第4話 ネズミ


* 虐めるメイド *


「料理長。最近ネズミが増えてる感じするけど、大丈夫? 早めに猫なりなんなり対策とっておいた方がいいと思うけど?」

「あぁ? そういう事はオレじゃなくて、執事に言えよ」

「料理長からの伝言ならともかく、私から意見として言えるわけないじゃん。食料庫の責任者は料理長でしょ? それに料理長達ほど、食料庫の事、把握してないもの。大体私から報告して、何かあった時、怖いからヤダ」

「あ~? あぁ、くっそ、めんどくせぇ。じゃあ、オレからの伝言として、執事に伝えとけ! んで、こっち来るよう言っとけ」


 言外にというか、気持ち顔で、ネズミ達が旦那様達が食べる食料を囓ったとなるとヤバイぞ。と伝えたら、初めは顔をしかめていた料理長も気付いたらしい、頭をぼりぼりとかいて、吐き捨てる様に言う。


「はいはい」


 伝言承りましたよ。

 執事、中々、こっちに顔出ししないもんね。忙し過ぎて。

 まぁ、使用人達の話を聞きたくないっていう気持ちもあるんだろうけど。

 旦那様の執務室の隣にある本来は控えのための扉を叩く。

 中から誰何する声が聞こえ、私は名乗る。

 少し間があった後、どうぞ。と中に促す声が掛かった。


「失礼しまーす」


 中に入ると、執事がぎろりと私を睨んだ。



「語尾を伸ばさない」

「失礼しました」

「それで、何の報告ですか?」


 手元にある、伯爵領の仕事関係の書類を目を細めて見ながら問いかけてくる。

 老眼鏡を差し入れたい気持ちになるが、そんな高いもの買えないので気付かなかった事にする。


「最近ネズミが増えたという事で、料理長が一度こちらに来て欲しい、という事でした」

「……そうですか。そういえば、長らくあちらには顔を出していませんね……」


 疲れきったようにため息をつく。


「仕方ないのでは? 話の合わない人との食事は辛いでしょう」


 私の言葉に、執事の目が細まり、真意を問うように見つめてくる。

 私は肩を竦めて、旦那様の執務室とこことを分ける壁を見つめる。


「合わない人達ばっかりですよね。私達みたいに若い女衆の話なら、恋愛話が主ですし、年配のおばさま達だと、家庭の愚痴ばっかりだし」


 半分本当で、半分嘘。


「執事という立場だと、皆の相談相手ですものね。私だって、そんな相談してくるなよって思う事いっぱいありますもん。執事っていう立場なら尚更ですよね。あ、今は既婚者のメイド達からは距離を取ってた方がいいですよ。もうじき冬支度の準備をしなきゃいけないのに、って、苛々してますから」

「……そうですか。分かりました。料理長には料理長の仕事が一段落した頃に向かいますと伝言をお願い致します」

「かしこまりました」


 一礼し、立ち去るためにくるりと背を向けて、思い出したように振り返る。


「あ、罠による生け捕りは辞めた方がいいですよ」

「……何故ですか?」

「個人的には猫がおすすめです。猫なら私達と違ってどんなネズミでも平気ですし。癒しにもなります。使用人一同で可愛がりますよ、きっと。休憩時間、めいいっぱい」

「……それは魅力的なお話ですが、残念ながら、旦那様のお決めになる話です」

「……それは残念です」

「ええ、本当に。私もそう思いますよ。美しい女性たちが猫と戯れる、そんな光景の方が見たいですから」

「流石ですね。お貴族様にお仕えしてるのが長いと、お世辞もお上手で」


 肩をすくめて、私は今度こそ退室し、料理長の所へと向かう。





* 虐待するメイド達 *


「聞いた? 雑草令嬢をうまいこと虐めると奥様から、ご褒美貰えるらしいよ」

「え、ホントに?」

「ホントらしいよ。先輩が奥様から、ブローチ貰ったって自慢してたもの」

「なにそれ羨ましい」

「だよね!」

「でも、中々難しいんだよねぇ」

「分かる。外見を損ねちゃダメってのがね」


 それが許されるのなら、自分達の代わりに掃除をさせるなり色々方法があるのに、と舌打ちをする。


「やっぱり食べ物が一番かなぁ」

「それが楽だよね。言葉だけじゃ難しいし」


 彼女達が必死に考えて口にする汚い言葉よりも、雑草令嬢と呼ばれる娘に与えられる食事を駄目にする方が、その表情に「悲」の感情が見え隠れする。

 だが、元々、支給される料理は少なく、離れのお嬢様用のトレイには今日の分の料理は乗っていない。

 もう誰かが持っていったのか、それとも、今日は食事抜きの日なのか。

 メイド達は、少し悩んだが良い案など浮かばない、だから料理長のところへと向かった。


「ねぇ、料理長。今日の離れのご飯は?」

「あん?」

「何かない?」


 料理長は期待の眼差しで自分を見あげてくるメイド達に心の中で、クソ共が、と荒い言葉で吐き捨てる。

 自分達が作った料理をわざと腐らせて持っていくメイド達も、虫を入れるだけならともかく、わざと落として駄目にするメイド達も、作り手からすれば、ふざけるなと怒鳴りつけたくて仕方が無い。しかし、それは出来ないし、むしろメイド達はそうする事を望まれている。


