第6話 メイド達の立場


* 虐めるメイド *


 休日の買い物を楽しんで、お屋敷に戻ってきたら、私の楽しい気分はお門違いという雰囲気がお屋敷全体を包んでいた。

 何かあったのか、と、問いかけたいが、下手に問いかけるとそれこそこちらが叱責されるだろうと、部屋に戻り、誰かが戻ってくるのをひたすら待った。

 そして、仕事を終えて戻ってきた同室の子から話を聞いて呆れた。


「バカじゃないの? そいつら」

「まぁ、そう言いたくなる気持ちはわかるけど」


 この屋敷にはペットなんていない。

 文字を読めない者が多いこの国で、ペットが居ない場所で使われるペットの皿は「人間はけして食うな」という意味を持つ。

 そしてもう一度言うが、この伯爵家に、ペットはいない。


「それで、そいつら、どうなるの? クビ?」

「……そうね、有る意味クビね」


 言葉を濁した彼女に眉を寄せる。


「離れのお嬢様、貴族の子として登録されてるでしょ?」


 うわ、つまり、未遂とは言え、貴族殺しという事で、本人達は処刑されるという事か。


「家族は?」

「分からない。奥様じゃなくて、旦那様がお怒りだし、今回」

「そうなの?」

「今までかけてたきた金と時間を無駄にするつもりか、と」

「娘としての心配じゃないのか」


 知ってたけど。


「正直、こんな事になるなら、って離れのお嬢様と距離を取りたいって思ってる子も多いわ」

「それはそうでしょうね」


 何をしても許される。そう思っていた部分が強かったのだろう。

 平民であるメイドが半分とは言え、貴族の令嬢に罵声を浴びせ、嫌がらせが出来るのだから。

 他の貴族に対してはけして出来ない優越感があったはずだ。

 だからこそ、多くの者達はお嬢様に対するイジメを自ら率先して行っていた。

 それが今回、そうではない事を知った。

 旦那様が今までお嬢様に行っていた事を知って、度が過ぎていると怒った場合、どうなるのか? そう思ったら恐怖するに決まっている。


「意外にも奥様が一番慌てたみたいよ」


 それはそうだろうね。

 価値を損なわない程度に納めているから旦那様だって好きにさせているのだろう。

 奥様もそれを知っている。そして、その遊びの責任が最終的に自分に来る事も分かって居るから慌てたんだろうね。

 貴族の令嬢として登録されているのなら、メイド達に虐待を指示する奥様は、命が失われた時、殺人を指示した扱いになるわけだ。

 旦那様は逆に、傷を付けてはならない、殺してはならないと命令しているわけだし……。

 そう思うと、慌てるよねぇ~。

 んー……。今回の事を上手く使えば、離れのお嬢様専属になれるかなぁ……?

 まだ、ちょい、早い……かな?

 どうだろう?







* 虐められる令嬢 *


 生き残ってしまった。

 体調が回復したらさっさと離れに戻されるかと思ったけど、そんな事もなく、今日も本邸にいる。

 正直冬の間、あの離れで過ごすのは辛い。

 凍死させるつもりはないのだろうから、薪も用意してくれるけど、最低限だ。

 寒くて寒くて眠れない時もある。

 その点本邸は違う。

 離れのように隙間風もほとんどない。それだけでも大分違うのに、寝具も暖かい。

 薪はどれぐらい使って良いかわからないけど、これだけでも十分に温かく過ごせるだろうという安心感があった。


 暦の上では冬になった頃。それでもわたしはまだ本邸にいる。

 あまり出歩くことは許されていないからほぼ部屋にいるけど、大違いだ。

 そして、メイド達の態度も違う。前ほど積極的に虐めてくる人はいない。

 ただ居ない者として扱われるだけ。

 あ、食事はパンとスープが三食運ばれてくるから、完全に居ないもの扱いではないのかな?

 そうこうしている内に新しいメイドが入ったらしい。

 顔合わせをし、この二人はわたし付きとして、ここにいる間、わたしの世話をするらしい事を執事が説明していった。

 最初は不信に思った。

 新人が入った時に行う『挨拶』もなかった。

 本当に令嬢として、扱ってくれた。

 水の準備だけじゃ無くお風呂の準備もしてくれた。

 二人はわたしが病弱だという説明を受けているらしく、わたしの骨ばかりの体を見て、嘆いている。


「早くお嬢様も通常のお食事も戻れるといいですね」


 と、笑いかけてくれる。

 わたしが食べている料理はどうやら病人食だと説明されているみたい。

 もしかしたら余りの少なさに勝手にそう思ってるだけかもしれないけど。

 わたしが着るお洋服は本邸のお嬢様のお古だ。

 それでも今までのボロに比べたら、というか比べものにならないほどの良い服だ。

 それが数着、洋服棚に並んでいる。

 もしかしたら、今回の事で反省して、前みたいに戻れるのだろうか。

 宝石とか、ドレスとはいならい。今のようにお古でも全然構わない。

 ただ、このまま、わたしと楽しくおしゃべりしてくれる二人が居ればそれでいい。

 我が儘も言わないから、このまま…………。



「今日から離れに戻って貰うわ」


 冬が終わって、春になると奥様がそう告げた。

 そして離れについて、奥様はわたし付きとして一緒にいてくれた二人に告げた。


「今日までご苦労様。もう十分にアレの体調も戻ったでしょうから、今日からは貴方達も、ほかのメイドと共に、アレの躾けに協力してもらうわ」


 あぁ、奥様は、本当にわたしの事が嫌いなんだ。

 そう思った。なんて酷い。なんて、的確な、と。

 躾け? と疑問に思う二人の顔をもう見ていられなくて、わたしは俯いた。

 彼女達がわたしに対し、どんな顔でどんな言葉を口にするのか見たくなくて、わたしは俯いた。

 ぎゅっとスカートを握り絞め、同じように目を硬く硬く閉ざした。

 彼女達の戸惑った様子は声だけでも分かる。


「出来ないと言うの? 主人であるわたくしが望んでいるのに? そのような仕事の出来ない人間はいらないわ。出て行きなさい」


 奥様が冷たく言い放つ声が聞こえ、そして、彼女達の、震えながらも、わたしをけなす声が耳に入ってきた。

 うん、大丈夫。大丈夫だよ。二人は、嫌々ながら言ってるもんね。だから、大丈夫だよ。


 早く、こんな嫌な時間は終われば良いのに、って思いながら、目を閉ざし続けた。

 





 

 


 


 

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