第11話 誕生日



 * 苛めるメイド *


 わたしが離れの令嬢、雑草令嬢と呼ばれるお嬢様付きのメイドになって数年。

 わたしは、お嬢様の誕生日を祝うという、貴族ではわりと当たり前の行事の準備を、務めて数年経った今、初めて行っている。

 つまり、普段なら祝うなんて事絶対しないのに、今日は祝うということだ。

 何故ならお嬢様は、本日、成人を迎える。

 つまり旦那様達からすれば、ついに、出荷が行えるようになるわけだ。

 いやぁ。長かった、長かったねぇ。


「お嬢様分かっていますね。今日のお客様は、お嬢様にとって、とってもとっても大事な人達ですよ」

「分かっているわ」

「上手く買い手に媚びを売ってくださいね。じゃないと、とんだ赤字ですから」

「……分かってるわ」


 表情の強ばったお嬢様の肩に両手を勢いよく降ろす。

 お嬢様はびっくりして背筋を伸ばした。


「旦那様から頂いた資料は?」

「……見たわ」

「注意事項は?」

「もちろん、覚えたわ」


 その答えにわたしは笑顔を向ける。


「なら、大丈夫ですよ。お嬢様。お嬢様を高く買い取ってくれる素敵な旦那様がきっといらっしゃいます。さぁ、準備は出来ましたよ」


 お嬢様は一度深呼吸して立ち上がり、客間から出て行った。


「ミック、聞かれると不味いんじゃない?」

「お客様にでも聞かれなきゃ問題ないでしょ」


 手伝ってくれたメイド達と共に片付けを始める。

 

「実際、変なのに捕まったら旦那様の機嫌が悪くなって私達に被害が及ぶんだもの。釘を刺すのは当然でしょ」

「それもそうね」








 * 苛められる令嬢 *


 わたしの成人の誕生日が近づいてくると、まともな食事がお屋敷から用意されるようになったようだ。

 お父様が肉付きが悪いと抱き心地も悪いだろうって言ったかららしい。

 最低ではなかろうか。そう思ったけど口にはしなかった。

 あと、同じ理由でお肌の手入れも行われる事になった。やっぱり最低だと思う。


 一応念のため、コズミックがお休みの日は、その前日から日持ちするパンなどをこっそり隠して、それを食べている。

 無いと思うけど、気に入らないからってお嬢様付きのメイドが下痢を起こす薬とか入れてる可能性はあるし。


「お嬢様、こちらは旦那様からです」


 コズミックから差し出された書類を見る。

 

「これは?」

「今回来るお客様のリストだそうです。あとで本館で貴族図鑑と照合し、確認するように、と旦那様から申しつけられております」

「貴族図鑑?」

「えぇ、毎年発行されるのですよ。昨年デビューした者や成人を迎えた者が載るのです。お嬢様もデビューした翌年の図鑑に載っておりましたよ」

「そうなの……」


 どうやらわたしは一応、本物の貴族令嬢らしい。


「国王陛下の前で成人のご挨拶をするまで、貴族間の結婚は認められません」

「そう…………ところで、コズミック」

「なんでしょう」

「別紙の貴方の資料と照らし合わせると、ほとんどダメな貴族っぽいんだけど……」


 わたしが問いかけるとコズミックはにこやかな笑顔を浮かべた。


「ええ、旦那様のために招待客に気に入られなくては困りますが、気に入られ過ぎても困ります」

「えぇ!? ちょっと難しくない!? 無理難題だよ!?」

「お嬢様なら出来ます! 頑張ってください!」

「うそーん!」

「出来ればデビュタント・ボールで大物をゲットしましょう」

「庶子のわたしにそんな事出来るわけ無いでしょ? せいぜい金持ちの子爵家とかそのあたりが無難じゃない?」


 お父様の資料は、金持ちであれば、誰でも良いって感じで、お父様よりも年上の人も名前が載ってたりする。

 もちろんわたしと同世代の人も居るけど……。


「まぁ、旦那様はそれで構わないと思いますが、個人的にはご実家よりも上の家に嫁いで貰いたいですね。そうすれば、お相手がお嬢様を守ってくださるはずですから」

「…………頑張るけど、期待しないでね」

「期待してお待ちしておりますよ。ですが、無理はなさらぬように」


 コズミックは口元は笑みの形を作ったものの、目は冷酷な光を浮かべて囁いた。

 成人してしまえば、この家から出ることも可能なのですから、と。

 





