたもの。
あのペンダントだけは首から見える位置に下げる。
「カヴァルーン侯爵様ってどんな方かしらね」
「さぁ。お嬢様があれだけ惚れ込んだんだから、美形なんじゃない?」
そんなたわいない会話をしながらわたし達は、それぞれの両手に私の荷物を持って部屋を去った。
さようなら。誰も彼もが信用出来なかった伯爵家。
‡ 虐められる元お嬢様 ‡
お父様の本気度が凄い。
むしろここまでするとかえって怪しいんじゃってくらい、わたしを追い出しにかかっている。
伯爵家に戻ってきたら、わたしの旅支度は終わっていた。
あとは、わたしがもう少し移動しやすい格好に着替えれば終わりという所まで準備が終わっていた。
きっとカヴァルーン侯爵も気付いてるよね。
「しかし、驚きました。伯爵は実に愛情深い。銀が取れると有名な、ベレスク山脈一帯をお嬢様にお譲りするとは」
「はっはっは。カヴァルーンはここから遠いですからな。娘が必要な時に、何もしてやれない事も多いでしょう。そう思えば、これぐらいは」
退出する前に聞こえた侯爵の言葉が、皮肉って聞こえた。
どうぞ、こちらに。とわたしを案内するメイドは、よりにもよってお嬢様付きかぁ。
こういう場合、まだ奥様付きの方が加減が聞いて良いのだけど……。
やってはいけない境界線をしっかりと躾けられてるんだけど、お嬢様付きは、お嬢様がその辺ちょっと曖昧だから、こういう時、怖い。
案内された客室では、お嬢様が居て、さらにいやーな予感がした。
お嬢様はわたしを見て、笑う。
「別に心配しなくても、もう今更何かをする気はないわ。さっさと着替えなさい」
と、お嬢様は言ったのだけど。
わたし、長旅に適した服に着替えるはずだったのですが、何故コルセットがあるのでしょうか。
言いたくても言えない。
お嬢様のメイド達にさっさと衣服が脱がされ、コルセットがセットされ、思いっきり締め付けてくる。
無理無理無理無理!!
もはや、呼吸する事も難しいっていうくらい、キツキツだ。
でも、それがわからないようにか、コルセットの上から布を巻き、コルセットを装着してないように見せるのだ。
髪も信じられないぐらい引っ張られ、縛られる。
靴も紐をギッチギチに締めていく。
頭のてっぺんから足先まで全部痛い!
「ふ。少しは令嬢らしくなったのではなくて?」
お嬢様はそう言って、わたしを部屋から追い出した。
もう早く出発して、どこかで馬車に酔ったとか言って止めて貰って、緩めた方がきっと良い。
そう考えて、わたしはカヴァルーン侯爵が待つ応接室へと向かった。
「お待たせしました」
「おぉ、準備が出来たようですな。それではカヴァルーン侯爵、私共の都合で足止めしてしまい、申し訳ない」
「いえ、構いませんよ。お嬢様をこんなに早く娶る事が出来たのですから」
そう言ってカヴァルーン侯爵はわたしの前に来て、手を差し出した。
エスコートだ。
そっと手を乗せて、カヴァルーン侯爵を見あげる。彼はにこりと笑い、歩き出した。
エントランスには見送りの者達が来ている。
「カヴァルーン侯爵。こちらが、彼女の世話役のメイドです」
「コズミックと申します」
奥様の言葉にコズミックがメイドとして礼をした。
カヴァルーン侯爵は何故か少し首を傾げた。
「カモミール嬢に付くのは話相手としてのメイドでしょう? ならば年の近そうな彼女の方がよろしいのでは?」
そう言ってカヴァルーン侯爵が示したのは、この中で一番若いメイドだ。
そのメイドはメイドで驚いた用にわたしですか? と示している。
「……お嬢様」
コズミックが呼んだので、顔を向けると彼女は胸元に飾ってあったロケットを握り絞めて、わたしを見た。
「お嬢様は、わたくしよりも、彼女の方がよろしいのでしょうか?」
今度は手の平にあったロケットを見るように顔を落とす。
「奥様や旦那様からも信頼を得ていたつもりでしたが……。私はお嬢様からの信頼を得られなかったのでしょうか?」
そして、またぎゅぅーっとロケットを握りしめる。
「いえ、そんな事ありません。わたくしはコズミックと共にカヴァルーンへ向かいたいです」
コズミックと一緒じゃないのは困る。それはわたしの本心なんだけど……。
そのロケット、なんですか? と聞きたいのもわたしの本心です。
「あのカヴァルーン侯爵様。わたくしの専属は彼女なのです。そのカヴァルーン様が示した者はわたくしとかかわる所では働いていなかったので、顔を見るのは今日が初めてな者ですから……話相手としては……」
「おや? そうですか? ではそのように」
笑顔と共に同意してくれたので、わたしはホッとした。
「カヴァルーン侯爵」
エントランスから出て、馬車に乗ろうとしたところで奥様がカヴァルーン侯爵に話しかけてきた。
「行く途中、ベレスク山脈の麓にあるプリアへ寄って貰えませんか?」
「プリアですか?」
「ええ、彼女が所有する領地ですわ。近々、彼女が結婚する事を領民達には伝えてあります。きっと彼女に相応しい装飾品を用意しているはずですわ」
微笑みながら言う奥様がちょっと怖い。
でもわたしがちょっと毒々しいなって思う笑顔はそう見えないのかも知れない、カヴァルーン侯爵は感心したように、頷いて、必ずと約束していました。
こうして、わたし達は馬車で旅立つ事になったのだけど……。
馬車、コズミックと別。
死ぬかも……。
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