第7話 守るための方法


* 虐めるメイド *



 視界の片隅に、置いてある私にしか見えないソレに、オレンジ色と黒い点が現れた。

 窓から外を覗くと新しく入ったメイドの一人が周りを気にしながら走って行くのが見えた。

 あらあらまあまぁ。

 前後左右以外にも、人が見ている場所はあるでしょうに……。

 監視されている事も気付いてないんでしょうね。

 窓を開けて、声をかける。


「新人~」


 そこまで大きくは無いが、周りを警戒している彼女ならば必ず気付く声量で上から声をかけると、彼女は驚いた様に私を見あげてきた。

 そうそう。きちんと上にも注意しなきゃね。

 ……まぁ、遅いだろうけど。


「ごみ捨てに行くなら、私のも持っていってくれない? 今、下に降りるから」

「自分の仕事は自分で行ってください」


 彼女はそう言って駆け出してしまった。

 離れの方に向かって一直線に。

 あららと呆れるしか無い。

 まあね。あの子からしたら、この屋敷の人間全員が憎いんだろうね。

 窓を閉めて、私は廊下のお飾りの花を見た。


「一日、命拾いしたね」


 しおれているという程でも無い花。それでも咲いた直後のみずみずしさはなく、明日には確実にしおれ始める。

 だから新人がここの下を通ってた口実に使ってあげようと思ってたのだけど、機転が利かなすぎる。

 あれじゃぁ、駄目だわ。

 仕事を終わらせて、私は執事の元に向かう。

 お嬢様付きのメイドについて。




「奥様、失礼します」


 数日後、奥様に呼ばれていると聞いて私は奥様の部屋へとやってきた。


「そうそう。貴方だわ。貴方、離れのアレの専属になってくれない?」


 奥様は私の顔を見て、喜ばれた。

 たぶん、名前と顔が一致してないのだろう。


「畏まりました。奥様がお望みなのは、わたくし達が新人教育で受けた内容と同じでしょうか?」

「ふふ、ええ、そうよ。まさにそう」

「お任せください、奥様。わたくし、お嬢様をけして傷つけず、価値を落とさず、それでいて奥様達に満足して頂けるよう、虐めて行きたいと思います」

「ええ、頼みましたよ」


 赤い口紅がまさに悪女の笑みの様に形作る。

 私も同じような笑みを作った。







* 虐められる令嬢 *


「お嬢様、こちらを」

「ここの人達はみんな酷いです」

「どうして、こんな事をお嬢様にするのか」


 あの日、奥様から命じられて、涙を浮かべながらバカにしていた彼女は、あれから人前では他のメイド達と同じようにわたしをバカにし、人が居ない所ではパンの差し入れやチーズの差し入れをしてくれるようになった。

 ここに来て、こんな優しいことして大丈夫? と問いかければ、見つからないように来ているので大丈夫ですよ。と微笑んでくれた。

 その笑顔が、今まで、優しくしてくれて、そして辞めさせられた人達と重なる。


「……無理はしなくていいよ」

「無理なんてしてません。わたし、お嬢様の味方になりたいんです」


 その言葉がとても嬉しいはずなのに、わたしはどんどん嫌な予感がした。

 本当に大丈夫なんだろうか。

 そんな不安が日に日に大きくなった。


 そんなある日。


「お嬢様! 一緒に逃げましょう!」


 彼女がそんな事を言ってきて驚いた。


「あら、そんな事をすれば、今度は貴方、誘拐犯よ?」


 彼女の後ろからコズミックがゆっくりと、まるで女王様の様にやってくる。

 珍しい事に男性の使用人も一緒だ。

 

「そうやってお嬢様を縛り付けるのは辞めなさいよ! お嬢様の意志で出れば問題ないでしょう!」

「やぁねぇ、これだから無知は。お貴族様は平民と違って『家出』はないわよ」

「え?」

「あるのは『誘拐』だけよ」


 コズミックの言葉にわたし達は驚いて息を呑んだ。


「何を驚いているの? 嫌だ、考えた事もなかったの?」


 くすくすっとコズミックは笑う。

 ああ、この笑いは知ってる。聞かなきゃいけない時の笑い方だ。


「家出なんて、そんな家に泥を塗るようなこと、許さないわ。だから誘拐になるの。なんでだと思う?」

「し、知らないわよ!」

「家出した先でどんな事をしてきたかわからないでしょう? 子息ならかまわないだろうけど、ご令嬢の場合は、婚姻に影を落とす傷がつくもの」


 あ……。ああ、分かった。分かってしまった……。


「だから、誘拐なのよ」

「なにが、どう、なのよ?」

「本当に頭が悪いわね」

「……犯罪者なら、処刑できるから……。そういう事? コズミック」

「コズミック様でしょう? お嬢様」

「コズミック様……」

「ええ、それでよろしいですよ、お嬢様。先程の回答も正解です。お嬢様はただでさえ、『半分』なのですよ。だから、旦那様はこれ以上お嬢様の価値が下がる事は絶対に許さないの。分かったらさっさと出ていきなさい。家族ごと処刑されたくないでしょう?」