 * 苛めるメイド *



 お嬢様の誕生日が終わって数日、旦那様のところにはいくつかお手紙が来ているらしい。

 初めはそれを喜んだお屋敷一同だったけど……。


「雑草令嬢より、お嬢様のところに婚約の話来てるんだって?」

「ああ、そうらしいね。話すネタがないからお嬢様を持ち上げるしかなかったんじゃない?」


 これはきっと、旦那様にとっても奥様にとっても誤算だったのだろう。


「あぁ、そうだよね。お茶会とかに出るわけでも無いし、学だってないし」

「そうそう。お友達のご令嬢がいるわけでもないし。話せる内容って言ったら、ねぇ?」


 自分の事は話せない。屋敷の外の事はほぼ、知らないに等しい。

 話せる事があるとすれば、両親か、エメラルダお嬢様の事。

 実際その時は、給仕をしながら、盗み見してたけど、旦那様も奥様も機嫌は良かった。エメラルダお嬢様は自慢の娘だから当然だ。

 でも、それで、お嬢様を売るつもりだった家から自慢の娘に結婚の話がくるのは堪ったものでは無いのだろう。


「おかげで旦那様の機嫌が悪くてさぁ」

「あ~」

「だから思わず、カヴァルーン侯爵様にこちらから縁談を持っていくのはどうですか? って提案しちゃったわよ」

「カヴァルーン? 侯爵家が庶子なんて相手にするわけないじゃん」

「まぁ、普通はそうなんだけど。先々代の時に得たカヴァルーン領の隣にある土地を持参金代わりにおしつけて嫁がせたら、負債領地となった領地と一緒におさらば出来ていいんじゃないかなって」

「え? カヴァルーン領の隣に領地なんてあるの? とっても遠いよね?」

「昔は金だったか銀だったかよくわかんないけど出てたらしいよ。今じゃ寒村しかないけどね」

 飛び地領地って事で、納めるのも今じゃ面倒というか割に合わないのだろう。

「よく知ってるわね」

「旦那様が奥様に愚痴ってるのを聞いちゃったから。奥様も不要な物は不要な者にって言ってるじゃん? 先々代の時は鉱山として有名だったわけだし、伯爵家から出てる銀がどこから実際に出てるかって普通は知らないもんだし。結婚して土地の所有者が移った後に、実態を知っても遅いって事で」


 押しつけちゃいましょう、っと。


「はぁ~。あんた悪知恵だけはよく働くわね」

「ふふふん。もっと褒めてもいいのよ」

「あんたろくな死に方しないよ」

「はは、そんなのこの屋敷の人間みんなそうでしょ」


 お互いに笑い合ってわたしたちは持ち場に戻る。





 * 苛められる令嬢 *


「お嬢様、誕生日パーティーはお疲れ様でした」

「お疲れ様。今日はカメラはいないの?」

「ええ、ここ数日しつこいくらい居ましたが、今日はいないようです。ですが、いつ戻ってくるか分からないので手短に」

「う、うん」

「お嬢様は来週には王都に向けて出発します。残念ながら一緒にいけません。気をつけてください」


 誕生日パーティーは有る意味上手く行った。

 お父様の言いつけも、コズミックの忠告も守れた。

 だからこそ、お父様は、王城で行われるデビュタント・ボールでのお披露目に力を入れる事にしたようだ。

 早めに行って、王都で流行のドレスを買い、話題に困らないよう、流行のものをあれこれ見せるそうだ。


「わ、分かったわ」


 正直遠慮したいけど、そうも言ってられない。

 不安で両手を握り絞めると、コズミックは包み込むように手を添えてくれた。


「私はお嬢様の結婚相手にカヴァルーン侯爵様を推薦します」

「え!? 侯爵!?」

「ええ、最近代替わりしました。婚約者はおりません。性格も外見も悪くありません。あそこに嫁ぐことが出来れば、距離的にも煩わしいやりとりは減るはずです。ですが、決めるのはお嬢様です。お嬢様がこの人と結婚してもいいな、って思ったら結婚しましょう。なので、王都ではカヴァルーン侯爵の見極めをよろしくお願いします」

「えぇ!? 声をかけられるかしら?」

「そこは大丈夫ですよ。旦那様にはそれとなく売り込んでおきますから。旦那様がデビュタントという事を盾に侯爵様に声をかけるはずなので、頑張ってください」


 うへぇ。とわたしは天井を仰ぎ見る。

 下から上の者へ声をかけるのは一定の作法がある。

 通常ならそうそうお声がけは難しいけど、デビュタント・ボールについては話は別だという。

 新成人を紹介する場、紹介して貰う場、という事で、新成人の子を持つ親はここぞと子供を売り込むそうだ。

 デビューも似た様なものだけど、デビューの時は、同性の子を持つ親に声をかけるのだけど、お父様はわたしを売る相手を探して、真逆のことしたんだよねぇ。

 お父様の事だからわたしには同性のお友達なんて必要無いと思ったんだろうけど。


「……ねえ、コズミック」

「なんでしょう、お嬢様」

「わたしに出来るかな?」

「お嬢様なら出来ますよ。私が保証します」

「ふふ、うん。ちょっと勇気出た。頑張ってくるね」

「はい。頑張ってきてください。ですが、ダメならダメで良いですからね」

「うん。ありがとう」




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