第3話 じゃんけんと洗濯。


* 虐めるメイド *


「あれ? 水汲みがお嬢様の手を痛めないために私達の仕事なら、洗濯も私達の仕事?」


 思い至った事を思わず口にすれば、皆が唇をへの字に曲げた。

 もはや誰もあの離れのお嬢様のために働きたいと思うメイドは居ない。

 生きていく上で、最低限の事はしろ。と言われている。

 さて、この洗濯が最低限に入るかどうか。

 考えるまでも無い。


「よし! じゃんけんで負けた人間が担当するって事で!」

「えぇー!?」

「面倒~」

「仕方ないわねぇ」


 誰かが結論を出す前に告げた、私の言葉にそれぞれ嫌そうにしながらも応じる。


「じゃーんけーん」


 ポンッ。と出された手。

 負けは一人。


「じゃ、ミック宜しく!」

「流石言い出しっぺ」


 ポンポンッと労うように私の肩を叩きながら勝ち誇ったように同僚達は離れていく。


「えぇー!? もう、明日こそ勝ってやるんだから!」


 私は遠のいていく背中にそう叫んだ。

 彼女達は笑いながら去って行く。

 じゃんけんが弱いから無理だよ、と笑っている声が聞こえた。



 私はお嬢様の離れに入り、問答無用でお嬢様の衣装棚から洋服を取り出し、お嬢様を剥き、シーツでぐるぐる巻きにして、外に絶対出るなと言いつけてから、タライに水を入れ、お嬢様の洋服を入れ、ジャブジャブ……。

 水がドンドン濁っていく。

 やってらんない……。

 周りに誰も居ないのを確認し、ぽつりと一言。

 濁っていた水も洋服もあっという間に綺麗になった。

 ジャブジャブと、洋服を二、三回、水に出し入れして洗った事にし、私は洗濯物をさっさと干す作業に入った。






* 虐められる令嬢 *




「あ……」

 

 洋服棚に伸ばした手が一度止まる。

 みんなボロボロで似たり寄ったりの服だから、きっと他の人は気付かない。

 でも、わたしは気付いた。

 だって、服が一つ増えてるんだもの。

 確かにボロボロで色も似てるから、ちょっとしか会わない人は分からないかも知れない。でも、これは新しい服だ。

 こういう時、コズミックの事がよく分からなくなる。

 いつも酷い事を言うのに、やっている事はわたしのためになる事ばかりだから。

 ……もしかして、本当に、奥様に見張られているのかな?

 分からない。でも、心のどこかで、そうだといいな、と思っているわたしもいる。

 だから、コズミックはわたしに酷い事をいうだけで、本当は優しい人なんだと……思いたい。



「あーもー! 信じらんない! 今日も負けた!!」


 そう言いながらコズミックが本邸側から歩いてくるのが見えた。

 そして、わたしの着替えを持って、どこかに行ってしまう。

 洗って干してきた頃、やってきて、窓の前に椅子を置いて、彼女はそこに座り、声をかけてきた。

 

「お嬢様、肩揉んで」

「え?」

「肩揉んで。お嬢様の洗濯物で疲れちゃったんだから、肩を揉んで貰う権利くらいあると思うのよね」


 それはどうだろう、と思うけど、従った方が楽だ。

 コズミックの肩に手を置き、揉む。


「ちょっと! 痛いわよ! 力抜きなさいよ!」


 え? そんなに力入れてないけど……。

 言われたまま力を抜く。


「……うーん、もうちょい抜いて」


 ……これ、もはや、肩に手を置いて指をそれらしく動かしてるだけなんじゃ……。


「そうそう、それでいいわ」

「はい」


 ……もみもみ。というよりも、さわさわ? で肩を揉む。


「あー……。良い気持ち……」


 本当?

 言葉と表情は本当にそれっぽいけど、力、全然入ってないよ?

 むしろこれ、揉んでないよ?


「でも、サボってるっていわれるのは困るわね」


 確かにサボってますが。


「そうだ。エメラルダお嬢様の素晴らしい話をしましょう!」


 そう言って実に楽しそうに、誇らしそうにお嬢様の話をし始めた。

 どうやらお嬢様は魔法の才能があるから、と学校に通うらしい。

 わたしなんて、適性検査すらしてくれないのに……。

 もし、わたしにお父様の才能が引き継がれてたら……、待遇、ちょっとは変わったのかな。

 

「きっとその才能が認められて、王子妃になっちゃうかもしれませんね」


 それは……嫌だなぁ。あのお嬢様が王族になるのは……。


「あ、鳥」


 外をぼんやりと眺めながらコズミックが口にした言葉に、気を引かれ、わたしも顔を上げて窓から外を見る。

 鳥、どこにいるんだろう。


「手が止まってる!」

「あ、はい!」


 慌てて、手を動かす。


「さてと。そろそろ休憩の時間だから戻りますか」


 コズミックは伸びをしながら立ち上がり、椅子、戻しておいてね。と告げてから立ち去っていく。

 一体何だったんだろう。とその背中を見つめていると、ばささっとなにかが羽ばたく音がして、慌ててまた外を見たけど、鳥の姿はどこにも見当たらなかった。


 




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