 顎でしゃくるコズミックに、彼女は悔しそうに立ち上がった。

 そして、彼女に向けて歩き出す。


「アナタは、最低だわ」

「どういう意味かしら?」

「どうして、お嬢様に、人に対してこんな事が出来るの!? 助けてあげる事が人間じゃないの!?」

「……貴方、本当に頭が悪いわね」

「何よ! そうやって上から目線で人をバカにして! いつか神罰が下るわよ! こんな事神様がお許しにならないんだから!」

「バカにされるのも当然じゃない。それを私達に言ってどうなるのよ」

「貴方達がお嬢様を虐めるから!」

「私達は奥様の命令で行っているのよ? 言うべき相手が違うわ。奥様や旦那様にいうべきでしょう?」

「なら皆で言えばいいじゃない!」

「皆で? 何故そんな危険な事をしなきゃいけないのよ」


 コズミックは嫌そうに彼女を見た。


「言いたければ自分一人で直談判でもなんでもすればいいじゃない。何故周りを巻き込むのよ。一人で声を上げれば、処罰は重くなるかも知れない。でも、皆で声をあげれば、処罰は軽くなる? だとしたら、貴方の方が酷い悪女ね。皆を破滅に巻き込むのだから」

「何を言って……」

「あらだってそうでしょ? ここを追い出されたら、病気の家族を養えないって人も居るわ。下の子の学費のためにと働いている子も居る。貴方の自己満足だけのために、そういう人達を巻き込むのでしょう? 私よりも貴方の方がよっぽど酷い人間だわ」

「違うわ! わたしは!」

「じゃあ、私に辞めさせられた事の八つ当たりは辞めてくれる?」

「八つ当たりなんかじゃないわよ! あんたが奥様に告げ口したんでしょ!?」

「するわけないでしょう?」

「ウソよ!」

「だって、私は貴方がお嬢様のところに居たのを見ていないのよ。確かに離れの方に向かっていったのは見たけど、本当に離れに行ったかどうかは知らないの。そんな不確かな報告、私はしないの。だって、もしかしたら庭師の所に行ったかも知れないでしょう? 恋人達の逢瀬だったかもしれないじゃない? そんな間違った報告をして、奥様に怒られるのはまっぴらごめんなのよ、私は」

「じゃ、じゃあ」

「大方他の人が見てたんでしょ。屋敷からは丸見えだったもの貴方」

「……」


 彼女は何も言えなくなったのか、肩を落とし、そんな彼女を男性の使用人達が連れて行ってしまう。


「さて、お嬢様」

「はい」

「あの子は今日付で屋敷から追い出されたわ」

「はい」

「そして、同じく今日付でお嬢様付けになったの、私」

「……」

「お嬢様を使って、奥様やお嬢様をたぁーくさん楽しませるつもりだから、覚悟していてね」

「……はい……」

「覇気の無い返事ね。ここは泣いて喜ぶ所でしょうに、まぁいいわ」


 コズミックはつまらなさそうに口にして、私の手首を掴むとずんずんと歩き出し、わたしは、慌てて足を動かしてコズミックについていく。

 家の中に入ると、壁に押しつけられ、口を押しつけられ、もの凄く顔を近づけてくる。


「成人するまでは家出を考えてはいけません。先程も伝えましたが、匿った者達が犯罪者にされ、その場で処刑される可能性の方が高いです」


 誰にも聞かれないようにと囁かれる言葉に、わたしはこくりと頷く。


「それから、私は今まで通りお嬢様には嫌がらせをします。なのでお嬢様も嫌がってください。でなければ、お嬢様を守れませんから」


 わたしを守る……。

 その言葉はたぶん本当なのだろう。

 コズミックの言葉は痛い言葉が多いけど、他の人達と違ってた。

 コズミックだけは、お母様の血筋をバカにしなかった。

 お嬢様と比較してバカにする時だって、みすぼらしい格好とは言わなかった。

 それはわたしにはどうしようもないことだから。

 比較する事は、体を洗えとか手を洗えとかそういう内容だった。

 頭から水をかけられて笑われた事もあったけど、離れの中にはすでに温かいお湯が用意されてた。

 流石に分かる、よ。

 愚図で頭が悪くても。

 今回のことでよく分かったもの。

 コズミックの守り方じゃないと、わたしは守れないんだって。

 

