第10話 煮沸消毒は大事です。

 


 * 虐めるメイド *


 メイドの朝は早い。

 雑草お嬢様と呼ばれているカモミールお嬢様付きの私も、類に漏れず朝は早い。

 

「おはよー」

「おはよぉー」

「っはよー」


 メイド同士で声を掛け合いながらそれぞれの仕事場へと向かう。

 私はバケツを持って離れへと向かう。

 馬小屋と離れの間ぐらいの距離に小さな川が流れている。

 お嬢様の水は今、この川から取っている。

 水くみはなにげに重労働だ。手にまめが出来てしまうかも知れないし、手の平が硬くなってしまう可能性もある。

 貴族の令嬢としては減点となる。

 だから、嫌われお嬢様でも水くみをさせられない。

 でも重労働だからこそ、不満がある。

 弱い立場の者が、やるはずの仕事だからだ。

 旦那様に禁止されてる以上やらせられないんだけどね。

 でも、そういう不満は利用しやすい。

 だから私はお嬢様が飲む水を変える事にした。井戸ではなく小川から取る事にしたのだ。

 ご主人様や奥様達、いやいや、私達と同じ水を飲ませる必要はない。と。

 お嬢様は家畜が飲む水で十分だ、と言って始めた嫌がらせ。

 奥様には大変好評でございます。

 ありがとうございます。ボーナス期待していますね。


 早い段階から、この嫌がらせについては考えて居たためいつか、行うつもりで、執事には水場周りの増築を依頼したのだ。   

 そうして、最近やっと準備が整ったため、この虐めを行っている。


 水瓶代わりの大樽の蓋は一部が開け閉め出来る様になっていて、その蓋には鍵もついている。

 私はその錠を開け、蓋を開き、水をドバドバと入れていく。樽は大きいので、満杯どころか半分もいれれば、お嬢様が一日水を使う分には困らないだろう。

 十分に水を用意したら、蓋を閉める。


「おや、おはようございます」


 顔を上げたらお嬢様が立っていた。

 小さな桶を持って。


「お嬢様。お目覚めですか。今日は朝から大忙しですよ。私が居ない間にお嬢様の大切な水に異物を入れられたら困りますので、しっかり鍵は閉めていきますね。どうぞ、下からお使いください? では私は他の仕事がありますんで、行きますね。お嬢様のお世話が出来なくて本当に残念ですよ」


 私は鍵を指でくるくる回し、嘲笑いながらお嬢様の横を通り過ぎる。

 お嬢様は俯いていてその顔は見えない。

 しばらくして振り返るとお嬢様は桶を地面に置き、樽の下にある栓を抜き、水を出す。

 その様子を目に焼き付けて私はお屋敷へと戻った。



「おはよう、ミック」

「おはよー」

「水くみ?」

「そ、今、終わらせたとこ」

「あんたもよくやるわよねぇ。嫌がらせのためにあの樽、特注したんでしょ?」


 同僚の言葉に笑う。


「特注といえば特注になるのかしら? 入れるところと出る所をちょっと弄っただけだけど」

「でもお嬢様喜んでたわよ。毎日家畜と同じ水を飲んで、家畜と同じように地べたにある水で顔を洗ってるって」


 くすくすくす、と笑う同僚のその言葉に私も笑顔を見せる。


「エメラルダお嬢様にも好評なら良かった」





 * 苛められる令嬢 *


 朝になったのか、鳥の鳴き声と別の物音がして体を起こし、目を擦る。


「ふ、ふあぁぁー……」


 伸びをして、ちょっとぼーっとしちゃったけど、ベッドから降りて、洗顔のための桶を手に持って水場に向かう。

 コズミックが水をくみ終わった所らしい。


「お嬢様。お目覚めですか。今日は朝から大忙しですよ。私が居ない間にお嬢様の大切な水に異物を入れられたら困りますので、しっかり鍵は閉めていきますね。どうぞ、下からお使いください? では私は他の仕事がありますんで、行きますね。お嬢様のお世話が出来なくて本当に残念ですよ」


 そんな言葉を投げられる。

 わたしはその間、眠いと、下を向いていれば良い。

 コズミックが立ち去って、わたしは桶を地面に直接置いて、栓を抜く。

 樽を通って出てきた水はとても綺麗な水だ。

 真ん中じゃなくて下に口がついているのは、樽の中にある水を綺麗にするためのしくみを通らせるため……らしい。コズミックがそういうのだからそうなのだろう。

 でも樽の中身を聞いた時、むしろそれ余計に汚れるんじゃ無いの? って思ったからたぶん、大樽の中が水だけじゃないって奥様やお嬢様に知られても特に問題は無いと思う。

 それでも飲む時はそのまま飲んじゃ駄目って言われているけど顔を洗うぐらいならそのままで大丈夫。

 コズミックがわたし付きのメイドになってから傷んだ水が入った水瓶が置かれる事はなくなった。

 家畜が飲んでるのと同じ水だとか、地べたに水を置いてる事だとか、わたしにとってはどうでもよい事で奥様とお嬢様は喜ぶらしい。


「あはは! うふふ! やだ本当だわ!」


 笑い声がして振り向くとお嬢様がいた。

 なるほど、お嬢様がお帰りだったから忙しいのかな?


「本当に家畜の様だわ。いえ、家畜そのものね」


 そこまで笑う? ってぐらいお嬢様は笑って、じゃあね、雑草。と満足げに帰っていった。

 お嬢様って顔は可愛いと思うのに、笑い顔、あんまり可愛くないんだよね。

 なんでだろ。



 顔を洗って、飲み水をヤカンに移し替え、家の中に戻って外から見えないところで、ヤカンを両手で挟むように持つ。

 そうする事数秒。

 ヤカンから湯気が出てきて、やがてこぽこぽと小さな泡が浮かび、大きな泡になって水面を何度も揺らす。

 

「ふー……」


 ヤカンから手を離す。

 これがコズミックと約束した事の一つ。

 飲み水は沸騰させてから飲むこと。である。

 そしてそのために、コズミックはわたしに「熱魔法」を教えてくれた。

 熱魔法なのは、傍目に分からないから。

 たとえば奥様の監視、カメラに見られてもバレないだろう、と。

 それでも、魔法を使っているのを見られないようにしているのは、もしわたしが魔法を使えると奥様に知られた場合、それこそ、命の危険があるとの事だった。

 なんで!? って思ったけど、わたしに魔法が使えると、お嬢様の立場を脅かす可能性があるので、旦那様に逆らってでも命を狙ってくるだろう、と。

 嫌すぎる!

 なので、目立たない魔法を、って事になった。

 そのため、熱魔法や身体強化、あと魔力制御に、魔力量強化とか、暗視魔法とか。

 ……わたしのメイド、有能すぎではないだろうか……。 


 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る