第5話 走る。



* 庭師見習いの少年 *


 もうすぐ昼飯って時に親方にネズミ用の毒餌を料理長に持っていけ、と言われた。

 朝から親方何作ってるんだろうって思ってたけど、そんなの作ってたのか。

 たぶん、毒草と花粉と樹液とと、色々混ぜたものなのだろう。

 庭師にはそんな知識も必要なんだな、って感心すらしてた。

 途中でお屋敷の中で働くメイドさん達と会って、餌を代わりに持って行ってくれると言われたので、お願いした。

 毒餌が入った皿を持ってたので、一応念のため、手を洗って皆の所に戻る。


「おう、戻ったか」

「きちんと料理長に渡したんだろうな」


 親方、兄弟子と声をかけられて、頷きつつ少し訂正をする。


「途中でメイドさんに会って、メイドさん達が料理長に渡すと言ったので預けてきた」

「なんだと?」


 昼飯のパンに手を伸ばしかけたが、親方の低く、怒声に似た声に手が止まる。


 そちらを見ると親方も、兄弟子も表情が少し険しい。


「きちんと、ネズミ用の毒餌だって言ったんだろうな?」

「え?」


 なんでそんな確認するのか分からない。


「どう……だったかな? でも、別にそんな事言わなくても問題ないんじゃ? あ、それとも犬や猫がお屋敷に?」

「っのバカ! オイ!」

「ういっす! 行くぞ!」


 親方が怒鳴り、兄弟子がオレを掴んで歩き出す。


「何? なんなんすか!?」

「メイド達に説明もせずに任せるとか、何考えてるんだ、お前は!」


 兄弟子の言葉に混乱する。

 だって、こんな泥まみれの格好で厨房に出入りするより、メイドから渡される方が料理長だって喜ぶに決まってるじゃないか。

 そう思ったのに、メイドさん達と会った場所に近づくと、彼女達が近づいてはいけないと言われていた『離れ』の方から慌てて走っていくのが見えた。


「くそっ! 嫌な予感があたったか!? 走れ!」


 兄弟子がそう言って駆け出したのは近づいてはいけないと言われた離れの方。

 

「ちょ、兄貴!? こっち、来ちゃいけないって言われてる場所だよな!?」

「バカヤロウ! お前がやらかしたんだよ!」


 兄弟子が何を言いたいのか分からなかった。

 でも、視線の先に倒れている子供が居て、その時初めて、嫌な予感がした。


「おい、お嬢様!? お嬢様!? 大丈夫か!?」


 兄弟子が薄汚い格好の、それこそ孤児か貧民に見える女の子に声をかける。

 彼女の周りには、親方から渡された餌が散らばっていた。

 ……なんで?


「おい! ぼーっとすんな! お屋敷に行って医者を呼ぶように言え! おい!」


 声が聞こえるけど、意味が分からなかった。

 だって、あれは、人が食べるためのものじゃない。

 オレは確かに「餌」だって言った。

 皿だって、お貴族様がペットに使う皿だったはずだ。


「おい! ぼーっとすんな!!」


 服を引っ張られて、はっとした。


「今すぐ屋敷に行け! 離れのお嬢様が毒を食べたかも知れないと誰かに伝えろ! 出来ればメイド以外だ! いいな! 行け!」


 ドンッと押し出されてオレはわけが分からないままお屋敷に向かって走った。

 なんで? どうして? だって、だって、あれは。

 訳が分からないが、兄弟子に指示された事に従う。

 それが、あの子を助ける方法なんだと信じて、全力で走っていった。





* 虐められる令嬢 *


 死んでも良いって思ってた。

 だって、辛い事ばっかりなんだもん。

 お母様のところに行く方がずっと楽しいに決まってる。

 でも、庭師の人達がわたしを助けようと頑張ってた。

 なんか、一杯飲まされて、吐かされた。

 その後担がれて、運ばれたまでは覚えてたけど、気を失って、目が覚めたら、本邸の客室だった。

 重い体を動かして、洋服がいつものボロじゃなくて、たぶん、お嬢様の服を着せられている事に気付いた。

 ……そういえば、もうろうとする意識の中、お医者様を見た気がする。

 お医者様に見られてもいいように、きちんと令嬢らしい姿に着替えさせたんだ、と納得と呆れを感じた。

 あれ? でもお医者様が呼ばれるってことは、今回の事は奥様やお嬢様の指示じゃないってこと?

 ……まぁ、殺すつもりだったらもっと前にやってるか……。

 久しぶりの本邸に、お母様の事を思いだして辛くなるかとも思ったけど、そんな事もなかった。

 たぶん、ここが客室だったからなんだろう。

 お母様と過ごした部屋だったら分かんなかったけど……。


「死んでも良かったんだけどな……」


 誰もいない室内に、わたしの本音が零れて、消えていく。

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