第2話 料理は見た目も大事です。


* 虐めるメイド *


 さて、前に平民は身体強化という形で魔力というか魔法を使っていると説明したが、もちろんただの平民である私も、大ざっぱに言えば身体強化、という形で魔法が発現した。

 ただ、私の能力は分かりにくい身体強化の中でさらに分かりにくい「目」に関する事だったので、余計に分かりにくいものだった。

 両親も、そして雇い主である旦那様も知らないだろう。

 魔法が使えれる人間であれば、相手が魔法を使っているかどうか分かる、なんて事はない。

 そんなのは、そういう事をきちんと警戒してる人が身につける能力で、魔法なんてデカイのをただぶっ放せば良い! なんて思ってる人間にできるものではない。

 そしてわたしは見る事に特化した能力があるから分かるだけで、日頃警戒しなきゃならない狩人達のように危険にさらされて生きてきたわけじゃない。

 ただ、習うより慣れろと色々とやってきた自覚はある。

 自覚があって練習してきたから能力として身につけたけど、今のあのお嬢様じゃ無理だろうなぁ。



 奥様はよっぽどあのお嬢様が嫌いなのだろう。

 新人メイドは先輩メイドと共に、朝のご挨拶とばかりに、離れに行ってお嬢様にあいさつをする。

 罵倒という名の挨拶だ。

 これに少しでも躊躇うと注意を受け、改善されなければ、警告。

 それでも無理なら、与えられた仕事ができなかったと、違約金を払わされた上で辞めさせられる。

 いやはやゲスい。

 そうやってお嬢様を虐める事に罪悪感を無くしていくのだ。正しい事なのだとすり込むのだからゲスい。

 笑っちゃうくらいだ。

 先輩はもう染まりきっているのだろう。


「貴方、別の言葉にしなさい。先程から似た様な言葉ばかりだわ」


 やり直しをさせられた者は混乱し、そしてNGワードを口にした。

 そして平手が飛ぶ。

 新人のメイドに。


「雑草令嬢といえど、お嬢様のお命は旦那様の物。仕えるお前が勝手に殺意を持って良い相手ではない」


 打たれたその子は頬を押さえ、先輩メイドを見る。


「見る相手が違う。見る相手はあちらだ」


 先輩メイドはお嬢様を指刺した。

 お嬢様はびくりと肩を震わせた。

 理不尽な暴力を振るわれたその子の瞳に、ここにいる誰よりも弱い存在のお嬢様はどう映ったのか。

 お互いに見つめ合うしかなかったのだろう。

 だが、先輩の一言、「違約金を払うか?」という言葉で、彼女の中の天秤は傾いた。


「……の、せいだ。お前のせいだ、お前のせいだお前のせいだお前のせいだ!!」


 納得のできない感情をそのままお嬢様に怒鳴りつけた。

 お嬢様はガタガタと震えて、ごめんなさいごめんなさいと謝っている。

 そして最後にはわたしの番になった。

 昨日はネチネチと、不潔さを口にした。

 顔を洗ってます? とか、お食事前に手を洗ってます? とか、令嬢としてそれはどうなの? と、本宅にいるお嬢様は毎日きちんと身だしなみを整えてますよ、と。

 ほら、今すぐ洗いなさいな、と。

 彼女の世話をする人間がいないのだから、と、思うかも知れないが、必要最低限の身の回りのことは私達が行っている。

 例えば彼女が使う水。

 毎朝水瓶に水を汲んできて入れるのも新人メイドの仕事だ。

 だから彼女はそこから桶に水を移し替えて洗うなりなんなりすればよいだけ。

 それぐらいはしろ。と、遠慮無く、汚い、臭いと口にした。

 明日、挨拶する時には少しはマシにしてて、と強めに言った。

 今日の先輩とは別の先輩だったが、満足そうに笑ってた。

 たぶん、私が頭から水をかけたからだと思う。

 こんな風に洗え、と言って。

 そしてそれをきちんと実行したらしい。昨日に比べてこざっぱりしてる。

 私はお嬢様の前に立つ。

 お嬢様はスカートをぎゅっと握り絞めて、私を見つめている。

 今にも泣きそうな顔で。

 私は、その顔に向けて笑みを向けた。微笑んだとも言える。

 戸惑うお嬢様と、先輩の厳しい目線を感じる。


「お嬢様、わたくし、旦那様や奥様、エメラルダお嬢様には、おい、とか、そこの貴方とか、呼ばれます。ただのメイドなので、名を覚える必要がないのでしょう」

「……はい」


 疑問符を並べながら私を見あげるお嬢様。

 私は、頬に手を当て、思い出す様に、さらに言葉を続ける。


「執事や従者の皆様はコズミックさんでしょうか? 先輩達にはコズミックと呼び捨てにされています。仲の良い子にはミックと呼ばれたいですね。でも今は先輩達同様、呼び捨てにされています」