「……そこらにある生で食える野菜でも持ってけ」


 どうせ食べられる事はないのだ。なら、手間暇かけた料理を出す必要は無い。

 料理長が示した場所を見て、メイド達も嫌がらせに使うものだから、と野菜くずを皿の上に乗せて、楽しげに厨房から出て行く。

 そんな様子を料理人達は嫌そうに見ていた。

 男性使用人達は離れに住む令嬢と接触を禁じられている。

 そのため、令嬢の話は全て見聞きしたものだけだ。

 だからだろうか、嫌がらせを嬉々としてするメイド達の醜悪さの方が目についてしまう。

 見たくなかったものを見せつけられた気になる。

 絶対ここで働く女達と結婚したくねぇ。

 そう思うが、それを口にし、聞かれた場合、自分達が職を失う事になる。

 職を失ったとして、この屋敷の主人達が、次の勤め先のために紹介状を書いてくれるとは思わない。むしろ、どんな内容であったかは述べず、主人の意に従わなかった使用人として噂を流されそうだという危機感すらある。

 だから、彼らもまた、離れのお嬢様を救うことはない。

 ただ、嫁ぎ先に恵まれれば良いのに、と願うばかりだ。



 離れへと行く途中、メイド達はペットの餌用の皿を持った庭師見習いの少年を見かけた。

 その皿には餌が乗っていてどこかへと運ぶところらしい。

 二人は顔を見合わせた。


「あれ、いいんじゃない?」

「うん。良いと思う」


 二人は庭師見習いの少年に声をかけ、近づく。


「それは餌?」

「うん。料理長に頼まれたから、持ってけって親方が」

「そう。なら、私達が持っていくわよ」

「良いの?」

「うん。良いわよ」

「じゃあ、頼むよ」


 見習いとして、出入りするようになって日の浅い少年は、何も疑問に思うこと無く手に持っていた皿をメイド達に差し出した。

 もしこの餌を持ってきたのが、見習いの少年ではなく、もう少しこの屋敷の闇について詳しい者達だったら、渡さないか、何のための餌なのか、念押しをしただろう。

 だが、少年は何も知らず、明らかに動物用のために、準備されたそれを人が口にすると考える事はなかった。

 またメイド達がもう少し、頭の回る者だったら、結果は違ったものになったかもしれない。

 何故、見習いの少年が、餌を持ってくるのか。

 せめて、何の動物の餌なのか聞けば違っただろう。

 庭師見習いの少年を見送り、彼女達は持っていた雑草令嬢のご飯と餌とを混ぜ合わせる。

 有無を言わさず食べさせて、その後笑ってやろう。

 これは人が食べるものではなく、ペットが食べるものだ、と。

 そしてその様子を奥様に報告してご褒美を貰おう。

 自分達の都合の良い夢を見て、彼女達は離れへと急いだ。


 雑草令嬢は相変わらず、ひょろりとして、髪もぼさぼさで、令嬢らしからぬ姿でメイド達の前に現れた。

 

「相変わらず、汚いわね」

「臭いが移りそうだわ」


 顔を歪ませて口にする彼女達に、雑草令嬢は何も答えない。

 そんな様子に舌打ちしながら、彼女達は持っていた皿を差し出した。


「本当なら今日のご飯は無かったのだけど、私達優しいから持ってきてあげたわ」

「感謝しながら食べなさい」


 くすくすと、笑いながら差し出される料理は、料理と口にするのもおこがましい。

 それでも彼女には食べるしか選択肢はない。

 たとえ、どんなに笑われようとも、餓えるのは辛い。

 傷んだ料理は、お腹が痛くなる可能性もあるから少し悩むが、野菜の皮や切れ端などなら、おいしくないだけで食べられない事はないはずだ。

 そう思って、雑草令嬢はメイド達が持ってきたものを食べた。

 その様子をくすくすと笑いながらメイド達は見ていた。

 だが、その笑みも、雑草令嬢自身の余裕も、突如消えた。

 

「がはっ!」


 喉を押さえ、胃に入ったものを吐き出そうとする令嬢。

 全身が震え、目が血走り、助けを求めるようにメイド達に手を伸ばす。

 

「ひっ!」


 自分達の想像と違う事態に彼女達は、後ずさる。

 そして、自分達のせいで今こうなっている事を理解し、そして、怖くなって逃げ出した。

 せめてそれが助けを呼びにいくものだったら良かったのかも知れない。

 だが、彼女達は、自分達が行った事への恐怖で、それらを秘匿する方に走った。

 お互いに何もしゃべるなと誓い合う。

 二人で協力し合えば、隠せるはずだ、と。


「あ、でもあの餌……」

「……たぶん、あれ、食料庫におくはずだったのよ。そこに皿だけ置いていきましょう。そして、それを報告するの。あとは勝手に雑草令嬢が食べた事にすればいいわ」


 少年には、料理長に渡すと言ったのだから、これで大丈夫なはずだ。

 後は勝手に、食べて死んだ事にすればいいのだ。

 どうせ、死んだって、誰も気にしないはずだ。

 うやむやになって終わりだ。

 そうメイド達は震えながらもお互いに励まし合い、何事も無かったように振る舞おうと話し合い、彼女達は二手に分かれた。

 一人は料理長に、餌を受けとったから食料庫に置いてきたわよ、と報告を。

 もう一人は食料庫の目に付く所に皿を置いた。

 こうすれば、腹を空かせた雑草令嬢が食料庫に来て、勝手に食べたと判断するだろう、と。

 あとは自分達は何事も無かったように振る舞えば良い。

 そうすれば、誰も怪しまない。

 彼女達は自分達に言い聞かせるように、持ち場へと向かった。



 自分達の行いがすぐに露見すると考えもせずに。

 






 


 

 



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