「…………う……」


 わたし、分かってた。

 わたしを助けようとした彼女は、奥様に見つかって辞めさせられるって、心のどこかで分かってた。

 本当なら、わたしから距離を取らなきゃ行けなかったんだ。

 なのに、わたしはしなかった。

 少しでもいいから、優しくされたかった。

 本当に酷いのはわたしだ。

 本当はわたしが罰を受けなきゃいけなかったんだ。


 ポロポロと涙が零れた。

 コズミックは何も言わない。ただ、わたしの位置を反対にして、背中からぎゅっと抱きしめてくれた。

 なんでそんな事されたか分からなかったけど、背中から感じる温もりが優しくて、わたしはぼろぼろと泣いた。

 そして、泣き止んでから気付いた。

 わたしの裾、涙と鼻水でボロボロ。

 コズミックが向かい合う形で抱きしめたら、コズミックの制服を汚しちゃうからそうしなかったんだ。


「……コズミック様って頭良いよね」

「馬鹿は貴族の家のメイドなんて務まりませんよ」


 そうかなぁ?


「細かい事は、明日、監視がなければ行います。監視があれば、いつも通りです。お嬢様は今日は、あの馬鹿が辞めされられた事を今のように適当に泣けば奥様は満足します。適当に泣いてるフリでもしておいてください」

「……あ、うん。……その、コズミックは彼女の事、嫌いなんだ?」

「嫌いですね。お嬢様に新しい傷を作りましたし。機転も利かないし? それに神罰がなんだと言ってましたが、どうせ、彼女がお嬢様に優しくするのは、命令とはいえ、他人を傷つけた事に対する詫びです。釈明です。罪滅ぼしであり、自分の気持ちが楽になるためのものであって、お嬢様のためではありません」

「……うん」


 そう、なのかな?


「本当に嫌なら辞めれば良かったのですよ、もう一人の様に」

「え?」

「もう一人の新人は、辞めてますよ」

「そう、なの?」

「ええ、そうです。それなのに、酷いだのなんだの。お前が言えた事か? と本気で思いましたもの」


 そうだったんだ。


「しかも、言葉選びが最悪で。……あ、そういえばお嬢様、先程の発言、謝罪いたします」

「え?」

「言葉を選びようが無かったので、お嬢様のお母様の血筋を価値のないようにつげてしまいました。申し訳ございません」

「……?」

「半分、と口にしましたでしょ?」

「あ、ああ。それ。気付かなかった」


 普段はもっとはっきりと、穢れた血筋だとか言われてるから。


「……ああ、戻ってきましたか」


 コズミックが壁のどこかを見ながらぽつりと呟いた。


「では」


 すっと、コズミックは一歩離れ、表情をがらりと変える。


「今回の事で分かったでしょう? お嬢様」


 言いながらコズミックは扉を明け、外へと出て行く。


「お嬢様には助けなんてこない、旦那様に売られる日を今か今かと数えて過ごすしかないの。少しでも高く売れるといいわね、あはははは」


 高笑いと共にバタンと扉が閉められた。

 突然の変わりように、ついていけなかったけど、確かコズミックが「戻ってきた」って言ってた。

 監視が戻ってきたって事?

 わたしは扉の前で茫然と立ってたけど、今日はそれらしく泣いてるフリをしろって言われた。

 だからわたしは、両手に顔を埋めて、しゃがみ込んでみた。

 ……これでいいかな?

 ……あれ? もしかして、わたし、これから演技力を身につけていかなきゃいけないって事?

 泣いてるフリをしながら、ぼんやりとそんな事を思った。


 辞めされられたメイドの事で涙は不思議と出なかった。

 コズミックが言った事が本当だと思ったから。

 今考えれば、彼女が来る日は、わたしと偶然あって、酷い事をした日の当日か翌日だったから。

 そして、本当に優しくしてくれた人達は、奥様の前では、お許しくださいお許しくださいと謝るだけだった。

 わたしに酷いコトしたくないって、謝ってる人の方が多かった。

 もしくは、謝罪しながら行うか……。そして、そう言う人達は自ら辞めてく人も多かった。

 考えれば考える程、悲しい気持ちになった。

 そして、わたしはそれをどこかで感じていたんだって分かった。

 だって、彼女の名前、口にしなくなった。

 冬の間は何度も呼んだ名前だったけど、ここに移ってからはしなくなった。

 きっとどこかでこうなる気がしてたんだと思う。


「はは……。酷い……」


 本当に、わたし自身、酷い女だ。






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