「……はぁ」


 戸惑う視線に私は、威圧感を出すように腰を曲げ、顔を近づける。

 あ、お辞儀をしたんじゃないよ、見下ろしたんだよ。


「ですので、お嬢様にはぜひとも、『コズミック様』と、呼んで貰いたいのです

「……え?」

「『え?』ではありません、コズミック様です。復唱してください」

「こ、コズミック様」

「声が小さいです」

「コズミック様!」

「まだ小さい!」

「コズミック様!!」

「もう一度!」

「コズミック様!!」


 精一杯の大声でお嬢様は私をそう呼んだ。

 私はにっこりと笑った。


「ええ、大変よくできました。お嬢様」


 私の今度の笑みは嘲笑だ。


「良いですか? 今後はメイドである私をコズミック様と、様付けで呼ぶんですよ? お嬢様である貴方が。良いですね?」


 お嬢様の額に人差し指を押しつけて命令する。


「もちろん、旦那様や奥様、エメラルダお嬢様が止めるように仰れば止めます。ああ、お客様がいらっしゃる場合は、旦那様達の体面を考えて止めた方が良いでしょう。よろしいですね、お嬢様?」

「は、はい……コズミック様」


 今の貴方はメイドよりも下だと、教え付けた私。

 先輩メイドは肩を竦めて「良いだろう」答えた。

 私はそれからお嬢様からはコズミック様と呼ばれるようになり、翌日、私は休みだったが、他の子達は昨日の私を真似て、様付けで呼ぶよう強要したそうだ。





* 虐められるお嬢様 *


 お腹が空いた。

 お母様が亡くなって、簡単な虐めとして、ご飯を抜かれる事が増えた。

 厨房に行っても今日はたぶん、ご飯貰えない。

 昨日貰ったから。続けて行った日は貰えない事が多い。

 お腹が空いた。

 何か。何か……。


「お嬢様?」

「ヒッ!?」


 見付かるなんて思って無かったから本気で慌てた。

 しかも、あの怖いコズミック様だ。

 どうしよう、打たれるかな。

 体罰は禁止されてるわけじゃない。痕が残らなければ許される。

 だから本当に奥様の機嫌が悪い時、奥様は治癒魔法使いを呼んでからわたしを叩く。そして治癒させるのだ。階段から落ちたとか、それらしい言葉にして。

 この人もそれに気付いてるのかもしれない。

 この人はたぶん、他の人とは違うから。


「何故ここに? 本邸には出入り禁止なのでは?」

「ご、ごめんなさい。すぐ戻ります」

「お待ちください、お嬢様」


 戻ろうとしたけど肩をぎゅっと捕まえられた。


「わたくしは何故ここにいるのか、と、聞いたのですよ?」


 耳元でまるで囁くような声。でも違う。

 この人はわたしを虐める時に声を荒げない。静かに静かに毒を吐く。

 答えられないわたしの代わりにとばかりにお腹が鳴った。


「ああ……、なるほど、厨房に向かうつもりだったのですね」


 肩を掴んでいた手の力が少し抜けた。


「良いでしょう。わたくしがお嬢様のためにご飯をご用意しますわ。ですので、どうぞ、お嬢様がいらっしゃる場所へ早くお帰りください。今すぐに」


 ドンッと背中を押し出された。

 わたしはそのまま走り出す。離れ駆け込んで、扉を閉めて座り込む。

 怖かった、怖かった。怖かった。

 心臓がバクバク動いて、ぎゅぅーっと洋服を握り絞める。

 荒かった息をなんとか落ち着いた頃、扉から声がかかった。


「雑草、出てきなさい」


 その声はお嬢様の声で、わたしは先程以上に青ざめ、慌てて出てくる。


「ふん、相変わらず、惨めな格好ね」


 お嬢様はわたしを見て、笑う。

 わたしはそんなお嬢様にもちろん何も言わない。ただ手を組んで、神に祈りを捧げたい気持ちになった。

 危なかった危なかった危なかった。

 わたしが許可無くここから離れてたとしられたら、それこそ何をされるか分からない。


「ねぇ、雑草。雑草は雑草らしく地べたに這いつくばりなさい」


 お嬢様の言葉に従い地面に這いつくばる。

 すっと差し出されたのはお嬢様の靴。


「舐めなさい」


 お嬢様が楽しげに命令した。

 ……わたしは、メイド以下の存在なのだから、それも仕方が無いのだ。



 お嬢様が満足して帰って行ってしばらくして、コズミックがやってきた。

 その手にはトレイがあって、……残飯と泥団子が乗っていた。

 中に入ってきて、テーブルの上にトレイを置き、わたしに座るよう指示してきます。

 どうやら食べ終わるまで居るようで、泥団子は捨てられなさそう。


「先にこの残飯いえ間違えました、ミルクがゆを食べて貰います。その後に、この団子を食べて貰います」


 別に言い直さなくても、見て分かりますよ……。


「それともう一つ。黙って食べてください。泣き言も拒絶も要りません。貴方はただ黙って私の言う事を聞いて、食べていればいいのです。分かりましたね」


 こくりと頷いて、スプーンを持ち、ミルクがゆと言う名のざから始まるご飯を一口食べる。

 …………あれ? 意外に、というか、普通にというか、……とっても、おいしい?

