第8話 ラスク


* 虐めるメイド *


「ねぇ、貴方。貴方よね? アレの専属になったメイドって」

「これは、エメラルダお嬢様。ええ、わたくしがそうです」


 ふ~ん。と私をマジマジと見て、少し首を傾げた。


「お母様が決めたのなら文句はないけど、今日は何をしたの?」

「今日ですか? 今日はまだ食事しか持って行ってないですが……。時間が経って硬くなったパンをさらに薄くし焼き直ししたため、パンとは言えない堅さになったパンと、時間が経った野菜の皮と、酸っぱい臭いをし始めた牛乳と黒く変色した木の実ですね」

「……パンは意外に手が込んでるけど、それ以外は普通ね……」

「申し訳ございません。お嬢様。今日は時間がなく、『普通』の朝食となってしまいましたが、準備が出来れば、蛇やカエル、もちろん虫もお出ししますよ」

「まぁ!」


 エメラルダお嬢様は顔を輝かせて、頷いた。


「そんなものを食べるなんて! とても信じられないわ」


 そう言いつつも楽しそうで良かったです。


「それぐらいはすべきでしょう」

「ふーん、まぁ、いいわ。貴方、お母様が選んだだけはあるみたいだし」

「ありがとうございます」


 頭を下げて礼を述べる。


「お嬢様、馬車の準備が出来ました」


 執事の言葉にエメラルダお嬢様は頷き、私の前を通っていった。

 いってらっしゃいませ。と、エメラルダお嬢様が通る度に、その場に居た者達は頭を深く下げる。

 最後には、今日から学園に向かうエメラルダお嬢様を全員で見送る事となる。

 馬車が出発し、頭を上げた一同はそれでもその場に佇む。

 奥様と旦那様が移動して初めて、私達も移動を開始する。

 遠くなる馬車に再度視線を向ける。

 旦那様はエメラルダお嬢様の王族入りを目指しているようであるが、どうなることやら。




「コズミックさん、少しよろしいですか?」


 執事に呼ばれて、彼の仕事部屋に向かう。


「貴方から提出された離れの増築案ですが、旦那様から許可が出ましたよ」

「本当ですか? 良かったです」

「……くれぐれも、羽目を外しすぎないように」

「酷いですねぇ。旦那様の言いつけを破るような事はしません」


 胡散臭そうな目で見てくる執事に私はニマニマと笑顔を返すだけだ。

 それからそう経たないうちにお嬢様が住む離れに二つの変化が現れた。

 一つは離れに外付けで水場を一つ作った事。

 今まで水亀が直射日光に当たる位置にあったので、屋根と、一面だけ壁を作って貰った。

 そこにででんと置かれるのは水瓶ではなく、特注の樽である。

 瓶だと割っちゃうし。樽の方が安心という事で。あと、普通に水をいっぱい入れられるしね。


 あと、室内は、衝立が一つ出来た。

 窓から少し離れた所に白い布が張られた衝立。

 これにより、外からの視界をある程度遮りつつも、風と光を通すわけだ。

 流石にカーテンも無い窓では、不味いだろう、と提案したのだ。

 もし誰かがお嬢様の着替え中に近くにやってきて、裸を見られてしまったら一大事である、と。

 旦那様はお嬢様の売値に響くことは気にするからね。

 もっとも中が見えなくなる事で、虐待がエスカレートする可能性もあるのだけど。

 それでも、中が丸見えよりはマシなのだ。こちらとしては。

 ちなみに、完全に見えなくなったわけでは無い。角度によってはある程度中が見える。というのがミソだと私は思う。監視する側からすれば、ね。





* 虐められる令嬢 *


「今日の朝ご飯ですよ。きちんの食べられる幸せを噛みしめて、食べてくださいませ、お・嬢・様」


 そう言ってコズミックは不敵に笑った。

 

「ありがとうございます、コズミック様……」


 わたしはテーブルの上に置かれたそれをマジマジと見る。


「今日の主食は料理長に無理を言って用意して貰った、非常に硬いパンです。お好きでしょう?」


 特に好きではありませんが。


「副菜は野菜の皮です。いっぱいありますから、いっぱい食べてくださいね。それこそ、虫のように」


 ……確かに、これは……。野菜の皮といえば皮なのでしょうか?


「本日の牛乳は、少し酸っぱい臭いがしますが大丈夫、死ぬ事はありません。むしろ体に良いものと思って全部胃の中に納めてもらいます。あとは、デザートに誰も食べないような黒く変色した木の実を用意しました。令嬢らしい品揃えと泣いて喜んでも良いですよ」


 そう嘲笑うコズミック。

 今日は忙しいらしくさっさと帰ってしまったコズミック。

 なので、わたしは感想を言っても大丈夫なのか分からないので、黙々と食べる事となるのだけど、そもそもが、言葉で聞くのと、実際に見てニオイを嗅ぐのとではまったく別の印象を受けるんだよねぇ……。


 コズミックが言っていた硬いパンというのは、確かに硬かった。

 でも、ちょっとバターの匂いがする。

 怖々と食べてみた。

 パキッと、パンとは思えない音がした。でも、おいしい。

 というか、ちょっと砂糖かかってる。クッキーみたい。おいしい!

 

 で、野菜。

 レタスとかタマネギとか、どこまで向いても皮と言えるやつと、その上に確かに野菜の皮らしい皮がある。

 ニンジン……かな?

 でも、きちんと洗ってあるんだと思う。で、何かしてる。土臭くなくておいしい。これもぱりっとしてる。

 あとニンジンぽい皮の下にあるレタスやタマネギはきちんとソースが掛かってる。

 おいしい。

 あと、酸っぱい臭いの牛乳。これ、口にしてわかった。ヨーグルトっていうやつだ。

 でもって臭いの通りすっぱい。うん、この感想は口にしても大丈夫そうなので素直に口にする。

 もちろん食べられない程ではないけど。

 これは体に良いらしい。そして奥様達はこのニオイだけで、食べる姿を見たら喜ぶだろうとは思う。

 で、黒い木の実。これ、知ってる。お母様が生きてた頃、すっぱいと教えてくれた木の実だ。

 でも、これ、赤い実だったと思うけど、黒い……。

 ……怖い。でも食べる。

 予想を裏切られるのは、わりといつものことだから。


「………………っ!!」


 あぁぁぁあ、感想を口に出来ないのって辛い!

 甘くておいしい!

 これは最後に食べよう!

 まずはヨーグルトを全部飲みきろう。

 で、ちょっと水を飲んでから、他のをおいしく食べよう!

 どこでどう見られているか、わたしには分からないから、けして顔を見られないように、むしろ苦しんでるように食べなきゃ。

 それは実はちょっと辛いけど、頑張る。


 ……はぁ。いつか、おいしいものはおいしいって言いながら食べたいなぁ。

 


 




 







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