 予想外の出来だったのかな、とコズミックを盗み見れば、彼女は口元に人差し指を置いていた。

 それが何を意味するのか、分からない程、鈍感じゃないつもりだ。

 ……え? じゃあ、これ、予想外の出来じゃなくて、予想通りの味だったって事?

 戸惑うわたしを無視して、コズミックは突然語り出した。

 お父様の「火」の魔法がいかに素晴らしいか。熱烈に語っている。

 わたしはそれを聞いた方がいいのかな、と思ったのだけど、コズミックはわたしの手を握り、スプーンでミルクがゆっぽい何かを掬わせて口元に運ぶ。

 食べろ、という事らしい。

 よく分からないけど食べる。

 うん、これ、ミルクがゆじゃない。ミルクとチーズの味がしてとってもおいしい。

 そして、温かい。最初は冷めてるのかと思ったけど、スプーンを中に入れたら中から湯気が出てくるくらいには温かかった。

 あ、お肉がある。鳥肉かな? 久しぶりのお肉だ。

 ちょっと泣きそう。

 泣きそうというよりも、泣いてしまった。

 それでもわたしは食べ進める。そうしなさいと言われたからだ。


「そしてエメラルダお嬢様は、そのお父様の血を強く受けついでいるようで、教会での適性検査は火の魔法だったと聞いています」


 へー。そうなんだ。

 と、内心どうでも良い相づちを打っているとコズミックの手がわたしの手を止めた。


「奥様の魔法は噂によると珍しい使役魔法らしいとの事。そちらでも良かったかもしれませんが……。ああ、でも、使役魔法は主に、偵察に使われる事が多いそうなので、お嬢様よりも騎士向きかもしれませんね」


 偵察の言葉に合わせて、コズミックの指がわたしの手の甲をトントンと叩いた。

 ここが重要だ、と言うように。

 コズミックの手が離れ、お嬢様が本邸でどのように過ごしているか、話し出す。ご飯を食べなさい、と合図をしながら。


 わたしは再度スプーンを動かしながら考える。

 今まで深く考えたことはなかったけど、言われてみて、気付いた。

 そうだ。辞めさせられた人達の多くは、周りから隠れて優しくしてくれた。

 お母様が亡くなった途端、お父様はわたしを冷遇しはじめたけど、それまでわたしをお嬢様として扱ってくれた使用人達は、すぐには態度を変えきれなくて……。

 古くからこの家に勤めてた人は「大奥様にそっくり」なんていって可愛がってくれた人もいた……。

 みんないつだって『内緒だよ』って周りを気にしながら優しくしてくれた。

 あの頃は今よりもずっと協力し合う人だっていてくれたはずなのに。

 どうしてそんなあっさりとバレたの?

 そんな疑問にコズミックの先程の言葉が答えてくれるようだった。


「メインは食べ終わりましたね。では次にお菓子といきましょうか」


 ささっと、泥団子がわたしの前に置かれる。

 ちらりとコズミックを見あげる。


「なんです。嫌がっても食べて貰いますよ。それとも初めてお会いした時のように、無理矢理の方がお望みですか? お嬢様?」


 うぅ、やっぱり怖い。

 一つ手に取って、恐る恐る食べる。

 口に広がったのは泥臭さではなく、甘い!?


「嫌だと泣こうが喚こうが食べて貰いますよ。折角作ったんですからね」


 うん、確かに泣きそう。

 甘味なんて久しぶりだ。本当に久しぶりだ。こんな見た目なのに、優しい甘さだ。

 甘い外見なんてしてないのに、甘い。

 予想外過ぎる。でもコズミックは分かってたんだ。だから、最後に食べろって言ったんだ。

 目の前に居る人が、敵なのか、味方なのか、もう訳が分からなくて。

 口の中に広がる甘さが、涙で時折しょっぱくなる事もあったけど、言われた通り全部食べた。

 

 まともな料理の時は、ご飯を食べてしばらくするとお腹が痛くなる事もあったけど、今日はそんな事もなかった。

 夕飯は別のメイドが、パンを持ってきた……。あ、いや、罵声と共に投げつけてきたけど、いつもの事かと落ちたパンを拾って、食べた。

 

 






 


 

 

 





 


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